あの悲劇から26年。イモラ・サーキットに2006年以来となるF1マシンの共演が戻って来た。 ホンダの現場責任者である田辺豊治テクニカルディレクターにとっても、イモラは思い出の詰まった場所だ。1994年にここで命を落としたアイルトン・セナと…

 あの悲劇から26年。イモラ・サーキットに2006年以来となるF1マシンの共演が戻って来た。

 ホンダの現場責任者である田辺豊治テクニカルディレクターにとっても、イモラは思い出の詰まった場所だ。1994年にここで命を落としたアイルトン・セナと切っても切れない深い結びつきのあったホンダだけに、田辺テクニカルディレクターもタンブレロのコース脇にあるセナの銅像のもとへと歩いて行った。



イモラでレッドボル・ホンダはどんな走りを見せるのか

「挨拶してきました。今も(コース脇の)フェンスにはブラジルの旗だったり写真だったりがたくさんあって、ファンの人も集まっていて、ちょうどドライバーが歩いていると声をかけたりしていましたね。セナはあいかわらず寂しそうな顔をして、背中を丸めてコースを見詰めていました。

 やはりイモラと言えばセナです。第2期の頃はセナが活躍して、我々がF1活動を終えた後ですが事故がありました。良い思い出も悪い思い出も含めて、忘れがたい思い出が多々あります」

 2018年にF1の世界へ戻って来て以来、ブラジルを訪れるたびにモルンビーの墓地を訪れていた田辺テクニカルディレクターだが、イモラは第3期活動の時以来の訪問となる。マックス・フェルスタッペンが優勝し、ピエール・ガスリーが表彰台に立ったあのブラジルGPと同様に、どこか特別な気持ちがホンダ陣営にはある。

 セナとローランド・ラッツェンバーガーの悲劇が起きるまで、イモラは超高速サーキットとして名を馳せた。そこで活躍していたのが、ホンダパワーだった。

「パワーサーキットと呼ばれるモンツァ、シルバーストンと並んで、イモラでも第2期の1.5リッターツインターボのホンダパワーは非常に強さを発揮していたことを克明に覚えています。イモラの予選でもすばらしい結果を残していましたね。ですから、イモラに来るのは楽しみでした」

 イモラで現行ハイブリッド型パワーユニットのF1が開催されるのは初めてのことだ。

 そして、土曜と日曜の2日間のみでグランプリが開催されるのも初めてのことだ。

 ほぼデータのないイモラで、たった90分間のフリー走行1回のみ。その2時間半後には予選が行なわれる。

 事前のシミュレーションに限られた時間のなかでの実走行データを組み合わせ、2時間半のインターバルの間に予選・決勝に向けたセットアップを完成させる。車体もパワーユニットも、予選までにセットアップを決めなければならないのだ。

 現行パワーユニットで初開催だった第11戦ニュルブルクリンクでも、金曜のセッションが霧で中止になったため、これとほぼ同じ条件で予選・決勝が行なわれた。その経験があるだけに、どのチームも極端な懸念は持っていない。そのくらい今のF1チームのシミュレーション技術は進歩している。

「どのチームもそれぞれ非常にうまくシミュレーターで準備してきていると思う。どこが自分たちの弱点かをわかっていれば、そこをシミュレーターで重点的に改善してタイムを縮める努力をし、そこに割く時間もどんどん増える。だから、どこかのチームがとくにアドバンテージを持っていることはないだろう。フリー走行が1時間半だけになろうと、最強のチームはやはり同じところにいる」(フェルスタッペン)

 イモラは鈴鹿サーキットに似たコース特性で、アップダウンとともに中高速コーナーの切り返しが次々と現われる。縁石をカットするように乗り越えて、クルマの向きを変えていかなければならない。

 その縁石をうまく使うことのできるマシンに仕上げることが重要だと、フェルスタッペンは語る。

「ものすごく狭いし、かなり縁石を使って走っていかなければならないから、ストレートでのトップスピードと縁石をヒットさせながらコーナリングしていく速さの最適な妥協点を見つけ出す作業がとても重要になる。フリー走行が1回しかないからマシンのセットアップは簡単ではないだろうけど、そのおかげで面白い展開になるかもしれない。とくにエンジニアたちにとってはそうだろうね(笑)」

 レッドブルが懸念するのは、RB16が持つリアのナーバスな挙動が出ないか、ということだ。

 マシンバランスを安定させることができれば、レッドブルは速さを発揮できる。しかし、マシンの前後がバラバラの動きをするようなマシンバランスであれば、フェルスタッペンでさえ手を焼くことになる。

 アレクサンダー・アルボンは不振が続き、本来の速さを結果に結びつけることができていない。ガスリーのアルファタウリ残留が発表され、いよいよアルボンも周囲からの重圧がピークに達している。アルボンを残留させるのか、経験豊富なベテランを獲得するのか。レッドブルの決断は目前に迫っているだけに、ここで結果を出さなければならない。

「ドライビングだけに集中している。何よりもとにかく結果だ。そこに集中していれば、それ以外の雑音は聞こえなくなる。レッドブルのようなトップチームで走ることは、どんなドライバーだって憧れる夢。僕の望みはここにステイすることだ」(アルボン)

 車体だけでなくパワーユニット側も、90分間のフリー走行1回のみで予選・決勝用の単一モードを決めなければならない。さらに、コースのどこで発電してどこでパワーとして使うかという、エネルギーマネジメントの煮詰めも必要だ。

 その点、ホンダは今シーズンの開幕前にアルファタウリとともにこのイモラでテストを行なっているだけに、事前シミュレーションでやや優位に立っている。

 グランプリ開催地での事前テストは禁止されているが、そのルールが導入される以前に最寄りの地元サーキットであるイモラで"フィルミングデー(宣伝撮影用走行)"として100kmの走行をこなしていたのだ。

「今年のマシンで100km走行していますから、まったく初めてというわけではありません。それなりに参考になりますね」(ホンダ・田辺テクニカルディレクター)

 かつてのようにパワーだけで敵を蹴散らすようなことは、今のF1では不可能だ。しかし、実質的初開催で初の2日間開催というこの週末は、普段よりも"何か"が起きやすいこともまた事実だ。

 セナとの思い出が詰まったこの地で、ホンダはどのような走りを見せるのだろうか。