2016年、DeNA主砲・筒香嘉智は44本塁打、110打点をマークし、セ・リーグ打撃2冠王に輝いた。チームは球団創設5年目で初めてのCS(クライマックス・シリーズ)出場。11月には侍ジャパンに招集され、メキシコ代表とオランダ代表を相手に中軸…
2016年、DeNA主砲・筒香嘉智は44本塁打、110打点をマークし、セ・リーグ打撃2冠王に輝いた。チームは球団創設5年目で初めてのCS(クライマックス・シリーズ)出場。11月には侍ジャパンに招集され、メキシコ代表とオランダ代表を相手に中軸としての存在感を見せつけた。年俸は2億円アップの3億円(推定)、MLB公式サイトで本塁打特集映像が紹介されるなど、“ハマの4番”を巡る話題に尽きることはない。
■筒香を成長へと導く2人の師、「内と外の統合」とは
2016年、DeNA主砲・筒香嘉智は44本塁打、110打点をマークし、セ・リーグ打撃2冠王に輝いた。チームは球団創設5年目で初めてのCS(クライマックス・シリーズ)出場。11月には侍ジャパンに招集され、メキシコ代表とオランダ代表を相手に中軸としての存在感を見せつけた。年俸は2億円アップの3億円(推定)、MLB公式サイトで本塁打特集映像が紹介されるなど、“ハマの4番”を巡る話題に尽きることはない。
12月、筒香は大阪にいた。相次ぐテレビ出演のオファーを最小限に抑え、2017年に向けてトレーニングに励む日々を送っていた。周囲の喧噪をよそに「今年はもう終わったんであまり興味がないんですよ」と、本人は至って冷静。その目は新たに迎えるシーズン、いやそれより先の未来を見ていた。
筒香が目指すもの。それはチームの勝利だ。チームが勝つために何ができるか。打者として、より確実性の高いパフォーマンスを繰り返せるよう進化し続けることだ。歩みを止めることは後退にも等しい。今の筒香には、練習に時間を割く“暇”はあっても、歩みを止める“暇”はない。
さらなる高みを目指す25歳がテーマとするのは「内と外の統合」。野球人として、身体の内部で発生する動きを、いかに無駄なくバットに伝えるか。人間として、自由な心で見る目・聞く耳を持ち、内面に深みと幅を持たせることで、いかにチームを引っ張り、子供たちに夢を与える存在であれるのか。
日本伝来の「道(どう)」の理念にも通じる取り組みを支えるのが、中学時代に所属したボーイズリーグチーム、堺ビッグボーイズで出会った2人の“先生”だ。今でも教えを仰ぐ2人の“先生”、治療家の矢田修一氏と視覚情報センターの田村知則氏の言葉をヒントに、筒香が掲げるテーマを紐解いていきたい。
■筒香が中学時代から毎日欠かさない日課とは…
今オフに過ごす自主トレの毎日は、まず矢田氏の教えるエクササイズから始まる。治療家の矢田氏は、患者が訴える痛みに対して、症状を取り除いたり緩和する対症療法ではなく、痛みの原因を探り根本から改善することを目指す。同時に、「病は気から」という言葉もある通り、身体と心の関連性にも注目。人間の身体が秘める能力を最大限に発揮するための研究や指導を行っている。
中学時代に出会った矢田氏が教えるエクササイズは、高校時代はもちろんプロ8年目を迎える今も、毎日欠かさない日課になっている。ストレッチをしたり、ブリッジをしたり、三点倒立をしたり。一見すると野球には直結しないエクササイズに見えるが、額に汗をにじませながら、オフシーズンは毎日最低2時間、時には丸1日を割く日もある。
エクササイズを通じて目指すのは「自由な動きができる身体作り」だ。野球は身体の左右どちらか一方に強い負担の掛かるスポーツだ。そのため、野球に関する動きだけを繰り返し練習しても、偏った動きしかできなくなってしまう。「(野球で)起こりうる局面を想定して、いっぱい動きを覚えました、というのが一般的な考え方。でも、それだと似ている局面はあっても、まったく同じということはない。対応できなかった時に『何でうまくできないの?』となりますよね」と、矢田氏は話す。
「だったら、想定外の方向まで、どんなことにも反応できる自由に動く身体を作ればいい。例えば、『野球の常識で言ったら、こういう打ち方しかない』と囚われてしまったら、それはできたとしても、それ以外のことはできませんよね。何にでも反応できる自由に動く身体とは、つまり思い通りになる身体。“思い”は心だから、頭で考えることとは違います。考えて動くのではなく、思いのまま自然に動く。
理想は、打席に立った時、向かってきたボールに対して、何も意識しなくても身体が反応することです。打つという目的に応じて、身体の動きを“間”に合わすことができる。考えて動くと“間”に合わないんですね。そのちょっとした誤差が、打席では絶対的なミスにつながる。“間”に合う自由な身体を作るために、エクササイズを通じて、野球では想定外の動きまでやってるんです」
■成長を手助けしてくれた兄の存在、「僕はすぐにはできないんで地道にやるしかない」
エクササイズで重視するのは、身体の「内部」の動きだ。なぜ身体の内部の動きが大切なのか。これは矢田氏の治療理念と一致する。怪我や病気の症状が現れるたびに対処する対症療法のように、即効性の結果を求めて小手先だけの技術を身につけても、それは一過性のものに過ぎない。だが、症状が現れる根本を探って整える治療のように、動きが発生する身体の内部を整え、自由に動くようにしておけば、それに付随する身体の末端部分も無駄なく動くようになる。ただし、身体の内部は目に見えない部分だけに、頼れるものは自分の感覚だけ。地道にエクササイズを繰り返しながら、身体の中で生まれた動きや違いを感じ取っていくしかない。
矢田氏と出会った当時、中学生だった筒香がこの話を理解していたかというと……。
「兄に『大事だからちゃんとやれ』って言われて、週に1回矢田先生のところに連れていってもらっていたんですけど、身体の中がどう動いているとか、そんなのはまったく分からなかったです(笑)」
現在、体育教師をする10歳年上の兄は当時大学生。野球選手を目指す弟にできるだけ多くの経験を積ませたいと、いい練習法やトレーニングがあると聞くと、講習会やセミナーに出掛けて体験させた。その中でも、当時怪我がちだった弟の治療と原因改善の意味も含め「合っているな」と感じたのが、所属する堺BBでも指導していた矢田氏のエクササイズだったという。
腹下三寸にある丹田に身体の重心を意識しながら行う、ストレッチやヨガにも似た動きのあるエクササイズを、最初からうまくこなせたわけではない。器用か不器用かで言えば、筒香は自他共に認める不器用タイプ。子供の頃から、何をするにしても他人より少し時間が掛かったという。「ただし、できるようになるまで繰り返し練習する根性は、誰よりも秀でてますよ」と、矢田氏は話す。それは今でも変わらない。できないことはできるようになるまで繰り返す。小さい頃から染みついた、筒香流の上達法だ。
「すぐできる人はうらやましいですよ、できない人からしたら。でも、もう自分で分かってるんで大丈夫。昔からそうです。僕はすぐにはできないんで、地道にやるしかない。時間を掛けて身に付けるからこそ分かることもあると思うんですよね」
■「一番難しい作業」と「身体の中の矢印が一致してきた」時期
矢田氏のエクササイズで得た自由な身体の動きを、実際の打撃に応用するのにも時間が掛かった。高校時代やプロ入り間もない頃にも「(小手先ではなく)身体の中が大事だってなんとなくは分かっていたし、身体の中が動いているなって感じはあった」と言う。だが、身体の内部の動きが打撃フォームと連動し始めたのは「今年(2016年)からですね」と話す。
バッティングは、体幹を中心とする回転運動から成り立っている。回転運動の代表的なものと言えばコマだろう。コマが安定して回転する時に必要なのは、回転軸を引っ張る重力(下向きの力)と回転軸が飛び出そうとする力(上向きの力)の均衡、回転で生じる横の力=向心力(内向きの力)と反心力(外向きの力)の均衡だ。この縦の力と横の力のバランスで、コマは無駄なく安定した回転をする。バッティングでも、この4つの力のバランスがカギとなる。
だが、バッティングは安定して回転だけすればいいものではない。目的は、打球をより遠くへ飛ばすことだ。ここで考えると分かりやすいのが、ハンマー投げの力学だろう。身体の回転で生じたパワーをロスなくハンマーに伝えて遠くへ飛ばすには、回転スピードで生まれた遠心力(反心力)で外に飛び出したがるハンマーを支える向心力、そしてそれを支える回転軸(縦の力)の安定感が必要になる。打撃に置き換えれば、身体の回転で内部に生じたパワーをバットに無駄なく伝え、打球を遠くへ飛ばすためには、まず身体の回転軸に対して腕とバットが一直線になる位置にバットを振り出すこと、さらに振りだしたヘッドスピードによる遠心力で外へ飛び出そうとするバットを離さない向心力、それを支える体幹の安定力が必要になる。
2016シーズンの後半、筒香は好調時の打撃を説明する時に「身体の中の矢印が一致してきた」という表現をよく使っていた。この「矢印」に当たるのが、縦方向と横方向でそれぞれ働く4つの力の向きだ。それまで縦横で相反する方向に4つの力が存在していたことは感じていたが、縦横でそれぞれ相反する力が一直線上で働き、身体の内部の動きが無駄なくバットに伝わる感覚が得られたのが、ちょうど本塁打を量産した7月下旬頃。「内と外の統合」が、ようやくでき始めた。
「矢田先生のエクササイズをやっている時の感覚を、バットを持った時の感覚につなげるのが一番難しい作業なんです。エクササイズができても、それをバッティングにつなぐことができなかったら意味がないですから。でも、なかなかすぐにはつながらない。バットを振っていても『こういう感じかな?』っていうのはあるけど、ピタッと『これやな』っていうのは、なかなかないですね」
そのため、普段の自主トレメニューは、午前中をエクササイズに費やし、午後は場所を移してティー打撃を繰り返す。エクササイズの時には重心がどこにあったか、身体の中はどう動いていたか。エクササイズで得た感覚を失わないうちに、打撃で生まれる感覚とすりあわせるためだ。さらに、普段の生活から自分の重心がどこにあるかを意識しながら、エクササイズで得た感覚との差を感じるようにしているという。
■「私生活のふとした時」に訪れる“気付き”、試合に対する心掛けも大きく変化
「物を持つ時とか、朝起きて風呂入ってシャンプーしてる時とか、エクササイズの時とは、どう重心の位置が違うのかっていうのを探してますね。そこからどういう動きをすれば、どういう呼吸をすれば、エクササイズで得たような感覚が出るのか試すんです。そうすると、私生活のふとした時に、ポンって気付くことがある」
筒香は何か気付いたことがあれば、会食中でも席を辞して家に戻ってバットを振り、感覚を忘れないうちに確認することもあるという。言ってみれば、昔の剣術使いが、薪割りの最中に剣術の極意にひらめいたり、重い荷物を運ぶ最中に重心の使い方にひらめいたり、その技を磨くために日常生活から感覚を研ぎ澄ましていた姿に近いのだろう。
試合に対する心掛けも、ここ2年ほどで大きく変化した。以前は自分の成績だけを考えていた時期もあるが、今ではチームの勝利が大前提。チームが勝つために自分は何ができるか、チームとして得点するには何ができるか、そして球場まで足を運んでくれたファンを喜ばせるためには何ができるか、球場では常に考えている。
「今、自分のことを考えるのは、家にいる時間とバッティング練習の時間、あとは試合開始前の15分間くらい。あとは周りの様子を見ながら、チームとしてどうしたらうまく機能するか考えながらやってる感じですね」
矢田氏はこれを「利他の精神」と呼んでいる。
「自分のことだけ考えるのは『利己の精神』、周りのことを考えながら行動するのは『利他の精神』です。古い山形の文献に、女性が米俵を5俵担いでいる写真があるんですよ。米俵は1俵60キロだから合計300キロ。普通は女性が担げる重さじゃありません。彼女たちがなぜ担げたかと言えば、身体の使い方を知っていた、そして家族を養うために働かなければならなかったから。家族のため、つまり利他ですよね。誰かのために、と思った時、人間は自分が持つ力を惜しみなく発揮できるんだと思います。
筒香君がチームのことしか言わなくなったのも、そういうことだと思うんですよね。『今年何本打ちたい』『こんな記録を出したい』って言っても打てないでしょう。チームを勝たせるために勝負した結果が積み重なったんですよね」
筒香が目指す「内と外の統合」に、もう1つ大きく関わっているのが、外界の情報を取り入れる「目」の使い方だ。より高いパフォーマンスを引き出すための目の使い方を指導しているのが、視覚情報センターの田村知則氏だ。(続く)