中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)にとって、3年目となる2020年のMotoGPが最も充実したシーズンだったといえるだろう。表彰台の登壇こそなかったが、フロントローを何度も獲得し、決勝レースではトップ争いの一角も占めた。3月の…

中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)にとって、3年目となる2020年のMotoGPが最も充実したシーズンだったといえるだろう。表彰台の登壇こそなかったが、フロントローを何度も獲得し、決勝レースではトップ争いの一角も占めた。3月の開幕戦がキャンセルになり、7月中旬の第2戦スペインGPからシーズンが再開したトリッキーな20年を、中上はどんな風に戦ってきたのだろう。そのシーズン総括と、21年に向けた展望について訊く。



MotoGP参戦3年目の今季をランキング10位で終えた中上貴晶

「開幕前にスケジュールを見たときは、3連戦がいくつも連続するので、慌ただしいシーズンになるだろうと覚悟をしたし、正直なところ不安もありました。けれども、始まってみると意外に平気でした。むしろ、あれだけ短い間隔でレースが続くと、特に同じサーキットで連戦は、最初のレースの反省点を活かして数日後にすぐ走ることができたので、自分にはとってはかえってよかったですね」(中上)

ーー20年は、中上選手のMotoGPクラス3年間で最も収穫の多かった一年ではないかと思うのですが、自分自身の実感としてはどうでしたか?

「結果的に、満足のいかないレースはたくさんありました。でも、金曜や土曜のフリープラクティスでは、レースを見据えてセッションを積み重ねていく中で、トップタイムを記録したことが何度もありました。決勝でも、表彰台や優勝が見えてきたシーズンでした。結局、表彰台には手が届かなかったけど、『勝てるかもしれない』と思えたのは大きな前進だったと思います」



今季最高の4位となった第3戦アンダルシアGPの中上

ーーそのような力強い走りをできるようになった転機はどのあたりですか。やはり、シーズン2戦目で4位に入ったアンダルシアGPでしょうか?

「そうですね。あのレースはスペインGPと連戦になったヘレスサーキットの2戦目で、ひとつのターニングポイントになりました。

 ヘレスの1戦目は10位で、まったく何もできずに終わってしまった。『3年目なのに開幕戦で10位はありえない。このままだとたいへんなシーズンになってしまう......』という恐怖心を覚えたくらいです。何かを変えなければ同じことの繰り返しになってしまうと思ったので、チームとHRC(ホンダ・レーシング)にお願いしてミーティングを持ちました。マルク(・マルケス)はあのレースで転倒して負傷しましたが、それまでは驚異的なペースで走っていたので、自分と彼はいったいどこが違うのか、データを付き合わせて徹底的に究明しました。

 決定的に違っていたのは彼特有の走らせ方で、自分とは真逆だったので『これを採り入れるのは大変だけど、やらなければ絶対に成績が変わらない』と思い、そこに集中しました。だから、ヘレスの2戦目は大きなターニングポイントだったと思います」

ーーその成果が、あの週末で右足裏に水ぶくれができるほどのライディング改造だった、というわけですね。

「そうです。一番の違いは、リアブレーキの使い方や使う場所、あとはコーナー進入時の減速ですね。普通は、主にフロントブレーキを使ってバイクを停めていくのですが、マルクの場合はフロントとリア両方を使い、タイヤのパフォーマンスを引き出してグリップも上手に使いながら、この難しいホンダのバイクをうまく停めていました。制動距離のところから、彼は〈停める+曲げる〉という動作をやっていたので、それを積極的に採り入れました」

ーーシーズンを終えて、その走りはどれくらいできるようになっていましたか?

「サーキットによってまちまちで、コースによってはうまくできないときもありました。ヘレスは得意コースなので、最初にトライして意外につかめたものがあってラッキーな部分はあったんですが、『今回はもとの走りに戻っちゃってるなあ......』というときもあったので、100パーセント自分のものにできたとは、まだ言いきれないですね」

ーー今年は、表彰台を惜しいところで逃すレースが何戦もありました。表彰台を獲るために、自分にまだ足りないと考えるものは何なのでしょうか?

「最初から最後までベストを尽くしたけど表彰台に届かない中で、バレンシア1戦目(第13戦ヨーロッパGP)は自己ベストタイの4位でした。でも、内容面では決してよくありませんでした。自分の走りやレースマネジメントに関して、序盤にペースを抑えて、コントロールしすぎてしまいました。完全に戦略ミスです。

 ヘレス2戦目(第3戦アンダルシアGP)は、とにかく一所懸命走って得た結果だったので納得はできたのですが、『同じ4位というリザルトでもこんなにも違うのか......』と思いましたね」

ーー今シーズンで自己ベストのレースは?

「ポルティマオ(第15戦ポルトガルGP)は、いいレースだったと思います。起伏が激しくてブラインドコーナーが多く、レイアウト的にはすごく抜きづらいサーキットだったのですが、11番グリッドのスタートから相手のミスを見逃さずに順位を上げていき、苦しい中でも5位フィニッシュをして、最終戦をいい形で終えることができました。チームもすごく愉しかったと言ってくれたし、シーズンの締めくくりとしていいレースでした」

ーーでは、ワーストは?

「やっぱり、アラゴン2戦目(第12戦テルエルGP)ですね。(ポールポジションスタートにもかかわらず1周目で転倒して)何もできなかったというのは......、あれは果たしてレースといってもいいのかどうか(笑)。あのときは精神的に来ましたね。バレンシアの2戦目(第14戦バレンシアGP:3番手に浮上した直後に転倒したレース)も精神的にこたえましたけど」

ーー最終コーナーの転倒は、バンプ(路面の凹凸)に乗ったように見えました。

「あのときはとにかく前へ前へ、という気持ちでした。トップを走っていたモルビ(フランコ・モルビデッリの愛称:Petronas Yamaha SRT)も近かったし、ペースも自分のほうがモルビより速くてどんどん近づいていたので、『これは勝ちを目指すべきだ』と思い込んでいました。

 週末を通してすごく頑張ってくれたチームのためにも優勝を焦るのではなく、まずは一歩一歩着実に成果を積み上げて3位を狙えばよかった、とあとになってから反省もしたんですが、勝てるかもしれないという手応えがあったんですよ。あのときこそ抑える走りが必要だったのかもしれないけど、すべて結果論ですからね。

 僕はいつも勝利を目指して走っているし、それをあらためて確認できたレースでもあったので、自分を責めるつもりはありません。それでも、レースは結果がすべてだから、そこに関しては少し抑えるべきだった、という思いもあるし......。難しいですね」

ーー今年の中上選手は、総合ランキング10位でした。とはいえ、3位から中上選手までは非常に僅差で、中上選手はマシンスペック的に劣る19年仕様だったにもかかわらず、ホンダ勢の中では最も安定した成績でした。21年シーズンは、最新仕様のマシンで戦うことになりますね。

「ルール上、エンジンは20年と同じものになるようですが、車体や制御は細かく煮詰めていくことになると思うので、自分としてはポジティブに捉えているし、最新型に乗ることで今までとは違ったシーズンになると考えています。

 ファクトリーにはポル(・エスパルガロ)がKTMから移籍してきますが、ポルとは今年たくさんバトルをしたので、来年もいいライバル関係になると思います。ホンダ1年目だから成績が出ない、というようなレベルのライダーではないので、彼の加入は楽しみですね。新たにチームメイトになるアレックス(・マルケス)も、Moto3とMoto2でチャンピオンを獲ってきたライダーで、ルーキーイヤーの今年すでに表彰台を獲得しているので、チームメイトとしていいライバルになるでしょう。マルク(・マルケス)が3回目の手術をしたということですが、早く回復して、元気な姿でレースに戻ってきてほしいと思います」

ーー20年シーズンの技術的な潮流としては、全メーカーが競うようにホールショットデバイス(レーススタート時にサスペンションを機械的に固定し、動力を効率的に伝える装置)を採用したことが大きな注目を集めました。メーカーによって、フロントサスペンションあるいはリアを固定する方式など、さまざまなようです。ホンダの場合はリアを固定する方式と聞いていますが......。

「そうですね。リアを下げてスタートするんですけど、単純に言えば車体が何ミリか下がって重心が低くなるのでウィリーしにくく、パワーを路面に伝達しやすくなる、という強みですね。スタートしてクラッチをつないだ瞬間はそんなに変わらないんですが、全開にしていくときにウィリーの量が極端に減ってパワーを上げることができるので、加速がいいんです。だから、0〜100km/hというよりも、100km/hから150km/hに到達するまでのスピードが、デバイスがあるほうが速いですね」

ーーこのデバイスが中上選手のマシンに入ったのは、中盤戦からでしたっけ?

「そうです。たしか、ミザノ1戦目(第7戦サンマリノGP)だったと思います。でも、以後は毎回使っているわけでもなくて、例えば、モーターランドアラゴンのように1コーナーまでの距離が短いコースだと、あまりメリットがないので外していました。デバイスそのものもまだ少し重量があるので、使わないときは外しておいたほうがいいんですよ。今はHRCが来年に向けて、軽量化に取り組んでくれていると思います」

ーードゥカティは、この装置をコーナー立ち上がりの姿勢制御にも利用しているようですが、ホンダ勢はそういう利用をしていないのですか?

「していますよ。僕もシーズン終盤のバレンシア(第13・14戦)くらいから使っています。スタートデバイスと同じ使い方でレバーを押し込むだけなので、コーナーから脱出するここぞというときに、ウィリーを軽減させてパワーを出すために使用します」

ーーやはり、体感的には違いますか?

「速度感はそんなに変わらないけど、フロントの安心感が増すので、次のコーナーのブレーキングをハードにできるというメリットはありますね」

ーーライダーとしては、やることが増えますね。

「そうなんですよ(笑)。でも、自分がほしいところで効果を効かせることができるので、ポジティブに捉えてます」

ーーいろんな道具や装置が出てくるものですね。

「そんなにいらないんですけどね(笑)。あったらあったでやることも増えるし、自分たちは感覚を研ぎ澄ませて走っているので、そこがぼやけちゃうと逆に難しくなる面もあるので......」

ーーというと?

「自分がコントロールしたい部分を、例えば電子制御でコントロールされると、乗っている感覚がぼやけてくるじゃないですか。今シーズン、僕が速くなった要因にはたぶんもうひとつあって、実はシーズン後半になるとトラクションコントロールを減らしているんです。トラクションコントロールが効いている状態だと、たとえばコーナー最後の立ち上がりで自分が50〜60パーセントくらいでスロットルを開いている感覚でいても、実際は制御が入って80パーセントくらい開いていて、自分では最後にガバッと40パーセント開けたつもりでも実は20パーセントしか開いていない、ということになる。

 だから、電子制御はすごく助けてくれる装置なんですが、強すぎると自分が加速したいときにしない、というふうにむしろ、ぼやけさせてしまうんです。タイヤが減ってグリップが落ちてくると余計に顕著に出てくるので、そこは今年の大きな変化だったと思います」

ーー最後に、21年シーズンの目標を聞かせてください。

「今年の実績でいえば、すごく調子が悪いときでもシングルポジション圏内、調子がよければ表彰台に近いところでレースをできました。来シーズンは的をもっとしぼって、悪くても5〜6位、ベースは表彰台争い、を自分の中で目標にしています。1年目から少しずつ成績が良くなってきて来年は4年目なので、早く表彰台と初優勝を達成したい。今は、いい意味でのプレッシャーを感じています」

【profile】 
中上 貴晶 なかがみ・たかあき 
1992年、千葉県生まれ。4歳でポケバイに乗り始め、12歳からロードレースに参戦。2006年には全日本ロードレース選手権GP125クラスを全戦全勝でチャンピオン獲得。08年に世界選手権125ccクラスにフル参戦し、Moto2クラスなどを経て18年から最高峰クラスで戦っている。