MotoGP第12戦テルエルGPの表彰台。フランコ・モルビデッリ(中央)が優勝を飾った 明暗がはっきりと分かれたレースだった。第12戦テルエルGPの金曜から日曜(10月23〜25日)まで3日間の推移、という軸。そして、いよいよ佳境が迫る20…



MotoGP第12戦テルエルGPの表彰台。フランコ・モルビデッリ(中央)が優勝を飾った

 明暗がはっきりと分かれたレースだった。第12戦テルエルGPの金曜から日曜(10月23〜25日)まで3日間の推移、という軸。そして、いよいよ佳境が迫る2020年のチャンピオンシップ、という軸。そのふたつの軸から今回のリザルトを見てみると、くっきりとした明と暗の大きなコントラストが浮き彫りになったことがよくわかる。

 優勝を飾ったのは、フランコ・モルビデッリ(ペトロナス・ヤマハ SRT)。9月のサンマリノGPに続き、今シーズン2回目の勝利だ。今回のレースではフロントロー2番グリッドからスタートを決め、トップに立った後は全23周を終えてチェッカーフラッグを受けるまで誰にも前を譲らなかった。

「今日は、朝食にダイナマイトを食べてきたんだよ」

 チェッカーフラッグの後にはそんなジョークを言うほど、この日のモルビデッリは圧倒的な内容とペースでレースを支配した。序盤から中盤周回こそ、2番手につける選手がピタリと背後に張りついていたが、やがて全周回の半分を過ぎた頃からじわじわと引き離して、次第に独走体勢を作っていった。

「前に誰もいない状態だったので、毎周全力で走ろうと思った。集中力はとても高かったし、バイクのフィーリングもすばらしかった。23周を完璧に走れるくらい高い安定感を発揮できて、正確かつアグレッシブなライディングに集中できたのはチームのおかげ。決勝に向けていいバイクに仕上げてくれたことを、本当に感謝している」

 この優勝で25ポイントを加算したことにより、チャンピオン争いでも首位から25ポイント差のランキング4番手に浮上した。フロントローを獲得した土曜の段階では「ランキング2位でタイトル争い有力候補のチームメイト、ファビオ・クアルタラロがチャンピオンを獲得するためのアシストをするのか」と、チームオーダー発動の可能性を探る質問を投げかけられていたのに、一夜明けると自分自身がチャンピオン争いの渦中に飛び込んできた格好だ。

「(ランキング首位の選手から)25ポイント差に追いついたので、最後の3レースは今日と同じくらいにアグレッシブに攻めていきたい。(チャンピオンの帰趨は)自分たちの対応次第で決まるわけではなくてその他の要因も大きいけれども、とにかくフルアタックで行く」

 今季2勝目を挙げて流れを引き寄せたこのモルビデッリと対照的に、決勝で流れが暗転したのが中上貴晶(LCRホンダ・イデミツ)だ。

 モルビデッリはフロントロー2番グリッドからのスタートだったが、中上はそのひとつ前のグリッド、ポールポジションを獲得していた。中上にとって、これはMotoGPクラスに昇格した2018年以降、3年目のシーズンで初めて獲得した記念すべきポールポジションだ。さらにいえば、このレースウィークでもっとも順調にセッションを積み重ね、土曜午後の予選終了段階で決勝に向けた最有力候補と見なされていたのは、実は中上だったのだ。

 金曜午前のフリープラクティス(FP)1回目で2番手タイム。午後のFP2はトップで、初日総合首位。土曜は、午前のFP3と午後のFP4で2番手。続く予選でポールポジション。と、ここまでのセッションを見れば、着実に内容を積み上げて獲得したポールポジションであることは明白で、中上は速さと強さの両面で誰よりも高い安定感を見せていた。

 しかも、決勝日午前のウォームアップ走行でもダメ押しのようにトップタイムをマークして、仕上がりはまさに上々といった様子がうかがえた。

 中上がトップグリッドのポールポジションにつき、いよいよ決勝レースのスタート時刻を迎えた現地時間午後1時(日本時間午後9時)は、おそらく日本でもファンの期待がピークに達していたはずだ。

 スタートシグナルが消灯し、レースが始まると、中上は左へ旋回する1コーナーへトップで飛び込んでいった。モルビデッリをわずかに背後へ従える格好でバイクを切り返して右の2コーナー、さらにもう一度右の3コーナー、と駆け抜けてゆく。

 そして、5コーナーの進入に差し掛かったところで、フロントタイヤを切れ込ませて転倒。中上とバイクが、路面を滑走し、コースサイドのグラベルへ転がっていった。

 レースがスタートしてから、わずか20秒の出来事だった。

 ピットボックスへ戻ってきた中上は、自らの椅子に力なく腰を下ろし、ヘルメットを被ったまま無言で大きくうなだれた。

 レースが終わってしばらく時間が経過した後、中上は転倒までの一部始終を振り返った。

「1コーナーから4コーナーまで、(内側からオーバーテイクされないように)イン側を閉めるようにしていました。4コーナーで少しイン側につきすぎてしまい、5コーナーのブレーキで本当にごく少しだけ、アウト側になりました。その瞬間に自分自身の気持ちをコントロールできず、そこのブレーキ入力がシャープになり過ぎてしまいました。それでフロントが切れこんで、転んでしまった。本当におろかなミスで、スピードもブレーキングも、自分の気持ちもコントロールできなかった。それに尽きます」

 そういって、寂しそうな笑みを見せた。今回の決勝前にはチャンピオン争いの可能性が取り沙汰されることもあったが、転倒ノーポイントで終わったことにより、その可能性は一気に遠ざかった。

「今回は自分の気持ちをマネージできなかったけれども、これをコントロールできれば、今後は何戦も勝てるライダーになれると思います。残り3戦はチャンピオン争いを気にすることなく、『勝てればうれしい』というくらいの気持ちでレースを楽しめます」

 このように、第12戦のリザルトは明と暗のコントラストが際だつ結果になった。チャンピオン争いの面でも、明と暗ははっきりと分かれた。

 ランキング首位のジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター)は今回も3位を獲得し、今季5回目の表彰台。ランク2位のクアルタラロは8位でチェッカー。今シーズンは3勝を挙げているとはいえ、優勝と不調の差があまりに激しく、今回もそのムラがもろに露呈した格好だ。3位のミルは16点を加算し、8位のクアルタラロは8点獲得にとどまったため、ふたりのポイント差はさらに広がって14点になった。

 優勝選手は25ポイントを獲得するため、シーズン残り3戦では合計75ポイントを取り合うことになる。そう考えると、14点差などごくわずかな開きでしかないようにも見える。ただし、直近6戦で表彰台5回という毎戦高水準の走りを続けるミルと、その6戦中で優勝を1回達成しているものの、あとの5戦は表彰台圏外という波のある成績のクアルタラロでは、安定感という面で大きな開きがある。しかも、ミルのチームメイト、アレックス・リンスは前戦で優勝。今回も2位に入り、スズキは2戦連続で両選手が表彰台に登壇している。この安定感は、今シーズンの残り3レースを戦ううえで、スズキ陣営にとって大きな武器となるはずだ。

 とはいえ、誰にも想像できなかった出来事が次から次へと発生してきた2020年シーズンの決着に、拙速な判断は禁物だろう。そもそも誰にも予測できないから、どんでん返しはどんでん返しなのだ。そしてそれは、おそらくあと3回起こる。