全日本フィギュアでSPを滑る本郷理華  2020年の全日本選手権、女子シングルで紀平梨花はひとつの伝説を作った。フリースケーティングの冒頭、安藤美姫以来となる日本人史上2人目の4回転ジャンプを着氷。完璧なサルコウで、またひとつ…



全日本フィギュアでSPを滑る本郷理華

 2020年の全日本選手権、女子シングルで紀平梨花はひとつの伝説を作った。フリースケーティングの冒頭、安藤美姫以来となる日本人史上2人目の4回転ジャンプを着氷。完璧なサルコウで、またひとつ技を改善した。

 華々しい優勝を遂げた紀平が、スポットライトを浴びるのは当然のことだろう。

 しかし、彼女はひとりでそれを跳べたのかーー。

 フィギュアスケートという競技の長い歴史で、有名な選手も、無名な選手も、氷の上で過ごすことに人生を懸けてきた。その数は知れず。彼らの熱はリンクを溶かし、歓喜と無念の間で降りる時、その思いを託してきた。華やかにきらめく舞台は、無数のフィギュアスケーターたちの「ラストダンス」の結晶のようにも映るのだ。

 24歳になる本郷理華(中京大学)は、2012年から7年連続で全日本に出場している。2014年は表彰台に立つ2位。3度の世界選手権出場、グランプリ(GP)ファイナル出場で、ソチ、平昌五輪の出場権をかけて長く争った。

 昨シーズンは休養を決めたが、今シーズンは1年半ぶりに復帰して中部選手権を戦い、西日本選手権を勝ち抜き、全日本選手権出場の切符を手にした。休養の流れで「引退」も視野に入れていたが、「もう一度リンクで」と引き戻されたという。

「一回(競技を)休んで、試合って考えた時に、もう一度、全日本に出たいと思いました。それが(現役を)続けるきっかけのひとつになっていて」

 本郷は西日本選手権後、そう話していた。そして目標にしていた2020年の全日本ではフリーへ勝ち残って、18位に"輝いた"。全盛期に比べたら悔しい順位だろうが、スケート自体を楽しんでいた。

「全日本で、滑れる喜びを感じられたことは満足しています。全日本を目標にしてきたので、あとを考える余裕はなくて、今はほっとした気持ちと、滑れてよかったという感じで。これからどうするかは、帰って決めたいです」

 本郷は晴れやかな顔で言った。滑る喜びにあふれた演技は、自然と観客を引き込んだ。「ラストダンス」はまだ先か。



全日本フィギュアでフリー演技をする新田谷凜

 23歳になる新田谷凜(中京大)は、2019年の全日本を最後に引退するつもりだったが、過去最高の7位に入った後、現役続行を決めた。2020年の全日本は、8度目の出場となった。

「全日本は8度目で、初めて最終グループで滑ることになりました。普段の練習から試合のつもりで挑んでいたので、最終グループ独特の緊張は感じず、いつもどおり滑ることができました」

 そう語る新田谷はショートプログラム(SP)で5位、フリーで11位、トータル10位だった。しかし、順位以上に、人を惹きつける引力が増していた。

「大学を卒業しても現役を続けるということで、去年以上の覚悟はできました。家族やコーチからも、『続けられてよかったね』と言ってもらえるようにと。氷の上での練習はもちろん、体力トレーニングや体重管理も積極的に取り組むようになって、ジャンプや演技構成点に結果として出てきたかなと思います。ただ、全日本は他の選手もレベルが上がっているので、ミスをしないのは最低限。プログラムの質を上げ、練習から100発100中でいけるように」

 そして引退を撤回した新田谷は、こう続けた。

「卒業したらやめなきゃいけないわけじゃないと思います。自分の人生の中で、今が体力的にも気持ちの面でも一番スケートに向かっていて。引退するか迷っている後輩の選手がいたら、『続けたらいいことあるかもよ』って伝えられる選手になりたいです」

 彼女は「ラストダンス」を一度、封印した。



全日本フィギュアでフリー演技をする永井優香

 そして、22歳の永井優香(早稲田大)は、今シーズン限りでの引退を決めている。2014ー15シーズン、一気に頭角を現わし、全日本ジュニア選手権で樋口新葉、坂本花織と競い合って3位、全日本でもいきなり4位、四大陸選手権でも6位に入った。しかし2020年12月、7回連続出場となる全日本が「ラストダンス」となっている。結果はフリーに進むも、最下位の24位だ。

「(ミスが出たのは)そういう日だったのかな、と。今まで支えてくださった方がいて、今日この舞台があったので、『ありがとう』という最後の演技を見せられたら良かったんですけど。ごめんなさい」

 永井はそう言って、涙ぐんだ。

「(最後の舞台で)きれいなことを言えればいいんですけど、実際、(今シーズンは)うまくいかないことが多すぎて、すごくつらかったです。でも、フリーはひどい演技でしたが、最後まで滑り切ったというのはあって。これからの人生、たとえどんなことがあっても、最後までやり切らないといけないな、と思いました」

ーー後輩に何を残せたか?

 その質問に、永井は頬を泣き濡らしながら答えた。

「何かを残せていたらいいなと思いますけど。うまくいかないことは、生きていればたくさんあるから。『頑張ってね』って伝えたいです」

 言葉よりも、「ラストダンス」の熱気は選手たちに伝播するだろう。戦いの記憶は残る。滑り続ける者は、それを少しずつ分け合い、技を高めるエネルギーに変換するのだ。

 いつか必ず、誰もがラストダンスを踊るーー。その継承が、日本フィギュアスケートの強さに結びついている。