「(今日の戦いは)日本人らしかったんじゃないですか。諦めないというか、ネバーギブアップ精神で。それだけですよ......」  誰をも熱狂させる劇的な勝利を挙げたあとだというのに、中谷正義(帝拳ジム)は淡々としていた。ただ、本人がどう思おうと…

「(今日の戦いは)日本人らしかったんじゃないですか。諦めないというか、ネバーギブアップ精神で。それだけですよ......」 

 誰をも熱狂させる劇的な勝利を挙げたあとだというのに、中谷正義(帝拳ジム)は淡々としていた。ただ、本人がどう思おうと、今回の試合が大きなインパクトを残し、多くのファンを興奮させたことは間違いない。



劇的な逆転KO勝利を挙げた中谷正義(右)photo by Getty Images

 現地時間12月12日、米ラスベガスにあるMGMグランドのカンファレンス・センター、通称「バブル」で行なわれたWBOインターコンチネンタル(大陸間王座)・ライト級王座決定戦で、中谷はフェリックス・ベルデホ(プエルトリコ)を相手に9回TKO勝ちを飾った。

 初回、4回に相手の右パンチを浴び、痛烈なダウンを奪われた際には"万事休す"と思われた。それでも稀有なタフネスを誇る中谷は、試合中盤からシャープなパンチで反撃する。7回に右を決めてダメージを与えると、9回にジャブとワンツーで2度のダウンを奪い返して見事な逆転勝ち。米リングでも滅多にお目にかかれないKO劇ゆえに、試合直後から現地でも話題が沸騰したことだろう。

「ダメージがあったけど、中谷は気持ちが強いから、相手は詰められなかった。今回はチーフトレーナーも来られなくて、そういう事情を考えてもよくやったと思う。当分は休んでダメージを抜いてほしい。今後、本人は(世界を)狙いたいでしょう」

 試合後、帝拳ジムの本田明彦会長もそう語り、中谷の頑張りに目を細めた。中谷本人は被弾が多かったことが不満かもしれないが、激しいファイトが好まれるのはこの業界の通例でもある。アメリカでは知名度が高いベルデホに衝撃的な形で勝利し、近い将来の世界タイトル挑戦も視界に入ったと言えよう。

 同時に、10月31日の井上尚弥(大橋ジム)に続いてラスベガスでKO勝利を収めたことにより、「日本人ボクサー」全体の評価も大きく引き上げたはずだ。

 日本人選手の需要はもともと上昇傾向にあった。新型コロナウイルスによるパンデミック前、トップランク社、マッチルーム社、PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)という、大手プロモーターによる選手獲得競争が激化していた。そんな中で、軽量級中心に多くの世界王者を生み出してきた日本マーケットにも目が向けられたのは必然だろう。

 特にプロモーターのボブ・アラム氏が率いるトップランク社は、すでに井上、村田諒太(帝拳ジム)、伊藤雅雪(横浜光ジム)、平岡アンディ(大橋ジム)といったトップ選手たちを傘下に収めてきた。日本人ボクサーを重宝する理由はどこにあるのか--。ラスベガスに本拠地を置く同社のカール・モレッティ副社長にその理由を尋ねると、答えは明快だった。
 
「日本人ボクサーはいつでも準備ができていて、熱い試合をしてくれる。スター選手でも扱いが厄介ではないし、計量などで余計な心配をする必要もない。"プロフェッショナル"という形容がぴったりだ」

 実際に、北米には"素行の悪い"ボクサーが少なくないが、日本人は規律正しく、問題を起こす可能性は低い。スター選手でも、大きすぎるエゴを感じさせることはほとんどない。計量失敗の例も極めて少なく、プロモーター側にとって信頼がおける存在なのだ。

 また、闘争心と責任感があり、最後まで諦めずに戦ってくれる。中谷も話していた"ネバーギブアップ精神"のおかげで、多くの好試合が生まれる。さらに近年はパンチ力がある選手が増えた印象もあるため、需要はさらに増すかもしれない。

「パウンド・フォー・パウンドでもトップクラスの井上という看板選手が出てきて、日本選手全体の人気も高まるんじゃないかな」

 モレッティ副社長のそんな言葉どおり、井上という世界的なセンセーションの出現も追い風に。かつてマニー・パッキャオが快進撃をみせたあと、フィリピン選手の米リング登場が増えた時期があった。現在、まさにそれと同様の流れが日本人選手にもできつつある。

 日本人ボクサーへの期待感が高まる中で、次にアメリカ進出が待望される選手は誰なのか。モレッティは、「(今後も注目するのは)軽量級が中心になると思う」と述べている。バンタム級では井上を中心に据えたい事情もあり、引き続きその上下の階級のボクサーに目が向けられるはずだ。

 何人かのボクシング関係者に意見を求めると、米リング未経験者の中では、3階級王者・田中恒成(畑中ジム)、11月6日にWBO世界フライ級王者になったばかりの中谷潤人(M.Tジム)という2人の評判が抜群によかった。



今年の11月にWBOフライ級王座のタイトルを獲得した中谷潤人(右) photo by Kyodo News

 まだ世界的に有名な選手とはいえないが、無敗のまま複数階級で力を発揮する田中の実力は、一部の専門家筋から高く評価されている。『リングマガジン』のランキング選考委員であるマーティン・マルカヒー氏は、「今年10月にワシル・ロマチェンコに勝ったテオフィモ・ロペスよりも、田中とWBA、IBF世界スーパーライト級王者のジョシュ・テイラーのほうが、パウンド・フォー・パウンドでトップ10に入るべきだと思う」と述べていた。

 現在、スーパーフライ級はローマン・ゴンサレス(帝拳ジム=ニカラグア)、ホセ・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)など強豪揃いのため、年末の井岡一翔(Ambitionジム)戦は海外でも注目されるに違いない。井岡vs田中戦の勝者には、アメリカでビッグファイトに臨む現実的なチャンスがある。 

 一方で、スケールの大きさを感じさせる中谷潤人の今後も楽しみだ。

 11月に世界王者になったあと、やはり『リングマガジン』のランキング選考委員を務めるアンソン・ウェインライト氏は、「中谷は世界最高のフライ級ボクサーに成長していくと思う」と語った。アメリカでは、フライ級以下のボクサーの需要が高くないが、中谷は骨格的に上の階級でも活躍できそうなのも魅力。アメリカでの練習経験も豊富とあって、すぐに大手プロモーターから興味を持たれても不思議はない。

 そのほか、すでに世界ランキング・トップ10に入っているスーパーバンタム級の勅使河原弘昌(三迫ジム)、ライト級の吉野修一郎(三迫ジム)にもチャンスがあるかもしれない。また、少し"先物買い"になるが、『リングマガジン』のフィリピン系アメリカ人記者であるライアン・サンガリア氏が、「アマ3冠」の実績がある木村廉太郎(駿河男児ボクシングジム)の将来性を大絶賛していたことも記しておきたい。

 今回は米リング未経験選手に絞って話を進めたが、前述のトップランク社組に加え、岩佐亮介(セレスジム)、井岡と亀田和毅(協栄ジム)、小原佳太(三迫ジム)ら、アメリカでの試合経験がある選手たちに再び声がかかる可能性も十分にある。

 このように、日本のトップボクサーたちにアメリカから熱視線が注がれる時代になったことを素直に喜ぶべきだろう。井上に続き、近いうちに大きな話題を呼ぶ選手が現れるのか。"プロフェッショナル"な日本人ファイターたちが、2021年も米リングで大暴れすることを期待したい。