レスラー以上にアイデアマンとして、プロレス業界では名を轟かせるマッスル坂井。今年、2.5次元ミュージカルを超えた“2.9次元ミュージカル”を「まっする(=ひらがなまっする)」で開催。プロレスファンに衝撃を与えた。レスラー・経営者・タレント…

レスラー以上にアイデアマンとして、プロレス業界では名を轟かせるマッスル坂井。今年、2.5次元ミュージカルを超えた“2.9次元ミュージカル”を「まっする(=ひらがなまっする)」で開催。プロレスファンに衝撃を与えた。レスラー・経営者・タレント・演出家等、複数の顔を持つ坂井選手。中編は様々なアイデアを生み出す演出家としての顔に迫った。

<前編はこちらから>

--高木大社長が「DDT大田区、純烈配信ライブ、まっする3、そして東女。短期間でこれだけ人々の心に残るモノを作り続けたマッスル坂井は改めて天才だと思いましたよ!」とTwitterでコメントしていましたね。
マッスル坂井(以下、坂井):5年に1回褒めて貰えるやつですよね。5年前は「#大家帝国主催興行」の時ですね。

--純烈ライブで声援を送れない代わりに、Twitter上で純烈メンバーに応援ツイートをくしたらメンバーが「いいね」を押す、というアイデアに驚きました。
坂井:YouTubeのライブやニコ生、最近だったらリモートサイン会やSHOWROOMとか、相互にコミュニケーションを取るのは当たり前のことだと思うのですが、コンサートのステージ上からやることが肝だと思いました。

--Twitterは多くの人が使っているSNSです。ライブを見ている人がリアルタイムにツイートして、それに対して舞台上の演者がリアルタイムに「いいね」をする、というのは新しいコミュニケーションだと感じました。そこに目を付ける坂井さんは、高木さんの言葉を借りると天才ですよね。
坂井:そんなことはないです。僕は取り立ててITに詳しくもないですし、YouTubeとかメチャメチャ沢山見ているわけではないですし、どちらかというと少し引いて見ているところがあります。

--僕の坂井さんに対する勝手なイメージは、常にITとか新しいものを研究していると思っていました。
坂井:もし研究していたら、最新のツールを使っていると思います。それでも純烈の場合、お客さんが年配の方が多いので、オンラインの配信チケットを買って頂くこと自体、壁があったりして、そこを説明することが始まりましたからね。
普通、会議で「ファンのツイートに『いいね』押すのどうかな?」と提案しても、「純烈のお客さんはTwitterやらないからダメだよ」と却下されるだろうし、テレビの中継だったら逆にTwitterを使うことに問題があると思うんですよ。中にはネガティブな投稿があるかもしれない。
そう言う意味では、制作の自分たちと純烈のメンバー、そしてお客さんが同じ方向を向いていないと出来ない。お互いの信頼関係がないと出来ないんです。
それってプロレスに似ていて、会場の雰囲気を作っているのはお客さんですから、レスラーとお客さんの信頼関係に似ているのかなと思います。

--先日、東京女子プロレス(以下、東女)のハイパーミサヲ選手の引退試合「ヤメロレッテ」(※試合後に引退を撤回)も、笑いあり感動ありで激しく感情揺さぶられました。同じように「まっする3」もミュージカルなのに、選手たちの真剣勝負を見ていて熱くなる自分がいました。坂井さんの作り出す世界はジェットコースターのように、次から次と喜怒哀楽の感情を見せてくれます。何に気をつけて演出するんですか?
坂井:「ヤメロレッテ」は、「ハイパーミサヲ選手の結婚」というゴールが決まっていました。その結婚というゴールに至るまでにその過程として「引退した方がいいんじゃないか」という悩みがあったり、「引退して結婚することを自分の口からお客さんに伝えたい」という気持ちがあったり、また新型コロナの時期に「今は引退すべきではない」という思いであったり…
また「『まっする3』を観てプロレスを、もう少し続けたい」と言ってくれたり、そういうのもありつつ…やりたいことが続けられない時代でもあるし、逆にいうと今年はコロナがあり何かを諦めないといけないタイミングもたくさんある。前向きにゴールを描いていた人が、その通りのゴールを迎えられない辛さもある。
辞めることも続けることも思うように行かない時代の中で、「結婚」をどういう風に考えなければいけないのか。女性だけでなく同じように考える男性もいるだろうし。僕は40代ですけど若い人は若い人なりにリアルな悩みとして色々と抱えているんだろう、と本当に思っていて。ミサヲさん自身、引退や結婚というテーマを含むこの試合をどうしていいのか難しかったと思います。
だから僕は「その過程を全て見せた方がいいんじゃない?」と言いました。「『引退したい』という気持ちも『続けたい』という気持ちも『結婚したい』という気持ちも全部出せばいいじゃない」と言ったんですけど、それを順序立てて説明するのが難しいと感じました。
そこでミサヲさんに「最近、面白かったものある?」と聞いたら「バチェロレッテ(※女性版バチェラー)を観ています。東女のメンバーも観ています。」という話になりました。だったら「バチェロレッテ」を題材に使おうと。観ているお客さんが全員、元ネタの「バチェロレッテ」を分からないかも知れないけど、入り口になるだろうと思いました。
観ている人の予備知識として「バチェロレッテ」が必要かどうかは、そんなに大切ではない。それは「まっする」のUWFインターの小ネタも同じです。知っていたら、より楽しめるけど、知らなくても楽しめるように作っているつもりです。元ネタは、あとで調べてもらえば良いと思うし、あくまでオマケだと思っています。

--坂井さんは、「一つのことに関してメチャクチャ考える」とおっしゃっていましたが、その選手の背景であったり、お客さんに楽しんで貰えるか等、細かく考えていますよね。
坂井:最近、特に思うのは「ジェットコースターの設計者の気持ち」といいますか、ゆっくり登って登って一気に落とす。見ている人の気持ちを揺さぶって揺さぶって、最後は安全にゴールにお連れする、というのがプロレス。選手は試合中、そのことを考えて戦っていると思うんですよ、お客さんにプロレスというジェットコースターを味わってもらうために。
以前はジェットコースターが苦手な人を想定せず、ジェットコースターを設計していたと思うんです。でも世の中が変わってきて、ジェットコースターが苦手な人や嫌いな人がジェットコースターに乗ってしまったことを想定しながら、なおかつ絶叫マシンを作ってくれという発注に変わってきています。

--それは身長制限が130cmなのに120cmの人が乗ってくることを想定して作るということですか?
坂井:その場合は「お客さんダメですよ」って言えるけど、「ジェットコースターにメリーゴーランドや観覧車と間違って乗ってしまった人」や「山手線に乗るのに、間違ってジェットコースターに乗ってしまった」とか「罰ゲームでジェットコースターに乗らされてしまった人」とか、そもそもジェットコースターに興味のない人のことを想像しながら、内容を考えなければいけないということです。
でも、それを意識することによって自分の仕事に対して覚悟ができます。多少のクレームや厳しい意見が出るのは仕方がないと思いながらやりますね。

--常にコンプライアンスとは戦っている感じですか?
坂井:いやいやコンプライアンスとは戦っている意識ではなく、そこを「当然そういうものだ」と思いながらやらないといけないんですよ。そこでコンプライアンスと戦っていたら、本当の敵と戦えないというか。ジェットコースターを嫌いな人と戦っていたらダメなんですよ。
「なんでジェットコースター嫌いな人のことを考えなくちゃいけないんだ」と思ったら、そこで終わっちゃうんだけど、「最強の絶叫マシンを作る」というのが大前提としてある。
僕はメリーゴーランドも観覧車もお化け屋敷も好きだけど、やっぱりジェットコースターが最高だよね!と思いながらジェットコースターというプロレスに携わっている。

--ジェットコースターを嫌いな人とも「寄り添いながら」ということですよね。
坂井:そう考えてから仕事をする上で楽になったような気がします。

--僕は「ヤメロレッテ」を観る前と観た後、ハイパーミサヲ選手に対する気持ちが変わりました。試合後のマイクで、初めてミサヲ選手の気持ちを知ることができて更に好きになりました。そういうのを引き出す坂井さんの演出は、すごいですね
坂井:僕は、選手が本当にすごいなと思いますよ。

--坂井さんは、選手を愛しているんですね。愛がないとできないじゃないですか。
坂井:でも……逆のパターンもありますよ。

--えっ、逆のパターンもあるんですか?
坂井:その人について、ずっと考えるじゃないですか。考えている時間が長ければ長いほど、それは愛しているのと同じことなりませんか?

--そういう意味ですか、良かった(笑)。
坂井:選手たちのことを考えれば考えるほど、見てくれるお客さんのことを考えれば考えるほど、選手やお客さんたちに対して、自分の中で勝手に愛が深まっていく感じです。今やっている仕事をすることによって僕も助けられているというか、ある意味「生かされている」ような気がします。
自らレスラーとして出場し、自らアイデアを考え、自ら演出しているときには気づかなかったことですよね。自分以外のレスラーや興行について考えれば考えるほど、そのレスラーをずっと応援しているお客さんと同じ気持ちになるわけじゃないですか。すると、どんどんレスラーのことを好きになっちゃうんですよ。

<後編につづく>

<インフォメーション>

来年3月に開催が決定した「まっする4」。大会に先駆けて過去の「まっする」を動画配信サービスWRESTLE UNIVERSEでご覧頂けます。→https://www.ddtpro.com/universe

また大会チケット等の詳細は、DDTプロレスリング公式サイトをご確認ください。→https://www.ddtpro.com

スーパー・ササダンゴ・マシンTwitter→https://twitter.com/abulasumasi

取材・文/大楽聡詞

写真提供/DDTプロレスリング