知られざる実業団陸上の現実~駅伝&個人の闘いコモディイイダ(3) 松村陣之助は、会沢陽之介監督が推す選手のひとりだ。城西大時代は箱根駅伝を3度出走し、2年の時には1区を走り、2区の村山紘太(現・旭化成)に襷を渡し、城西大は総合7位に入る健闘…

知られざる実業団陸上の現実~駅伝&個人の闘い
コモディイイダ(3)

 松村陣之助は、会沢陽之介監督が推す選手のひとりだ。城西大時代は箱根駅伝を3度出走し、2年の時には1区を走り、2区の村山紘太(現・旭化成)に襷を渡し、城西大は総合7位に入る健闘を見せた。

 しかし松村は「箱根ではまったく力を発揮できず、悔しくて思い出したくもない」と語る。大学卒業後は実業団チームに入ったが2年で退社し、昨年コモディイイダに入社した。



今年1月のニューイヤー駅伝で1区を走ったコモディイイダの松村陣之助(写真中央)

 なぜ、新たにコモディイイダを選んだのだろうか。

「前の会社では、自分自身に甘い部分があって、応援してくれた方にまったく恩返しができなかった。その甘い部分を見詰め直し、力がなかった自分をより強くするために環境を変えたいと思ったんです。その時に監督と相談をしたのですが、自分を必要としてくれて......その期待に応えたいと思い、お世話になることを決めました」

 入社したコモディイイダのチームの雰囲気をどう感じているのだろうか。

「ひと言でいうと"楽しい"ですね。前のチームはいろんなことに厳しくて、年功序列みたいなものもあったんです。でも、コモディイイダはそういう面でのストレスがなく、みんな和気あいあいとして楽しく陸上をしています。もちろん練習中はピリピリする時もありますけど、終わったら年齢に関係なく仲良くやれている。すごくいいチームだと思っています」

 夏合宿は学生も参加しており、彼らを含めて楽しくこなせていると松村はいう。たしかに、合宿の昼食時も緊張した空気はなく、会沢監督のユニークな言葉もあってとてもいいムードだった。

「本当にいいチームに入ったなと思います。コモディイイダに入った時、僕は力がなくて、1日でも早く力を取り戻したいと思って練習に取り組んできました。ここの練習はかなりきついんですけど、頑張ればいいタイムで走れるかなと思ってやっています。今はだいぶ力が戻ってきて、みんなの頼りになる存在にならないといけないと、自分の立場を自覚するようになりました」

 松村の1日は、午前6時の朝練習から始まる。7時半には朝霞仲町店に出社し、食品部で品出しや発注などの業務をこなし、午後2時半まで勤務している。最初は仕事が思ったよりもきつく、大変だったという。

「入社したての頃は仕事に体が慣れず、結構しんどかったですね。わからないことだらけで、とにかくメモしていました(笑)。仕事と競技のサイクルがなんとなくしっくりするようになるまで2カ月ぐらいかかりました」

 現在、ポイント練習が週2、3回行なわれ、ジョグは1日20〜30キロを最低ラインにしている。陸上を続けていくうえで、松村は「仕事と競技」の両立の重要性をあらためて学んだという。

「レースで結果を出すと、一緒に仕事をしている人がすごく喜んでくれるし、東日本実業団駅伝やニューイヤー駅伝に出場するとお店の人が全員応援してくれるんです。僕の店では幟(のぼり)とかポスターが貼られて、お客さんからも声をかけられるようになりました。僕が仕事を適当にやっていたら、そういうことはないと思うんです。やっぱり仕事をしっかりこなすことでみなさんが応援してくれるので、両立はすごく大事なことであり、基本だなって思っています」

 将来、実業団を考えている学生にとっては、「競技と仕事の両立」は当たり前のように聞こえるが、そのことで悩み、退社してしまうケースもある。

 松村は一度、苦い経験をしたあと、コモディイイダに出会い、自分が成長する場を見つけることができた。その経験から学生には「実業団は甘くない」ことを理解してほしいという。

「僕は最初のチームで苦しみました。2年間、何をやっていたのかわからない......すごくもったいなかったと思っています。もう一度やり直せるのなら、言われた練習をこなすだけではなく、その意図を監督に聞き、自分の強みであるスピードを極めたかった。実業団に入る学生の皆さんには、いつまでも走れる状況が続かないことを理解し、日々の練習を大事にしてほしいと思います」

 前回のニューイヤー駅伝に出場することで知名度が上がり、地元で応援してくれる人の数も増えた。その反響の大きさに驚くとともに、結果を出して注目されることで自分のモチベーションにもなると感じた。

「やるからには結果を出して注目されたいですよね。そうなればもっと頑張ろうという気持ちになる。今年はコロナ禍の影響でレースがなくなり厳しいですが、5000mと1万mを軸に練習しています。僕は5000mが一番得意なんですけど、7月のホクレンでは1万mで自己ベストを更新できたのですが、5000mは結果が出なかった。試合が少なくてレースを走れていないこともありますが、ちょっと気持ちが空回りしてしまって......。12月までにはしっかり調整していきたいと思っています」

 松村が個人的に最大の目標としているのが、12月に開催される日本陸上選手権大会の5000mだ。自己ベストは13分46秒だが、その記録を更新し、結果を残すことを自らに課している。

「日本選手権は標準A記録が13分42秒なので、40秒を切って、8位内の入賞を目指しています。レースはかなりハイペースになると思いますし、相当頑張らないと厳しい。でも、なんとか結果を出して『コモディイイダにはこんな選手がいるんだ』というのをしっかりアピールしたいと思います」

 結果を出して注目されることは一番だが、選手のなかにはSNSなどを利用して多くのフォロワーを生み、それを励みにしている選手も多い。そうして自らの注目度をモチベーションに変え、さらに陸上への興味をもってもらうことを狙いにしている選手もいる。松村はSNSについて、どう考えているのだろうか。

「僕はSNSが弱くて、全然できないタイプなので、もっぱら監督にすべて任せています。監督はYouTuberなので、僕がいい走りをすればそれを配信してくれるので全世界の人が見てくれるでしょう(笑)。個人的にはいい時も悪い時の走りも動画で流してくれているので、フォームのチェックという意味で見ています。今後ですか? たぶんやらないと思います」

 注目といえば昨年のMGCは大きな盛り上がりを見せた。選手はもちろん、一般ファンも注視するレースになった。松村も見ていたそうだが、どう感じたのだろうか。

「MGCはスター選手が出るという感じのレースでしたし、すごく盛り上がりましたよね。あの舞台に立つことはすごく名誉なことですし、単純に僕もその舞台に立ちたいと思いました。マラソンだけでなく、トラックでもMGCのようなレースがあるともっと盛り上がると思います」

 11月3日、東日本実業団の予選会が開催される予定だ。チームはこの大会で12位以内に入って、ニューイヤー駅伝への出場権を獲得しなければならない。昨年はプレス工業、八千代工業と壮絶な争いを演じ、最終的に12位に入り、見事、出場権を得た。

 今年は、エース格の東瑞基が抜けて、会沢監督も「ギリギリの状態」と語るように、予断を許さない状況だ。

 一方、ほかのチームは力をつけており、また昨年不覚をとった強豪の富士通や、コモディイイダに5秒差で涙を流した八千代工業は出場権獲得に意欲を燃やしている。

「チーム全体がもう一段上げていかないと出場は厳しいと思いますが、しっかりと準備をして、勢いをつける走りをしたいですね」

 コモディイイダでの2年間で、松村は成長するきっかけを掴んだ。中堅となる年齢になり、チーム内での自分の置かれているポジションも理解している。責任感と期待感を背負った松村がこれからのレースでどんな走りを見せてくれるのか。いずれにしてもその先に進むためには結果が求められることになる。