垣間見えた新谷仁美の“アスリート論”「力を見せないと存在価値はない」 自分を追い詰め過ぎではないか。見ている側も苦しくなりそうな言葉の数々だった。女子1万メートルで東京五輪代表に内定した新谷仁美(積水化学)。4日の日本選手権では、日本記録を…
垣間見えた新谷仁美の“アスリート論”「力を見せないと存在価値はない」
自分を追い詰め過ぎではないか。見ている側も苦しくなりそうな言葉の数々だった。女子1万メートルで東京五輪代表に内定した新谷仁美(積水化学)。4日の日本選手権では、日本記録を18年ぶりに更新する30分20秒44で7年ぶり2度目の優勝を飾った。圧倒的な走りを見せつけたが、“超結果主義者”の根底には「自分は商品」という考え方があった。
歴史的快走から一夜、喜びに浸っている空気ではなかった。五輪内定を祝し、本番への抱負を語るはずの5日の会見。新谷は言葉の端々に自分への厳しさ、求めるものの高さを滲ませた。
「過去の自分を超えられたか、超えられていないかでいうと、結果は超えていない。私の過去一番の成績は、2013年世界陸上モスクワ大会の1万メートル5位。結果はそこが一番のもの。同じような舞台のスタートラインに立って、それ以上の結果を出さないと超えたことにならない。昨日はあくまでもタイムのみしかクリアできていない。結果としては過去の自分を超えられていないのが現状です」
13年世界陸上は自己ベスト更新で5位入賞。翌年1月に故障や健康上の理由で引退した。会社員を経て18年6月のレースで現役復帰した。「常々言っていますが、結果へのこだわりは強いものがある。復帰した時に1万メートルの日本記録を更新しないと世界で戦えないと思っていた」。やるからには過去最高が目標。それだけに国内大会で従来の日本記録を28秒45も上回っても、手放しで喜べなかった。
そんな結果主義者・新谷のキャラクターがよく表れていた3日間だった。
大会前日から語気は強い。「結果を出せなかったでは済まされない」「どんな大会でもミスは一切許されない」。自ら立てた目標には徹底的に厳しく向かい合う。しかし、その一方で「レース前はいつも不安。今は恐怖でいっぱい」「結果にこだわってしまう。一切ミスをしないと掲げているので、年齢を重ねるごとに恐怖が増している」と弱気が共存。スタート前は重圧から涙することもある。今大会もレース直前の顔はこわばっていた。
歯に衣着せぬ発言が話題になるが「間違ったことは言っていない」と批判を恐れない。女性アスリートの生理の実情や、東京五輪開催実現に向けたメッセージなどを積極的に発信。5日の会見でも、新型コロナウイルスのワクチン接種に関して「正直、受けたくない。体調管理は私たちアスリートは結果と同じくらい大事。薬を打つことで副作用がないことはないと思う。あくまでも個人的意見ですが、私は受けたくありません」と言い切った。
「人は生きる上で対価をもらう。どんな手段でも返さないと」
当たり障りのないコメントをするアスリートもいる中、しっかりと言葉に自分の思いを込める。会見で発した「ミスは一切許されない」という強いワード。何がそこまで覚悟を持たせる要因になったのか。報道陣から飛んだ思考に迫る質問に、新谷の“アスリート論”が垣間見えた。
「あくまでも個人的な考えですが、人は生きる上で対価をいただいていると思っています。対価をいただいているということは、それだけの責任を持って、どんな手段をとっても結果で返さないといけない。アスリートは凄い力を持っていると思われているからこそ、パフォーマンスを見せないと存在価値はない。
そういったところから私は100かゼロかしか考えていないです。結果で100といえば、レースで1位になるしかない。私は常々100を出すようにしています。『自分は商品』と思っているからこそ、それが当たり前だと認識して日々を過ごしています」
今や所属先、指導者、スポンサー、トレーナー、栄養士、施設、用具関係など、トップアスリートになればなるほど多くのサポートを受ける。もちろんファンの応援もその一つ。そんな多くの“対価”を受け、アスリートとして返していくことが、新谷の結果を求める理由だ。そして「あくまで個人的な考え」と他の選手に押しつけることはしない。
そんな本気の新谷には本気の人が集まった。今季、好記録を連発した背景について「強い味方ができたことが一番の要因」と栄養士らスタッフに感謝。練習メニューは12年ロンドン五輪男子800メートル代表の横田真人コーチに任せた。「結果が出なかったらコーチの責任」と冗談交じりに語るが、ちょっとした心のゆとりにも繋がった。信頼できるのは「いつも選手目線。口だけじゃないのが一番の魅力」と同じ結果を求める人だからだ。
向かうは東京五輪。強くなるために一番必要なことを問われると、「もう32歳になったので、泣かないようスタートに立てたらいいな」と笑う。そしてロンドン五輪以来2度目の五輪へ、言葉を燃え上がらせるように気持ちを込めた。
「世界は29分台前半。30分20秒の私より300メートル、下手したら1周差をつけられるくらい前にいる。現実的に考えたら日本人には無理だと思われがち。特にトラックの長距離はアフリカ勢の強さが際立っているので、私はどうしてもギャフンと言わせたい。日本人でもやれることを証明したい」
32歳のカムバックは終わっていない。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)