ロンドン五輪の銀メダリストが分析する卓球界の進化 2021年の東京五輪でもメダル獲得が期待される卓球。近年、“最強中国”を追う存在として、世界の頂点を狙えるまで力をつけてきた。日本卓球はなぜ強くなったのか――。「THE ANSWER」では、…

ロンドン五輪の銀メダリストが分析する卓球界の進化

 2021年の東京五輪でもメダル獲得が期待される卓球。近年、“最強中国”を追う存在として、世界の頂点を狙えるまで力をつけてきた。日本卓球はなぜ強くなったのか――。「THE ANSWER」では、長きに渡って日本のトップでプレー、2012年ロンドン五輪女子団体では男女通じて初の表彰台となる銀メダル獲得に貢献した平野早矢香さんに聞いた。

 ◇ ◇ ◇

 私の小さい頃は、日本が卓球大国と言われていた時代がありましたが、私が5歳で競技を始めた頃は世界的にはメダルは難しくなっていました。私が16歳で日本代表になってから少しずつ世界との距離が縮まり、世界選手権でも再びメダルを獲れるようになった。大きな変化を感じていますが、ここまで卓球という競技の注目度が上がり、メジャー化してきた過程においては2つのポイントがあると思っています。

 1つは福原愛ちゃんというスターがいたこと。当時は卓球に興味がない人でも、あれだけ小さい子どもが一生懸命卓球をしているということは知っていました。愛ちゃんを見たくて卓球を見るようになった方も多いと思います。みんな卓球選手は知らないけど愛ちゃんの事だけは知っているという時代でした。そこから卓球という競技がメディアでも取り上げられるようになって、愛ちゃんが卓球界を背負っていたというのは間違いないです。そういう意味では私なんかとは比べ物にならないくらいのプレッシャーがあったと思います。

 それともう1つ。愛ちゃんで注目が集まっている中で、日本卓球の実績もついてきました。注目と実績、どちらかだけだとメジャー化するのは難しいものがあるのかなと。誰がやっている、こんな選手がいますよ、というのが認知されないと、メディアに取り上げてもらえないことがある。2008年の北京五輪の時に、ある競技の選手が世界選手権で優勝していて、五輪でメダルのチャンスがあるにもかかわらず私は全く知らない。そんな選手がいました。そういう意味でも愛ちゃんの存在は卓球界にとって大きかったです。

 やっぱりアマチュアと言われているスポーツは五輪でメダルを獲るために戦っているところもあります。卓球界では2012年のロンドン五輪で女子が銀メダルを獲って、次のリオ五輪では女子だけでなくて、男女でメダルを獲り、水谷(隼)選手はシングルスでも銅メダルを獲りました。

 ロンドンではあのみんなが小さい頃から知っている愛ちゃんが、小学生の頃に“愛ちゃん二世”と言われていた石川佳純選手と、私と、一緒にメダルを獲ったというストーリーが出来ました。ただの話題性だけでなく、メダルという実績という部分でも取り上げてもらえた。じゃあ次のリオ五輪はどうなんだろうというところで、女子とはまた違う、ダイナミックで迫力のある男子の魅力もクローズアップされるようになりました。

愛ちゃんは「勝負勘の天才」で「努力の人」

 愛ちゃんというスターから離れて、卓球という競技全体をフラットに見てもらえるようになったように感じました。だからそこに続いていく今の選手たちは、日本代表になったら“メダルは獲るものだ”くらいに思ってやっている子が多いです。小学生でもインタビューで「将来はオリンピックで金メダルを目指します」と目標が明確で具体的。それは私が小さい頃の感覚とは全然、違いますね。

 私は学生の頃は卓球界全体のことを考えながらやるほど、大人ではなかったですし、自分が強くなることや、日本代表になることでいっぱいいっぱいでした。15歳の時に全日本選手権ジュニアで優勝して少しずつ目指していた世界の舞台に大きく近づき、18歳の時に全日本選手権で優勝することができて、自覚や意識が大きく変わったと思います。だから日本を背負ってとか、そういう意識を持ったのは今の選手に比べれば遅い方だと思います。

 結果的に愛ちゃんの存在でジュニアの全体的な底上げがなされたのは大きかったと思います。伊藤美誠選手、平野美宇選手、早田ひな選手ら、あの世代は小学生の頃からずっと強かったですし、実際ロンドン五輪の時には伊藤・平野両選手は現地に試合を見に来ていました。

 後で聞いたのですが、当時5年生だった2人が試合を見ながら『私だったらこうする』と2人で戦術の話をしていたようです。自分が小学生だったらそんな会話はできません。彼女たちは自分がそこで戦うというイメージをしっかりと持ちながら観戦していたということです。レベルが違うなと……。それぞれの意識の高さは卓球界が変わっていく大きな要素です。

 私自身は愛ちゃんが出てきた時は、正直なところ試合をしたくないなと思いました(笑)。愛ちゃんを撮影するためのカメラが常にいて周りからも注目されるからというのが大きな理由です。愛ちゃんは私がもともと所属していたクラブチームと交流あって、よく練習にも来ていました。一緒にやるとテレビに映ってしまう(笑)。当時は注目される競技じゃなかったのでプレッシャーに感じて、テレビカメラに囲まれながら愛ちゃんと試合したくないなと思っていました。

 愛ちゃんの凄さ……運動能力とかを見ていると、愛ちゃんより上の人はたくさんいると思います。どちらかというと、愛ちゃんは勝負勘の天才。手先の感覚はとても器用ではあるけれど、すべてにおいて優れているというよりは“努力の人”。練習量をこなして積み上げた選手。全体的な卓球のセンスだけでいうと、石川佳純選手や伊藤美誠選手のほうが上だと思います。でも本当に凄い練習量をこなしていました。小さい頃は海外の試合でも、負けた後でも必ず練習していました。1000本ラリーを毎日やったりとか、私は1000本ラリーは今まで一度もしたことがありません。だからこそ愛ちゃんは小さい頃から積み上げた練習量と豊富な試合経験をもとに作り上げていった卓球だと感じています。

中国はなぜ強いのか…選手層だけじゃない土俵の違い

 日本は確かに強くなりましたが、強大なライバルがいます。中国は2008年の北京五輪以降、男女シングルス、男女団体とすべての種目で金メダルを獲得しています。なぜあれだけ強いのか――。私の時代の強化体制ですが、日本では学校、クラブ単位が基本なのに対して、中国の場合は国から省のチームとピラミッドが完成しています。例えば、省のチームの中に1、2軍があって、1軍のトップの選手がナショナルチームの2軍に入ったりします。

 私も参加したことがあるのですが、ナショナルチームの2軍の選手とそれぞれの省の1軍の選手や期待の若手など計50人での合同合宿があり、そこで25人ずつに分けての総当たり戦が行われます。その中で勝ち上がった選手がナショナルチームの2軍に残留。いわば入れ替え戦のようなものが定期的にあって、選手たちはいつ入れ替えられるかわからないという危機感もあるし、またいくらでも代わりがいるという感覚があるようです。

 驚いたエピソードがあります。2010年にモスクワでの世界選手権団体戦で、中国の女子はシンガポールに敗れ、9連覇を逃しました。当時の選手は帰国してからテレビの生放送特番に出演して「なぜ敗れたのか?」と視聴者の前で糾弾されたそうです。日本の感覚では絶対ありえませんよね。衝撃的でした。でも中国においてはそれくらい卓球への期待と関心が高いということなんです。世界選手権で優勝するような選手が寝坊して反省文を書かされて、外を走らされたという話も聞きますし、凄くシビアで厳しい部分があるのだと思います。

 そもそも土台となる卓球人口も多いし、対人競技なので大事になる練習相手も豊富。そういうところでも差があるのに、さらに精神的にも鍛えられる環境だから強くなりますよ。ただ今は日本でも才能がある選手がたくさん出てきて切磋琢磨して、日本でトップに行けば今や世界でメダル候補という時代で選手の意識も高い。私たちの頃とは違います。以前よりも中国との差が縮まっているのは間違いありません。

(インタビュー後編は22日)(THE ANSWER編集部・角野 敬介 / Keisuke Sumino)