イスタンブールパーク・サーキットでの予選を終えて、マックス・フェルスタッペンは物陰にしゃがみ込んで大きく落胆していた。いつも強気で飄々としている彼にしては、かなり珍しい光景だった。 その理由は、今季初のポールポジションは確実に自分のものだ…
イスタンブールパーク・サーキットでの予選を終えて、マックス・フェルスタッペンは物陰にしゃがみ込んで大きく落胆していた。いつも強気で飄々としている彼にしては、かなり珍しい光景だった。
その理由は、今季初のポールポジションは確実に自分のものだという確信があったにもかかわらず、最後の最後でそれを獲り逃してしまったからだ。帯同するフィジオセラピストに促されるようにして立ち上がり、トップ3会見に臨んでも、フェルスタッペンの気持ちは折れたままだった。
ウエットでは調子のよかったレッドブル・ホンダ
「これだけ動揺しているのは、今週末ずっとトップで気持ちよく走れていたのに、Q3になって突然その座を失ったからだよ。こんなに動揺した状態でこのトップ3会見の席に座っているのは今年初めてだ」
わずか2週間前に再舗装が行なわれたイスタンブールパーク・サーキットでは、路面にオイルがにじみ、泥汚れもあり、さらには路面温度が13〜15度という低温コンディションで、最も硬く作動温度領域が高いタイヤ......。金曜フリー走行の走り始めは想定タイムの15秒落ちで、20台のマシンが1日フルに走り込んでもまだ7〜8秒の遅れがあった。
土曜はそこに雨。路面はさらに滑りやすくなり、各車ともタイヤへの熱入れとマシンコントロールに苦戦を強いられた。
そんななかでもフェルスタッペンは金曜のドライコンディション、土曜のウエットコンディションでもトップタイムをマークし続けた。メルセデスAMG勢がマシン特性ゆえにタイヤに熱を入れられず、フェルスタッペンにとっては敵なしの状況だった。
FP3、Q1、Q2まではトップタイム。しかし、Q3の最後にインターミディエイトタイヤに履き替えたところでフィーリングが悪く、なんとどのチームよりもうまくインターミディエイトを使いこなしたレーシングポイントのランス・ストロールにポールポジションを奪われてしまった。
「ノーグリップ。フロントタイヤのグリップが感じられなかったんだ。とくに路面に水があるようなところではかなり苦しんだ。高速コーナーでは問題ないんだけど、(それ以外では)フロントタイヤのグリップが上がっていかなかった」
空力が効くコーナーでは、マシン本来の速さが生きる。しかし、メカニカルグリップが必要とされる場所では、タイヤにしっかりと熱を入れてグリップを引き出せなければ速く走れなかった。
実際のところ、ほぼすべてのコーナーでフェルスタッペンは最速タイムと通過速度を記録している。だが、直線区間ではすべてレーシングポイントが上回っていた。
「ラップタイム的には速かったかもしれないけど、それまでの(ウエットタイヤでの)走行に比べるとグリップはまったくなかった。つまり、あの時点での僕らにとってのベストなタイヤではなかった。ウエットタイヤではずっとトップにいただけに、インターミディエイトタイヤをスイッチオンする方法か何かで欠けていたものがあったんだと思う」
アルファロメオ勢がウエットタイヤでまずまずのペースで走り続けたように、コンディションはウエットとインターミディエイトの境界線だった。ウエットはうまく使えるがインターミディエイトは使いこなせないレッドブルとしては、ウエットタイヤのまま行くべきだったのかもしれない。
決勝も直前に雨が降り、ウエットコンディションでのスタートとなった。
最大のライバルであるメルセデスAMG勢が予選6位・9位に沈んでいるだけに、予選2位のフェルスタッペン、4位のアレクサンダー・アルボンとしては十分に優勝を狙える状況だった。
しかし、フェルスタッペンはスタート発進で大きく出遅れて8位まで後退し、1周目に4位まで挽回するのがやっと。フェラーリのセバスチャン・ベッテルに抑え込まれて抜けず、その間に首位のストロールは15秒も先に行ってしまった。
決勝でもウエットタイヤからインターミディエイトへの交換はやや遅れ、前のセルジオ・ペレスを抜きにかかったところでコースオフしてスピン。これでタイヤを壊して再度ピットストップを余儀なくされ、8位まで後退してしまった。
その後も中団グループ勢に抑え込まれて抜くことができず、彼らがタイヤ交換のためにピットインしたところで3位まで浮上したものの、フェルスタッペン自身もタイヤが保たずに大きくペースダウンして再びピットストップ。またしても中団グループ勢の後方に戻り、そのまま6位でフィニッシュすることになった。
「フレッシュなタイヤに履き替えてまた前に追いつくことはできたけど、抜けなかった。ラインが1本しかなくて、それ以外はものすごく滑りやすい状態だったからね。全員が同じラインを走るしかなかった。ものすごくフラストレーションが溜まったよ」
6番グリッドスタートのルイス・ハミルトンも、同じようにベッテルに33周目まで抑え込まれ続けた。それでも、タイヤをいたわりながらミスを犯さず、チャンスが来るのを待ち続けた。
そして、ベッテルがピットインして前がクリアになったところで猛然とプッシュし、一気にレーシングポイントも捉えて首位に立つ。タイヤもインターミディエイトを50周にわたって保たせ、最後まで走り切った。
滑りやすいイスタンブールパーク・サーキットのウエットコンディションにおいて、メルセデスAMGは決して最速のマシンではなかった。
しかし、抑えるところは抑え、攻めるところは攻める。ミスも犯さない。ハミルトンは圧巻の走りでミハエル・シューマッハの記録に並ぶ史上最多タイ7度目のタイトル獲得を決めた。まさしく、史上最強王者の名にふさわしい走りだった。
最速のマシンに乗っているから勝ち続けているわけではない。彼が勝ち続けるのは、最強のドライバーであり、最強のチームの一員として長い年月をかけてそれを築き上げてきたからだ。
シューマッハの記録に並んで涙を流したハミルトンの姿を見れば、その道のりがいかに険しく、いかに多大な努力を注いでプレッシャーに打ち勝ってきたのかがわかるはずだ。それが外から見て楽勝に見えるほど、今シーズンのハミルトンは強かった。
それに比べてトルコGPのレッドブル・ホンダとフェルスタッペンは、あまりに不甲斐なかった。スタート失敗、2度のスピン、そしてタイヤを使いこなせなかったこと......。
フロントウイングのフラップ調整にミスがあり、マシン挙動も本来の状態ではなかったというが、レース前半にレーシングポイントを追いかけた速さを見れば、それが優勝を逃した決定的な要因ではない。タイヤもハミルトンのように保たせられなかった。
余計なピットストップで後方に沈む結果となった
スピンと余計なピットストップ1回がなければ、ペレスと2位を争うことはできたはずだ。だが、このコンディションのなかでは、それが今のレッドブルの最大限だった。
あらゆるデータを見直すレース後のデブリーフィングでは、様々な問題点が浮かび上がってきたという。ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターは語る。
「レースで歯車が噛み合わないまま終わってしまったのはなぜか、レース後のデブリーフィングでいろんな話が出ました。マックス本人もいろいろ(ミスを)やっていますし、それも含めてチームのパッケージとしてこれが今日の限界でした」
ハミルトンの偉大な記録達成のレースは、敗北者であるレッドブル・ホンダとフェルスタッペンにとって、その差をまざまざと見せつけられる結果となった。それが2021年の新たな挑戦に向けて、いい意味での契機となることを願いたい。