長い人生の大きな分岐点となった24分間、阿部一二三「ひとシーンも忘れられない」 柔道男子66キロ級の東京五輪代表決定戦が13日、東京・講道館で行われ、23歳の阿部一二三(パーク24)が27歳の丸山城志郎(ミキハウス)に、優勢勝ち(大内刈り)…

長い人生の大きな分岐点となった24分間、阿部一二三「ひとシーンも忘れられない」

 柔道男子66キロ級の東京五輪代表決定戦が13日、東京・講道館で行われ、23歳の阿部一二三(パーク24)が27歳の丸山城志郎(ミキハウス)に、優勢勝ち(大内刈り)した。日本柔道初のワンマッチ方式で激突した新旧世界王者。歴史的ライバル対決を制し、たった1つの五輪切符を初めて手にした阿部は、勝因の一つに「冷静さ」を挙げた。ともに金メダル候補とされた2人の対戦成績は4勝4敗。

 限界を超えた死闘を勝ち切った。互いに一歩も譲らない展開。最後は阿部が大内刈りを仕掛けたシーンが技ありとなった。敗者は悔し涙。顔をくしゃくしゃにした勝者の頬にも、嬉し涙がつたった。「ひとシーンも忘れられないような戦いになった」。長い人生の大きな分岐点となる24分間。夢の五輪金メダルへ、最大の壁を乗り越えた。

「本当に長い試合になったけど、集中力を切らさず、前に行く柔道、掛けに行く柔道をできた。本当にいろんな感情が試合の前からたくさんあったけど、試合当日は『もうやるしかない』と。それだけでした。気持ちを切らさずに自分を信じて自分の柔道を貫き通した結果だと思います。(想像とは)違う組手もあったけど、その中でも冷静に対処できた。自分の柔道を崩されなかった。前に出る柔道を貫くのが一番ですけど、その中でも冷静になれたのが勝因だと思います」

 過去7戦のうち6度延長に突入するほどの強烈なライバル関係。互いに手の内を知る。無観客試合の畳の上は、中継に息づかいが聞こえるほど静かだった。序盤に丸山が内股を仕掛けるが決まらない。阿部も果敢に投げに行った。残り1分27秒で丸山に指導。あっという間に息詰まる4分間の激闘を終え、ゴールデンスコア方式の延長に突入した。

 延長開始32秒、丸山が肩車を打つ。阿部が積極的に仕掛ける中、同1分50秒で再び丸山に指導がついた。直後に阿部にも指導。丸山は得意の巴投げを狙ったが、うまく入らなかった。この時点で本戦と合わせて10分を超える激闘。両者とも疲労が見え始めたが、譲るわけにはいかない。

「(丸山と)今まで試合をしてきて、展開ごとに良いシーン、悪いシーンがあった。ちょっと引いたシーン、前に出られたシーンがあった。今回はそういうものも冷静に見て判断できていた。自分がしっかり出ないといけない時間、相手が来ている時にしっかりと耐え切る時間もあって、しっかりと対応できた。冷静に自分の柔道ができたことが一番大きかったと思います」

丸山が誓った再起「まだ僕の柔道人生は終わっていない」

 延長12分に入る直前、阿部に2つ目の指導。丸山の道着は右手の指を負傷した阿部の血で染まる。腕が、足が、何度も交錯した。そして訪れた決着の瞬間は突然だった。「相手がひるんで返しに来たところで決められた。しっかり状況を見た中での技だった」。勝因を問われると「しっかり」「冷静」という言葉を連呼。持ち味の前に出る柔道をしつつ、冷静に引く場面は引く。重ねた対策でつくった引き出しが生きた。

 4月の全日本選抜体重別選手権大会で決着予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会延期に。代替とされた12月のGS東京大会も中止となり、異例の一発勝負。コロナ禍で思うような練習ができない時でも、できることに集中した。「しっかり走り込んだ中でこの長い試合でもスタミナは切れなかった」。努力が実を結んだ。

 もちろん、魂でぶつかり合った丸山の努力が否定されるわけではない。冷静さを欠いたとも言えない。戦前から予想されたように、自分が優位に立てる持久戦に年下ライバルを引きずり込んだ。ここにたどり着くまで、想像を絶する重圧を抱えたのは両者同じ。阿部が「本当にライバル。本当に丸山選手の存在が大きかった」と言えば、丸山も「ここまで肉体的にも、精神的にも強くなれたのは僕だけの力じゃなく、阿部選手の存在があったから」と称え合った。

 阿部の妹・詩(日体大)は女子52キロ級で代表に内定しており、兄妹同時出場となる。「やっと内定が決まって自分の五輪のスタートラインに立った。兄妹で優勝するという目標へ、兄としても絶対に負けられない。東京五輪で輝きたい」。丸山も涙ながらに「まだ僕の柔道人生は終わっていない。これからも諦めずに前を向いて、もっと強くなれるようにしたい」と再起を誓った。将来、9度目の対決もあるかもしれない。

 互いに人生を懸けて積み上げたものが衝突した濃密な時間。長い日本柔道史に刻まれた熱い24分間だった。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)