2020年のチャンピオンとなったジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター) おそらく、世界中のスズキファンが歓喜の叫び声を上げたことだろう。 第14戦バレンシアGPで、MotoGP2年目の23歳、ジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター…



2020年のチャンピオンとなったジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター)

 おそらく、世界中のスズキファンが歓喜の叫び声を上げたことだろう。

 第14戦バレンシアGPで、MotoGP2年目の23歳、ジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター)が7位でゴールし、2020年のチャンピオンを獲得した。スズキにとっては20年ぶり、2000年にケニー・ロバーツ・ジュニアが500ccクラスで総合優勝を達成して以来の快挙だ。つまりこれは、MotoGP時代初のライダーズタイトル獲得である。ファンにとっては、快哉(かいさい)を叫ぶなというほうが無理な相談だろう。

 今シーズンのミルとスズキは、どこよりもぬきんでた高い安定感を発揮して、シーズン中盤以降は圧倒的な強さと粘りでライバル陣営を凌いできた。しかし、彼らは決して開幕当初からチャンピオン争いを期待されていたわけではない。

 新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延により、MotoGPクラスの開幕が7月にずれ込み初戦となった第2戦スペインGPでは、ミルは決勝レースを転倒リタイア。チームメイトのアレックス・リンスも予選で転倒して右肩を骨折した。3週連続で開催して1週休み、また3週続くという緊密な展開が続く今年の特殊なカレンダーでは、負傷などによる欠場はチャンピオンシップを争ううえで大きなダメージになる。

 実際に、シーズン序盤の3レースを終えた段階で、ミルは2回の転倒ノーポイントによりランキングは14番手。リンスも、負傷翌週に参戦復帰を果たしたものの、ランキングは10番手。チャンピオン争いという意味では、スズキの選手は2名ともかなり厳しそうな位置に沈んでいた。

 潮目が変わったのは、第5戦オーストリアGPからだ。このレースでミルは2位に入り、MotoGP2年目にして初めての表彰台を獲得した。2週連続のスティリアGPでは、レース序盤からトップを快走したが、他選手のマシンにアクシデントが発生してコースサイドで炎上したため、赤旗中断。再開後は中断前の勢いを発揮できずに4位で終え、初優勝は残念ながら幻で終わった。だが、2週連続で高いパフォーマンスを発揮したことにより、ミルはにわかに注目を集める存在になった。

 1週間のインターバルを置いて、次のサンマリノGP、エミリアロマーニャGP、カタルーニャGPの3連戦では3位、2位、2位、と連続表彰台を獲得。カタルーニャGP終了段階でランキング2位へ浮上し、チャンピオン候補の一角に名乗りを上げた。ミル自身も、チャンピオンの可能性を意識したのはこのレースの時期だったという。

「スティリアGPは強さを発揮して優勝争いをできた初めてのレースだったけど、(赤旗中断で)勝てなかった。その後のミザノ(サンマリノGPとエミリアロマーニャGP)とバルセロナ(GP)のあたりで、『スティリアの走りはまぐれじゃない、この速さをずっと発揮できるかも......』と思った」

 そしておそらくこの段階で、レースを長く観戦してきた見巧者なら気づいたかもしれない。このミルの強さは、彼がMoto3クラスでチャンピオンを獲得した17年シーズンに見せた勝負の巧さに似ているな、ということに。

 ミルに初めてインタビューをしたのは、実はこの17年シーズンの春先だったのだが、その当時の彼はまだ19歳にもかかわらず、冷静な分析能力としぶとい戦い方は、〈老練〉と評してもいいような巧さを感じさせた。案の定、その年の秋には10勝を挙げてタイトルを獲得するのだが、そのときに見せていた能力の萌芽が、MotoGP2年目の今年に本格的な開花を始めた、ということなのだろう。

 同時に、スズキのマシン2020年型GSX-RRの高い戦闘力も、この頃から顕著になってきた。もともとの持ち味である機敏さや軽快な取り回しに加え、トップスピードや加速性でもライバル陣営と互角に勝負できる性能を発揮し、それが路面の温度条件や気象状況に左右されにくい満遍ない強さとなって、結果につながりはじめたのだ。特に、タイヤの摩耗に対して優しい特性は、レース中盤から終盤の追い上げという強力な武器になった。

 それがもっとも顕著に現れたのは、肩の負傷が癒えたリンスが、カタルーニャGPで見せた猛チャージだ。5列目13番グリッドからスタートしたにもかかわらず、驚異的な追い上げを見せて3位でゴール。2戦後のアラゴンGPでは、10番グリッドのスタートから優勝を達成した。このレースではミルも3位に入り、この結果によりランキング首位へ浮上した。

 その一方で、スズキには明らかな課題もある。1周のタイムアタックでスーパーラップを狙う土曜の予選では、ホンダやヤマハ、ドゥカティ勢に比して渾身の最速タイムを叩き出すという面で、まだライバル陣営に劣る。そのために、スターティンググリッドがどうしても後方になってしまうのだ。

 例えば、ミルとリンスが今季初めてダブル表彰台を達成したカタルーニャGPのスターティンググリッドは、それぞれ3列目8番手と5列目13番手。今回のバレンシアGPに至っては、チャンピオンを獲得したミルが4列目12番グリッド、リンスは5列目14番グリッドである。「猛烈な追い上げを見せる」という彼らの長所は、裏を返せば「猛烈に追い上げなければならない」という短所ともいえる。この課題を克服すれば、スズキはまさに王者に相応しい〈ホンモノの速さ〉を獲得することになるだろう。

 それでも、今年の彼らが圧倒的な戦闘力を発揮してきたことは万人の認めるところだ。来週の最終戦を残してライダーズタイトルはミルが獲得し、リンスは現在ランキング3番手。2番手につけているのは、今回のレースで優勝したフランコ・モルビデッリ(ペトロナス・ヤマハ SRT)で、リンスは4ポイントの僅差で迫っている。チームランキングはチーム・スズキ・エクスターのタイトルがすでに確定しており、コンストラクターズタイトルは、スズキとドゥカティが同点で並んでいる。来週の最終戦で、先にゴールをしたメーカーがこのタイトルを確保することになる。

 スズキのライダーがチャンピオンを獲得するのは、冒頭にも記したとおり2000年以来20年ぶり。チームランキングは02年に創設されたタイトルであるために、スズキの獲得はもちろん今回が初めて。そして、もしもコンストラクタータイトルを獲得すれば、これは1982年以来、38年ぶりのことになる。

 スズキが果たして史上初の三冠を達成するかどうかは、次戦の結果を見るまでわからない。だが、これほどまでの強さを発揮している彼らの今の姿は、2011年末の活動休止と、それを乗り越えて15年シーズンに復帰を果たした苦難の経緯を想起すれば、ファンならずとも感慨を覚えることだろう。

 しかも、彼らはそれを、鈴木式織機株式会社の設立100周年、1960年にマン島TTへ初挑戦してから世界グランプリ参戦60周年、という節目の年に達成した。さらにいえば、グランプリの勝利総数は、先週の第13戦ヨーロッパGPでミルが初優勝を挙げたことにより、160になった。

 だが、これらの記録はただの通過点である。記録は達成した瞬間に、すべてただの数字になる。次に彼らが更新するべき目標は、さらに高く険しい場所にある。さらに、王座からの追い落としを狙うライバルたちの猛追がそこに加わる。この厳しく難しい戦いを、2021年のスズキは戦うことになる。