連載「秋本真吾の本音note」、今回のテーマは「学生アスリートと『働く』」「スプリントコーチ」というジャンルを築き、サッカー日本代表選手、プロ野球選手など多くのトップアスリートに“理論に基づいた確かな走り”を提供する秋本真吾さん。その指導メ…

連載「秋本真吾の本音note」、今回のテーマは「学生アスリートと『働く』」

「スプリントコーチ」というジャンルを築き、サッカー日本代表選手、プロ野球選手など多くのトップアスリートに“理論に基づいた確かな走り”を提供する秋本真吾さん。その指導メソッドがスポーツ界で注目を浴び始めている一方で、最近はフォロワー2万人を数えるツイッターのほか、「note」を使って自身の価値観を発信。「夢は叶いません」「陸上の走り方は怪我をする」「強豪校に行けば強くなれるのか?」など強いメッセージを届けている。

 そんな秋本さんが「THE ANSWER」でメッセージを発信する新連載を始動。秋本さんの価値観に迫るインタビューを随時掲載する。最初のテーマは「学生アスリートと『働く』」。現役時代は400メートルハードルの選手としてオリンピック強化指定選手にも選出され、特殊種目200メートルハードルのアジア最高記録などの実績を残し、引退後は企業勤務を経験、現在は「走りの指導」をビジネス展開する秋本さんと4回に渡って考える。第4回は「『体育会学生は就職に強い』は本当か」について――。

(聞き手=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

 ◇ ◇ ◇

――体育会出身者は企業の社長になったり、大企業に就職が強かったりという印象があり、実際に第一線の現場で「○○大ラグビー部でした」という方によくお会いします。秋本さんはアスリート出身で、現在はビジネスも展開していますが、なぜ体育会出身は社会に求められると思いますか?

「一般的にスポーツの世界はキラキラとしていて、見た目も爽やかで元気というイメージが良く、人格的になんでも頑張ってくれそうと思う人が多いと思います。だから、今までと全く異なる営業やデスクワークをやらせても頑張れるという期待があって採用します。体育会学生は全国の学生比率で8%しかいないと言われている希少な存在なので、欲しい企業も多いだろうと予測します。

 ただ、一方で『体育会出身者は脳みそも筋肉だ』『スポーツしかできないヤツらだろう』と批判的に見ている経営者の方もいると思います。なので、必ずしもどこの企業も採りたいかは別です。経営者が求めたいのは『君、日本一になったんだ。インカレで活躍したんだ。じゃあ、何を学んで、うちの会社に何を生かせるの?』という部分だと思います」

――第1回にも出た「『100メートル10秒台で走れます』は仕事に生きるのか」に通じる話ですね。

「もし、僕が運営しているオンラインサロンの『CHEETAH(チーター)』で働きたいという学生が来たら、まず『CHEETAH』が今提供しているものは何か、実際に何を得ているかを聞きます。働きたいのであれば、そのあたりは言えると思いますが、じゃあ『CHEETAH』の価値を最大化させるために本人がやってきた経験と何が接続し、どう良くできるのかも聞くと思います。

 加えて、今後もずっとうちで働き続けたいのか。そのうち独立して自分がやりたいことがあるのかも聞きます。会社にずっと何十年もいたいと思う人が少ない時代ですし、得たものを生かして次の転職につなげるというのもアリだと思いますから。結局はスポーツだろうがなかろうが、4年間で得てきたものをどう会社の理念にフィットさせていけるかだと思います」

――引退後は体育会学生の就活サポートをしている時期もありましたが、実際に接してみて何か気づくことはありましたか?

「社会人からすれば当たり前ですが、行きたい会社の企業理念を見たかはすごく聞きました。スターバックスなら『人の心に豊かさと活力を』と謳っていますし、サッカーのバルセロナなら『クラブ以上の存在に』というものを掲げています。その理念と自分の経験がマッチしない限り、うまく行かないと思うんです。例えば、アスリートとスポンサーの取引もそうじゃないですか。

 僕は飲料メーカーの伊藤園さんに麦茶をサポートしていただいていますが、伊藤園さんは“糖質のないスポーツドリンク”として打ち出したい。スポーツシーンに麦茶を持っていくイメージですね。そういう点は提供を受けている僕からすると、本当に良いものは良いと言えますし、理念と経験が一致するので相当宣伝しやすいです」

「体育会だからなんとかなる」は注意「爽やか、明るいの評価は主観に過ぎない」

――それと同じで正しくお互いを理解して入社しないと、結局は入社後につまずく原因になります。

「本当にその通りです。結局、どんな名の知れた大企業に入っても面白くなくなってしまうと思います。なので、体育会出身者が必ず出世しているというわけでもなく、出世している学生はきっと自分がやってきた経験を社会人になっても応用できている人なんだと思います」

――経験を応用し、出世できる人は何が違うんでしょうか。

「これはメンタリストのDaiGoさんが言っていたことなんですが、会社の本質は『株主にメリットを持たせること』と。確かによく考えたらその通りで、株主会社は会社に利益をもたらすことより、そもそもは株を持ってくれる人に還元することが本質です。なので、売上を出したい会社にとっては、売上を出してくれる人がどう考えても重要なので『この人の仕事の量、質は明らかに会社の売上につながってくる』と思われれば評価されます。

 だから、営業だけじゃなく良い製品、サービスを作る人も重要です。つまり、売上を上げる戦力になっている人。野球、サッカーとか、スポーツもそうだと思うんです。ゴールを決められる人、打者を抑えられる人、ホームランを打てる人が結果、良い選手になって必要となるもの。野球でFA権を取っても『行かないで』と必死に止めているのは数字を出している人なので、会社からしても数字を出している人は手放したくないじゃないですか」

――単に「自分は体育会出身者だからなんとかなる」と思う学生は気をつけてほしいですね。

「確かに、毎日会社にいてくれると体力があって爽やかだし、雰囲気も明るくなるからいいね、という評価もありますが、それは主観に過ぎません。それが会社の数字になるのかな? と僕は思ってしまう。僕が現役時代にサポートしていただいていた釣り具のルアーメーカーで働いている時に感じたんですが、アスリートの僕らが実業団の大会で日本一になっても別にルアーは売れなかったんです。でも、それは当たり前のことですよね。

 会社の名前を背負って、陸上で走って優勝しても『じゃあ、ルアーを買おう』とは普通なりません。本当の費用対効果はなんだろうと、結構考えるんです。もし、僕が釣り具で有名なアスリートとしてYouTubeでドンドン魚を吊り上げる方が売上は上がるはずです。僕は走ることで頑張れば、会社にとって恩返しになると思っていたのが全く違ったんです。だから、本当のメリットはもたらせていないとすごく感じていました」

――競技による人格的特徴はどうでしょうか? スポーツの現場ではラグビー選手なら自己犠牲の精神が強い、サッカー選手ならすぐに握手するコミュニケーション能力が高いと聞いたり、逆に陸上選手は個人主義で意外と組織に適応するのは最初は苦労すると聞いたりします。

「陸上選手がそうなりやすいというのは想像できます。自分一人で頑張ってきた感覚が強いのでしょうか。ラグビー、サッカー、野球とか、団体競技は“自分に足りないところを補ってくれる人”が試合中も常にいますよね。疲れちゃって動けない選手がいる、でも周りが『コイツ、疲れてるな』と走って守ってくれる、『ああ、ありがとう。助かったよ』と言えるような状態が常にある。それは、会社も一緒だと思うんです。

 この仕事は自分の領域じゃない、だからあの人にお願いしよう、その場合のお願いの仕方はこうしよう、と気遣ってつながっていく。でも、それが団体競技の出身でもできない人も当然いると思います。サッカーの試合を見ていても、試合中にすごく乱暴な言葉で使っている人がいますから。そういう人は会社入っても同じような乱暴なコミュニケーションで、ひょっとしたらパワハラするんじゃないかと思ってしまいます」

――陸上選手の性格はどうなんでしょうか?

「陸上選手は同じ空間をともにしているだけで『助かったよ』『ありがとう』と仲間内で言う機会が実はすごく少ないかもしれません。マネージャーがタイムを計ってくれたり、水を持ってきたりした時くらい。横のつながりが薄いので、自分一人で頑張ろうとすぎてしまう印象は確かにありますが、もちろん、陸上でチームワーク良く仕事をしてビジネスで成功する選手もいます。

 そうできる人とできない人の差は、やりながら得たり学んだりをしているかどうかじゃないかと思います。そういうチームワークを求められる場面においても、必要なコミュニケーション能力をもともと持っていたとか。ただ、現役中に引退してフルタイムで働いている自分を想像しながら練習するなんて僕は難しいと思います。僕がもし部活動の監督コーチなら『働くとは何か?』『仕事とは何か?』を部活動の経験と仕事を結びつけてお話しいただけるOBの方を定期的に招いて学生に話してもらう機会などを設けて心の準備をさせる時間を作ってあげたいなと思いますね」

■秋本真吾

 1982年生まれ、福島県大熊町出身。双葉高(福島)を経て、国際武道大―同大大学院。400メートルハードルを専門とし、五輪強化指定選手に選出。当時の200メートルハードルアジア最高記録を樹立。引退後はスプリントコーチとして全国でかけっこ教室を展開し、延べ7万人の子どもたちを指導。また、延べ500人以上のトップアスリート、チームも指導し、これまでに指導した選手に内川聖一(前・福岡ソフトバンクホークス)、荻野貴司(千葉ロッテマリーンズ)、槙野智章、宇賀神友弥(ともに浦和レッドダイヤモンズ)、神野大地(プロ陸上選手)ら。チームではオリックスバファローズ、阪神タイガース、INAC神戸、サッカーカンボジア代表など。今年4月からオンラインサロン「CHEETAH(チーター)」を開始し、自身のコーチング理論やトレーニング内容を発信。多くの現役選手、指導者らが参加している。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)