11月4日、角田裕毅(つのだ・ゆうき)がイモラでF1マシンをドライブした。2018年型のトロロッソSTR13で午前と午後、計72周352kmを走破して見せた。 自身にとって初のF1マシンドライブだが、彼のなかに「緊張」の2文字は一切なかっ…

 11月4日、角田裕毅(つのだ・ゆうき)がイモラでF1マシンをドライブした。2018年型のトロロッソSTR13で午前と午後、計72周352kmを走破して見せた。

 自身にとって初のF1マシンドライブだが、彼のなかに「緊張」の2文字は一切なかったようだ。



来季F1昇格を目指す現在20歳の角田裕毅

「楽しみな要素しかない。なんでみんな緊張すると思うんだろうな、というくらいですね(笑)。

 もちろん300km走らなければいけない課題はあるし、最初はウエットコンディションだったこともあって、ぶつかったりコースオフしてグラベルに埋まったりするんじゃないかという不安は少しありましたけど、僕はそういう不安はいつも持っているし、走るうえである程度の不安は逆にいいものだと捉えているんです。なので、緊張はまったくしなかったですね」

 緊張というのは、自分にできるかどうか自信がないからするものだ。F1マシンのコクピットに収まって緊張しないのは、息をするように当たり前のようにマシンを操ることができるという自信の表われだ。

 見た目は幼い少年のようだが、中身は成熟していて、負けん気が強い。そして自信も持っている。それが、角田裕毅だ。

 本来なら午前中のうちに課題の300kmを走破して、午後はよりパフォーマンス寄りのテストを行なうのが、当初組まれていたプログラムだった。しかし午前中はハーフウエットで、午後に入ってようやくドライコンディションでの走行が可能になり、300kmに到達したのはかなり時間が進んでからだった。

 300kmというのは、F1の公式セッションであるFP1に出走するための条件だ。角田が所属するレッドブルジュニアチームは、彼をFP1に出走させるためにこのテストを組んだ。

 そしてそのFP1出走さえも、確実にスーパーライセンスを取得するためのポイント獲得の手段でしかない。つまり、角田もレッドブルも見ているのは来季のF1昇格であり、テストもFP1出走もそこに向けたステップのひとつでしかない。

 そもそも、今季参戦しているFIA F2選手権でランキング4位以上になれば、FP1出走による1ポイント獲得という"保険"すら必要なくスーパーライセンス規定を満たし、F1昇格が可能になる。だから角田にとっては、F2の残る2ラウンドこそが最重要であり、いわば保険のためのテストは彼にとって大きなことではなかった。

「もちろん、F1をテストできたのはうれしかったんですけど、今年は最初からF2がメインと考えていたので、F1のテストもステップを踏んだというよりは一種のイベントとして考えていた。そこまで噛み締めることもなく、翌日はもうF2のことに頭を切り替えて、いつものレース後の月曜と変わらず過ごしていましたね」

 それでも、翌日には首の筋肉痛を覚えた。F1マシンのパフォーマンスはF2マシンのそれと比べてもすさまじく、とくに加速と減速の強烈さには驚いたという。

「当日は軽く疲れた程度でそこまで大きな疲労は感じなかったんですけど、翌日はやっぱり筋肉痛がありましたね。ブレーキング時に使う首の後ろ側に筋肉痛を感じました。

 アウトラップで想像以上にすごいのはわかっていたので、(本格走行が始まる)2周目の最初のブレーキングでは首が前に持って行かれないよう意識をしてブレーキを踏んだんですけど、それでも完全に首が持って行かれましたから。加速も減速も、ウエットコンディションでもすでにF2のドライコンディションよりすごかった」

 ダウンフォース量が豊富なF1マシンは、速度が上がれば上がるほど挙動が安定し、中高速コーナーはレールの上を走っているようだったという。横Gのすごさも実感した。それでも、今季の最初からF1を想定したトレーニングを重ねてきたからこそ、テストセッションの最後まで疲労困憊で走れなくなることはなかった。

 高速のピラテラやアクアミネラリは午後の最後もまだ少し濡れていたため80〜90%程度のマージンを残して走ったという。だが、それ以外のエリアでは縁石までしっかりと攻めてみたり、スロットルをガツンと踏んでマシンの向きを変えたり、限界を探りながら走っていった。

 レースを想定した13周の連続走行では、エンジニアからステアリング上のボタン操作によるモード変更の指示をコーナーごとに受けながら、なおかつ安定したハイペースを保って走ることもできるようになった。そして最後には新品のタイヤを2セット使い、タイムアタックも行なった。

 アルファタウリのピエール・ガスリーとダニール・クビアトが6月にこのマシンとデモ用タイヤで走行した際のデータや映像と見比べても、角田のほうが速いコーナーも少なくなかったという。セッティングも違えば気温・路面温度や風向きも違ったとはいえ、1周のなかで勝ったり負けたりが出るということは、ほぼ同じレベルで走っていたことになる。

「走行後のタイムも結構近かったので、比較しながらデータを見ましたね。最初は自分の感性で走ってみて、ある程度タイムが出てきたらデータを比べて、どこがどういうふうに足りていないかを確認しながら走っていました」

 まだマシンを手足のように、自由自在に操ることができるレベルには達していないという。だが、難しいコンディションのなかで300kmを走破するという必須条件をクリアしなければならない状況のなか、十分すぎる適応能力を見せた。

「僕が思っている『乗りこなせる』というレベルには全然行ってないし、まだ思いどおりに走れていないですね。それでも、最後のレースシミュレーションではコンスタントなタイムを刻めましたし、おそらく速いと言えるくらいのタイムだと思います。

 予選パフォーマンスではまだまだ乗りこなせていない。でも、毎周だんだん積み重ねていって、どう走れば速くなるかを理解しながら段階を追っていけたので、100%に近いくらい満足しています」

 テストの2日後に電話をかけてきたヘルムート・マルコ(レッドブル・モータースポーツアドバイザー)からも、テストの話は一切なく、今後に向けた話ばかりだったという。当然チームから報告を受けているわけで、テストについて言及がなかったのは"合格"ということだ。

 2008年の富士スピードウェイで行なわれた日本GPを観に行った記憶が、当時8歳の角田はうっすらとあるという。ただ、カートをやっていた頃は「F1ドライバーになりたいと思っていたわけではなく、楽しくてなんとなくやっていた」。

 SRS-F(鈴鹿レーシングスクール・フォーミュラ)を首席で卒業し、FIA F4に参戦し始めて、ようやくホンダが参戦しているF1という世界で戦ってみたいという気持ちが芽生えたという。だから、F1への過度なイメージもなければ、憧れのドライバーもいない。

 FIA F4の2年目でタイトル争いをしながらレッドブルジュニアのオーディションに合格し、翌年にはヨーロッパへ渡ってFIA F3に参戦。そして今年はFIA F2でルーキーにして上位争いの常連となった。英国ミルトンキーンズに住み、普段からレッドブルのファクトリーに出入りしてシミュレーターをドライブする。

 彼にとってF1は、憧れの世界というよりも、自分が今戦っているFIA F2を自分の実力どおりに戦い抜けば、自ずと辿り着ける"現実の世界"なのだろう。だから今年F2でしっかりと実力を発揮して結果を残している彼にとって、今回のF1テストも、これからやってくるであろうFP1出走や公式テスト、そしてスーパーライセンスを取得してF1デビューを果たすことも、緊張することではないのだ。

 どうしても周囲は、今回のテストでF1への道のりが一気に近づいたのではないかと期待に胸を躍らせてしまう。しかし、当の本人は浮き足立つことなく、スーパーライセンスの可否を握るバーレーンでのFIA F2の残り2ラウンドに100%集中している。

「F1が近づくとか近づかないかは考えていなくて、すべてはF2の結果次第。それしか頭にない。目の前のレースで結果を出せば付いてくるものだと思っているし、まずは自分のやらなきゃいけないレースでしっかり戦うようにしたいことしか考えていないんです」

 そういって角田はルーティンの朝のトレーニングに入っていった。夢でも憧れでも希望でもなく、彼は現実の世界を生き、F2からF1へとさらなる一歩を踏み出そうとしている。