東海大・駅伝戦記 第83回 今年初めての駅伝レースとなった全日本大学駅伝。東海大は昨年同様、アンカー勝負で名取燎太(4年)が粘ったが、駒澤大の田澤廉(2年)に後半突き放され、惜しくも連覇はならなかった。だが、東海大にとっては収穫の大きいレー…
東海大・駅伝戦記 第83回
今年初めての駅伝レースとなった全日本大学駅伝。東海大は昨年同様、アンカー勝負で名取燎太(4年)が粘ったが、駒澤大の田澤廉(2年)に後半突き放され、惜しくも連覇はならなかった。だが、東海大にとっては収穫の大きいレースとなった。
今年は出雲駅伝が中止になるなど、選手の実力を把握できない状況が続いていた。記録会でタイムが出ても、それがロードのレースに反映されるかといえば、必ずしもそうとは限らない。だが、全日本大学駅伝という大きな舞台で期待する選手を起用し、その実力を確認できたことは極めて大きかった。
東海大の今シーズンのテーマは、これまでチームを支えてきた"黄金世代"が抜けた穴をいかに埋められるか、だった。新戦力の発掘、台頭は必須だったわけだ。
全日本大学駅伝で圧巻の走りを見せた東海大3年の長田駿佑
今年のスタート時点で計算できたのは、4年生の塩澤稀夕(きせき)、西田壮志、名取の3人に、昨年の出雲駅伝、全日本大学駅伝を走った3年生の市村朋樹、前回の箱根駅伝7区で快走した2年生の松崎咲人の計5人だった。
もちろん、彼ら以外にもこれまで各駅伝のエントリーメンバーに入り、期待されていた選手はいた。だが"黄金世代"という厚い壁を破れずに、出走するまでには至らなかった。
そんななか、今年は1年生が夏合宿からいい走りを見せるようになり、記録会で自己ベストを更新。ただ、ロードは練習では走っているが、レースは皆無。全日本大学駅伝で区間登録された選手のうち、1区の佐伯陽生(ようせい/1年)、4区の石原翔太郎(1年)、5区の本間敬大(3年)、6区の長田駿佑(ながた・しゅんすけ/3年)が駅伝デビューとなった。
彼らがどんな走りを見せるのか。その内容と結果が箱根駅伝の戦い方に大きな影響を及ぼすため、レース前から高い注目を集めていた。結論から言うと、4人は期待どおり、いや期待以上の走りを見せた。
佐伯は1区の適性を見せた。慌てることなく、集団走で力をため、周囲の動きを冷静に見てレースをしていた。後半、順天堂大の三浦龍司(1年)が仕掛けると、「負けたくない」と懸命についていく気持ちの強さを見せた。
かつて黄金世代のひとりだった鬼塚翔太(現DeNA)が1区のスペシャリストとして常に安定した走りをみせたように、佐伯が1区に定着すると、それ以降の区間配置は計算が立つので優位に戦える。
ただ、不安がないわけではない。箱根駅伝はどの区間を走るにしても、長い距離を走らなければならない。佐伯は距離に対してどう考えているのだろうか。
「今まで20キロのレースを走ったことがないので、なんとも言えないですが、夏合宿では30キロとか走っていたので、20キロでも安定したペースでいける自信はあります。心配はしていないです」
希望する区間はとくにないと言うが、「走れるとしたら1区か、復路の8区、9区、10区ですね」と語る。全日本で結果を出した佐伯以外にも1区の候補には、同じ1年の喜早駿介がいるが、両角速監督は鬼塚が1年の時、出雲、全日本、箱根と3大駅伝すべての1区を任せた。同じように特性ありと判断すれば、佐伯を1区で起用する可能性は十分にある。
石原は1年生ながら圧巻の走りを見せた。3区の塩澤から11位で襷を受けると、突っ込んで入り、5キロを13分台、10キロは28分9秒で通過した。大きな体を使ったダイナミックな走りで区間新を記録し、6位まで順位を押し上げた。
好調の要因について石原は「4年生の存在が大きいです」と語った。
「コロナの自粛期間が明けてから生活面、競技面で4年生の先輩がメインとなって引っ張ってくださったので、それについていきました」
昨年の黄金世代と異なり、下の世代の活躍が不可欠だと感じた塩澤ら4年生は下級生をしっかりとフォローすることで、個々の選手の力を上げ、選手層を厚くしようと努めてきた。4年生の手厚いフォローと期待に石原は応えたのだ。よほどのことがない限り箱根駅伝も走ることになるだろう。
「走りたい区間はまだ明確ではないです。箱根は20キロなので、距離を踏んで走れるように準備していきたい」
復路での起用が濃厚だが、前回の箱根で1年生ながら7区で区間3位と快走した松崎のような走りが期待できそうだ。
1年生がその実力を発揮した一方で、東海大にとって大きかったのは3年生の奮闘だった。
本間は佐久長聖(長野)からエース候補として入学したが伸び悩み、1、2年は「苦しい時期を過ごしてきた」と語る。そうして3年となった今年、転機が訪れた。
「上半期はしっかりと練習できたんですけど、7月の記録会はまったく結果が出なくて......まだ自分は変わっていないんじゃないかって思っていたんです。夏合宿もそれほど調子はよくなかったんですけど、みんなに声をかけてもらって、ポイント練習を1回もたれることなく消化できました。そこで我慢することを覚えたのが大きかったですね。秋の記録会(平成国際大)の5000mで13分53秒33の自己ベストが出ましたし、それが全日本の走りにつながったと思います」
自身のメンタルに変化が生じて成長したその背景には、同学年の仲間の存在があったという。
「昨年は市村が出雲と全日本に出場したんですけど、箱根は僕らの学年が誰ひとりとして走ることができなくて......このままじゃいけないと思いましたし、今年に入って長田が急に力をつけてきて、僕も負けたくないという気持ちが芽生えました。それで長田と市村と切磋琢磨して、ここまで上がってくることができたのかなと思います」
本間が箱根駅伝のエントリーメンバーに入るのは間違いないだろう。
「自分は単独走が得意なので、箱根では復路のつなぎの7区とか8区を走れればと思っています。そこでしのぐ走りができれば、チームの優勝につながってくると思うんです」
遅れてきた逸材が、いよいよ箱根で本来の走りを見せてくれそうだ。
その本間から襷を受けた長田は、6区で周囲の度肝を抜くすばらしい走りを見せた。3.5キロ付近で明治大、駒澤大、東洋大らと3位集団を形成。そこからスピードに乗って早稲田大、青学大をとらえた。最後は明治大と競り合いトップに立つと、区間新を叩き出す走りで7区の西田につなげ、大仕事をやってのけた。
長田も本間と同じく、それまでの2年間は苦しんだ。ケガが多く、回復したとしても2、3カ月練習するとまた故障するという悪循環を繰り返した。継続的に練習することができず、伸び悩んだ。だが3年になって故障がなくなった。
「今年3月に骨密度の検査をして、自分の数値が一番低かったんです。そこからまず食事面を改良していきました。それまで寮の食事とか全部食べていなかったんですけど、とりあえず全部食べることにしようと。そういう小さなことから始めて続けていくと、体が変わってきました。ジョグの量が増えても走れるようになったんです」
故障を怖がらずに練習できるようなると、スピードだけでなく粘りある走りが磨かれた。
「ようやく主力のみんなと一緒に練習ができて、夏合宿も練習の消化率は100%でした。全日本でここまで走れたのは、日々の練習が継続できたからだと思います」
スピードに乗った走りでライバルを抜いていく様は、前々回の箱根で東海大の初優勝に貢献し、MVPに輝いた小松陽平(現・プレス工業)を彷彿とさせた。小松も「長田は絶対に走れる選手。すごく期待している」と在学中に目をかけていた。ようやくその才能が開花した感があり、箱根でも重要区間での起用が考えられる。
「箱根は20キロを速いペースでいかないといけないので、もう少しスタミナが必要ですし、往路を走るにはまだスピードが足りないので、自分は復路向きだと思います。箱根では復路の7区から10区のどこかで走れたらいいなと思っています」
新戦力の台頭はチームに活気を生み、勢いをつける。故障者なく本番を迎えることができれば、"黄金世代"に頼った前々回の優勝とは異なり、各学年にエース級が揃った分厚い選手層を生かした戦いで勝利が見えてくるだろう。