元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説~2020年11月場所編元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、11月8日から両国国技館で開催されている大相撲11月場所の行方について占ってもらっ…

元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説
~2020年11月場所編

元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は、11月8日から両国国技館で開催されている大相撲11月場所の行方について占ってもらった--。

 大相撲11月場所が11月8日から始まりました。

 例年、11月は福岡で九州場所が行なわれるのですが、今年は新型コロナウイルス感染拡大防止の側面から、力士たちの福岡への移動を自粛。名古屋開催を取りやめた7月場所同様、東京・両国国技館での開催となりました。



9月場所で初優勝を飾って、大関昇進も決めた正代

 また、7月、9月場所では来場者数を従来の4分の1となる2500人程度としていましたが、11月場所では従来の2分の1となる、およそ5000人まで来場者数の枠を増加。過去2場所に比べて、活気に満ちています。いまだお客さまには、力士への声援などは自粛していただいておりますが、拍手による応援のボルテージは日に日に高まっている感じがします。

 さて、9月場所では「優勝に一番近い力士」として名前を挙げた正代が初優勝。場所後には大関昇進も決めて、私の長年の期待が一気に開花したようで、とてもうれしく思っています。

 年下の貴景勝や朝乃山に、優勝や大関昇進まで先を越された正代。相当悔しい思いをしていたはずで、昨年あたりから、一時しぼんでいた体も大きくなりました。さらに、コロナ禍の自粛期間中には、下半身の筋力トレーニングにも励んでいたと聞いています。

 もともと潜在能力が高い力士で、今年の初場所(1月場所)や7月場所でも優勝争いに加わりました。それらの場所では、優勝にあと一歩届きませんでしたが、9月場所でやっと、地道な努力が実ったと言えるのではないでしょうか。

 メディアなどから「大関獲り」について騒がれなかったことも、正代にとっては、好都合だったと思います。というのも、正代は"ここ一番"という場面で緊張するタイプ。現に、インタビューなどで「あまり(自分に)注目しないでください」と発言しているほどですからね。もし場所前から「大関獲り」が注目されていたら、自らプレッシャーを感じて、こうした結果を得られなかったかもしれません。

 ある意味、ここ数年「大関候補」と言われている御嶽海は、その象徴と言えるかも。「大関獲り」と注目される場所では、なかなか好成績を挙げられず、くすぶり続けていますからね。

 いわば"ノーマーク"のなか、ワンチャンスをモノした正代ですが、今場所も序盤は、土俵際まで攻められながら、なんとか凌いで白星を重ねていました。先場所の千秋楽で、優勝のかかった翔猿戦で見せたような相撲ではありますが、それもまた、正代らしいところ。

 そうした相撲によって、正代はよく「腰が高い」とか「体が反り返っている」などといった指摘を受けていますが、その相撲こそが、彼のスタイル。今場所は左足首を負傷して5日目から休場となってしまったことは残念ですが、今後も自分流を磨いて、さらなる上を目指していってほしいと思います。

 そうなると、今場所の優勝争いは、現状では大関・貴景勝が一歩リードといったところでしょうか。ヒザの負傷はあるものの、前に出る安定した相撲を見せていますからね。

 大関昇進後は、まだ優勝がありません。「次は自分だ!」という気持ちも強いはずです。

 先に触れた御嶽海にもチャンスはあります。元気な姿を見せていますし、大関昇進を正代に先を越されてしまった今、その悔しさを土俵にぶつけてほしいです。

 若手で注目しているのは、先場所で11勝を挙げて、前頭筆頭まで番付を上げてきた若隆景です。初日に正代、2日目に貴景勝と大関戦が続いて連敗を喫しましたが、正代を土俵際まで追い詰めるなど、勢いを感じます。

 若隆景は、荒汐部屋の「大波三兄弟」(長兄・若隆元=幕下、次兄・若元春=十両)の三男としても知られていますが、お父さん(若信夫=幕下)、お祖父さん(若葉山=小結)も力士という相撲一家。三兄弟、父親が力士という点では、私と似た境遇にあって、これまでも注目していました。

 1年前の九州場所で新入幕を果たしますが、その場所で足首を骨折。途中休場を強いられ、すぐさま十両へ陥落してしまいます。しかし、休場中に細かった体を大きくして、改めて十両で奮闘。7月場所で再入幕を果たし、一気にブレイクしました。

 体が大きくなったとはいえ、身長180cm、体重129kgと、力士の中ではまだ小柄な部類。それでも、相撲がしぶとくて、力も強いのが魅力です。

「お祖父さんの地位を越えるのが目標」という若隆景。その夢は、もう目前に迫っています。先場所、新入幕で優勝争いに加わった翔猿のように、ガッツがあって面白い相撲を取ってほしいと思っています。土俵上をかき回し、上位勢を脅かす存在として、大いに期待しています。

 こうして11月場所が盛り上がっているのも、国技館に足を運んでくださるお客さまのおかげです。また、外出制限にある我々のことを思って、部屋に差し入れを送ってくださるなど、ファンの方々にはいろいろな形で応援をしていただき、感謝に堪えません。

 そうした後押しに応えるように、力士たちも精一杯の相撲を取っています。これからも白熱した戦いを披露して、ファンのみなさんに恩返しできればと思っています。



photo by Kai Keijiro

錣山(しころやま)親方
元関脇・寺尾。1963年2月2日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は得意の突っ張りなどで活躍。相撲界屈指の甘いマスクと引き締まった筋肉質の体つきで、女性ファンからの人気も高かった。2002年9月場所限りで引退。引退後は年寄・錣山を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方を経て、2004年1月に錣山部屋を創設した。現在は後進の育成に日々力を注いでいる。