女子バレー稀代のオールラウンダー新鍋理沙が歩んだ道(6) 元女子バレー日本代表・新鍋理沙のバレー人生を、本人の言葉と共に辿る短期連載。それを締めくくる第6回は、引退を決意した経緯と今後について語った。選手を引退して新たな道を歩み始めた新鍋理…

女子バレー稀代のオールラウンダー
新鍋理沙が歩んだ道(6)

 元女子バレー日本代表・新鍋理沙のバレー人生を、本人の言葉と共に辿る短期連載。それを締めくくる第6回は、引退を決意した経緯と今後について語った。


選手を引退して新たな道を歩み始めた新鍋理沙

 photo by Kimura Masashi

 6月20日、「新鍋理沙選手が現役を引退する」という発表で女子バレー界に激震が走った。

 その9日後の者会見に白いワンピース姿で現れた新鍋は、涙ぐむこともあったが、基本的には晴れやかな笑顔で記者の質問に応じた。そこで「私にとって1年は長すぎました。絶望でしかなかった」と語ったように、引退の理由は東京五輪の延期だった。

 2019-20シーズンのVリーグ終了後、代表合宿中に右手の人差し指の親指側の靭帯を縫い縮める手術を行なった。その後はリハビリに励んだが、手術の約1カ月前に決まった東京五輪の1年延期が心に重くのしかかった。

 新鍋は当時の心境をこう振り返る。

「現役生活を一番長く続けたとしても、(2020年に開催予定だった)東京オリンピックまでと決めていました。その12人のメンバーに選ばれたら、どこをケガしていようが、チームに貢献できるように自分ができることを全力でやろうと。だから延期が決まった時、最初は何も考えられませんでした。

 それでも、大会が延期にならなければ『やらずにそのままいこう』と思っていた右手の指の手術も、1年後に向けて受けることにしました。チームのトレーナーさん、ドクターさんなどといろいろ相談して決めたことですが、リハビリを進めるうちに『以前のようにオーバーパスができるのか』といった考えが浮かぶようになって......。元どおりどころか、自分が納得できる最低限のプレーもできないんじゃないか、という不安が大きくなり、引退という決断をしました」

 3月の五輪延期の発表から、引退を決める5月まで葛藤が続いた。代表や久光スプリングス(旧久光製薬スプリングス)のチームメイトや、両親にも相談せず、「ひとりで考えていた」という。

「チームメイトに相談するのも何か違うと感じましたし、両親に言ったら絶対に『もう1年頑張れ』と説得されますから(笑)。いろんな意見を聞くと、どんどん混乱しちゃいそうだったので、誰にも言わずに考えました」

 まだボールを触るところまでは回復していない中で引退を決意し、それを最初に伝えたのは久光の萱嶋章GMだったという。そこでは引き止められたが、「『ボールを触るのが怖い』という気持ちも出てきてしまっていた」という新鍋の考えは変わらなかった


久光でも日本代表でも、最後まで主力選手として活躍した

 photo by photo by Horie Joe

 その後、中田久美代表監督ともやりとりがあったそうだが、その内容については6月の会見時と同じように「秘密です」とかわされた。

 盟友の岩坂名奈との会話も「いろいろ話をしました」と言うにとどめた。しかし、新鍋が引退を発表した直後に行なわれた久光のオンラインファン感謝イベントでの、岩坂からの花束贈呈の際にはふたり揃って涙を流した。

「ファン感ですし楽しく終わりたかったので、絶対泣かないようにしようと決めていたんですけど、名奈が先に泣いて部屋に入ってきたので耐えられませんでした。記者会見の時は頑張ったんですけどね。家族やチームメイト、ファンの方たちに、きちんと感謝の気持ちを伝えたかったので」

 引退を発表する前に行なわれた自身のインスタライブでは、視聴者から「20歳の頃の夢はなんでしたか?」と聞かれ、「お嫁さんでした」と答える場面も。その夢の行方に関しては、「本当は25歳ぐらいまでには(結婚を)したかったんですけど......いつかは叶えたいです」と笑顔で話した。

 選手を離れたあとのキャリアについては、どんな目標があるのか。

「(新型コロナウイルスの影響で)今は一緒にやることは難しいですが、未経験の子供たちが気軽にバレーを始めてくれるような、『楽しい』と思ってもらえることをしていきたいです」

 指導者を目指すのかと思いきや、「それは向いていないので(笑)」と否定する。9月26日には、久光と埼玉上尾メディックスのプレシーズンマッチで解説を務めたが、具体的なビジョンを描くのはもう少し先になりそうだ。

 長いインタビューに答えてきた新鍋は、最後にファンに向けてこうメッセージを送った。

「久光でも全日本でも、勝っても負けても、たくさんの方が大きい声で応援してくださいました。毎試合のように会場に足を運んでくださる方もいらっしゃいましたし、すごくうれしかったです。あらためてそういう方たちに、『ありがとうございました』と伝えたいです」

 派手なスパイクはなくても、勝負どころでの得点、何より抜群の安定感を誇った守備は日本代表や久光に欠かせなかった。今シーズンのVリーグのコートで新鍋の姿が見られないのは寂しい。しかし、その選手人生に惜しみない拍手を贈り、この先にどんな道を歩んでいくのか見守っていきたい。