知られざる実業団陸上の現実~駅伝&個人の闘いSGホールディングス(2) 今シーズン、鈴木勝彦は大きな責任を背負った。城西大から2年前にSGホールディングス(以下SGH)に入社し、現在24歳。ベテラン、中堅選手がいるなか、チームの主将に大抜擢…
知られざる実業団陸上の現実~駅伝&個人の闘い
SGホールディングス(2)
今シーズン、鈴木勝彦は大きな責任を背負った。城西大から2年前にSGホールディングス(以下SGH)に入社し、現在24歳。ベテラン、中堅選手がいるなか、チームの主将に大抜擢されたのである。
「まだ2年目なので、最初はびっくりしたんですけど、これからの人生にいい影響を与えてくれるチャンスかなと思って引き受けました」
入社2年目でチームの主将に抜擢された鈴木勝彦
鈴木は2019年に入社した「華の5人組」のひとりである。SGHが駅伝での入賞と世界に通じる選手を輩出するという目標をテーマに強化し、青学大や東海大、帝京大など強豪校から選手を獲得した。だが鈴木の場合、ほかの選手たちと立場は少し違う。
「大学では同級生のなかでも実力は下の方で、箱根を目指すというのが恥ずかしくて言えないレベルで、実業団に入る力もありませんでした。でも大学4年になって、どうしても競技を続けたくて......。そんな時、塩見(雄介/監督代行)さんに声をかけていただいて......本当にうれしかったです」
無事入社を果たしたが、同期の選手たちのレベルの高さに驚いた。
「周りは強い選手ばかりで......とにかく僕は一番下から上を目指して頑張っていくしかなかったですし、ここにいたら絶対に強くなれると思ったので、逆に楽しみでした」
チームにはエネルギーと刺激が充満していた。実業団には、大学の陸上部とはまるで違う空気を感じたという。
「大学では言われたことをやる感じでしたし、多少失敗しても『まぁいいか』って感じで、甘えもあったと思います。でも実業団チームの選手は、チームメイトですけどお互いライバルですし、プロ意識を強く持っています」
同期に追いつき、追い越せという意識で実業団人生をスタートさせたが、いきなり今後に手応えを感じることができたレースがあった。
「昨年5月、延岡での5000mに出場したんです。それまで14分フラットだったのですが、その時は13分49秒で、10秒以上もタイムを伸ばすことができたんです。とくに何かを変えたわけではないのですが、練習の成果が出たのかなと。たった10秒ちょっとですけど、しっかり競技に向き合い、ストイックに練習を続けていけば、強くなれるんじゃないかと思えたんです」
鈴木はいま5000mに集中している。今年の上半期はコロナ禍の影響で全体練習ができないなか、個人で課題に取り組み練習を続けた。自粛期間が明け、最初のレースとなったホクレンディスタンス網走大会の5000mでは13分47秒で自己ベストを更新した。
「試合がなくなってモチベーションが低下したこともあり、急ピッチで試合に合わせて出た自己ベストなんです。自分の力を100%出せたかというと、位置取りとかペース配分も含めて物足りない部分があったので、すごくうれしいという感じではなかったです」
鈴木勝彦は今、急激なスピードで成長を続けている。自分の選手としての理想像をどう考えているのか。
「まだマラソンは考えていないです。前はロードに対する苦手意識があったんですが、昨年の全日本実業団のハーフで61分台を出せたので、根気強くやれば苦手意識はなくなると実感することができました。今は自分の強みを出せる5000mでやっていきたい。そうして陸上ファン以外の人にも名前を覚えてもらい、陸上選手なら鈴木勝彦と言われるような選手になりたいです」
チームはニューイヤー駅伝の出場が決まっている。鈴木勝彦にとって、駅伝はどのような位置づけなのだろうか。
「学生の頃から見ていましたし、ニューイヤーで活躍したいと思っていました。個人的には家族や友人に走っている姿を見てもらいたいと思っていますし、チームとしては3位以内が目標です」
前回のニューイヤー駅伝で7区を走り、区間12位とまずまずの走りを見せた鈴木勝彦だが、初めて実業団駅伝を走り感じたことがあった。
「あらためて箱根駅伝の大きさを感じました。ニューイヤー駅伝もゴール時点には人がいますが、途中区間はほとんどいないですし、これが箱根との差だなって......。もっと注目してほしいですし、たとえば1区の選手の登場シーンをプロレスのように派手な演出をするとか。演出がうまいスポーツは盛り上がると思っているので、そういうのも考えてほしいと思いますね」
24歳の若い主将のチャレンジはこれからも続いていく。
青学大でキャプテンを務めていた鈴木塁人
SGHのもうひとりの「スズキ」である鈴木塁人は、2020年1月の箱根駅伝で優勝した青学大の主将だった。そんな鈴木が実業団のチームを選ぶ際、最も重視したのが「環境」だった。
「大学で継続してやっていたトレーニングを続けたいと思っていましたし、練習についてはこうしたら強くなれるというのは見えてきたので、その考えに寄り添ってくれるチームがいいなと思っていたんです。そうしたらSGHは僕の考えを尊重してくれて......すごく心強かったです」
そしてもうひとつ、心を動かした要因があった。
「同期の存在ですね。自分の成長はもちろんですけど、ニューイヤー駅伝も頑張りたいと思っていました。でも、駅伝はひとりで強くするのは難しい。そうしたら關(颯人)や阪口(竜平)も来ると聞いたんです。強いチームに行くよりも、これから強くなるチームの一員になることに魅力を感じていました。SGHも絶対に強くなると思ったので、それも決め手になりました」
じつは、高校進学の際も「これから強くなるチーム」を選んだ。
「高校進学について、強いチームに行くより自分が強くしたいと思って流通経済大柏を選びました。逆に大学は、高校の時にそうやったので、今度は強い先輩がいるところでやりたいと青学を選びました」
強くしたいと言えるのは、自信があるからだ。鈴木は大学時代、個人の優勝経験はないが、大学1年で出雲駅伝を走り、大学2年時はチームの箱根4連覇に貢献するなど、駅伝で結果を出してきた。そういうなかで、自信を確固たるものにしたレースがあったのだろうか。
「レースというより、青学で4年間やれたことがすごく自信になっています。実業団に入っていろんな人と話をするなかで、僕らの大学は生活面、競技面、すべてにおいて一番厳しいところでやってきたというのがわかったので......(笑)」
鈴木塁人にとっては、青学大で主将を務めたことも大きな経験となった。
「いろいろ言われて居心地悪いなって思うこともありましたが、チーム全体を見渡してやってきたので、視野が広がりました。そういう経験があったからこそ、今は自分のことに集中して、競技に打ち込めているのかなと思います」
今年7月、今シーズン最初のレースとなったホクレンディスタンス士別大会の5000mで13分48分46、千歳大会の1万mでは28分13秒12と、ともに自己ベストを更新した。青学大時代から攻めるレースが持ち味だったが、実業団でもそのスタイルは変わらない。
「もともと僕は積極的に引っ張って走るタイプで、実業団になってもそこは変えたくない。その精度を高めていけば、タイムは伸びていくし、強くなれると信じているので、これからもスタイルを曲げることはないですね」
この夏、タイムが伸びるなか、新たな気づきを与えてくれたのが大迫傑だった。
「夏合宿中、大迫さんと練習する機会があったんです。スピード練習で大迫さんの走りを見て『これはスピードでは勝てない』と思いました。その時感じたのは、圧倒的なスタミナがあるからスピードを持続できるわけで、スピードを付けながらスタミナもつけることの難しさというか、そのバランスにあらためて気づかされました。競技を続けていくうえで、その両立こそ永遠に追い求めていくものかなと」
その成果を見せるのが、ニューイヤー駅伝だが、鈴木塁人にとってどういう位置づけなのだろうか。
「ニューイヤーに勝つことが一番大きな目標ですし、求められているものですから全力で頑張るだけです。挑戦していくチームなので、本当に楽しみしかないです」
今回も旭化成、トヨタ、Honda、富士通ら、強豪が揃っている。どういうレース展開に持ち込まなければいけないと考えているのだろうか。
「富士通、旭化成とか、強いチームより前に出てレースをしたいですね。GMOは(吉田)祐也が頑張っているので、僕も刺激を受けています。チームとしても選手層が厚いので手強いです」
ニューイヤー駅伝が終われば、通常はハーフやマラソンなど、ロードシーズンになるが、コロナ禍の影響で多くのレースが中止、延期になっている。ただ、2021年からは東京五輪を皮切りに世界選手権など、世界大会が続く。鈴木塁人は何の種目を主戦場にしていくのか。
「今は1万mに集中しています。2021年から世界大会が続きますけど、まずは日本選手権で優勝したいと思っています。まずは日本で勝つために何をすべきなのか。それを明確にして、日本で勝つことができたら、次は世界を目指したい。地道に目標をクリアしていくのが自分のスタイルなので」
選手として、その先はどういうビジョンを描いているのだろうか。
「将来的にはマラソンをやりたいです。そのためには5000mで13分30秒台、ハーフだと60分を切るぐらいの走力がないといけない。それができればマラソンで2時間6、7分台を狙えると思うんです。これから3〜5年は、マラソンのためにしっかり土台づくりをして、長く競技を続けていければと思っています」
周囲に惑わされず、自分の進むべき道をしっかり踏みしめて成長していく。数年後、マラソンの舞台で走る自分の姿を、鈴木塁人はすでにイメージできているに違いない。