ツアー復帰を果たしてから1年1カ月ぶりとなるグランドスラムでの勝利を決めた瞬間、錦織圭は右拳を力強く握り、高く掲げた――。 ローランギャロス(全仏テニス)の1回戦で、9年ぶりにノーシードでの出場となった錦織(ATPランキング35位/9月2…

 ツアー復帰を果たしてから1年1カ月ぶりとなるグランドスラムでの勝利を決めた瞬間、錦織圭は右拳を力強く握り、高く掲げた――。

 ローランギャロス(全仏テニス)の1回戦で、9年ぶりにノーシードでの出場となった錦織(ATPランキング35位/9月21日づけ)は、第32シードのダニエル・エバンズ(34位、イギリス)を1-6、6-1、7-6、1-6、6-4で破り、6年連続の2回戦進出を決めた。



1年1カ月ぶりにグランドスラムでの勝利をつかみ取った錦織圭

 新型コロナウイルスの世界的大流行によって、5月下旬から9月下旬に開幕が変更された2020年の全仏オープン。大会開幕日のパリの気温は12度と、テニスをプレーするには寒すぎる気候に見舞われた。

 しかし、錦織を悩ませたのは寒さだけではなく、「いつものローランギャロスとは完全に異なる大会だと感じました」というレッドクレー(赤土)コートのコンディションだった。悪天候も重なって、水分を多く含んだコートは、ボールが高く弾まないスローなコンディションになった。

 時折吹く冷たい強風の中で、第1セットは、錦織がミス12本を犯し、セカンドサーブでのポイント獲得率は17%にとどまり、いいところなく29分でセットを先取される。

 エバンズの片手バックハンドのスライスに対して、錦織は「あまりにも早くウィナーを取りにいこうとしすぎた」と反省し、第2セット以降は我慢強く打ち合うことを心がけた。そうすると、次第にグランドストロークでのリズムをつかみ、ミスを3本に抑えて第2セットを取り返した。

 第3セットは錦織が5-2とリードを奪うものの、サービングフォアザセットの第9ゲームを取り切れなかった。お互い2ブレークでタイブレークまでもつれたが、何とか4回目のセットポイントを錦織が勝ち取った。

 クレーでのプレーを不得意としているエバンズは、これまで全仏オープンで1回戦を突破したことがなかったが、今回は精神的に大きく崩れることもなく、錦織に対して我慢強くプレーを続け、第4セットはエバンスが取ってファイナルセットへもつれ込んだ。

 そのファイナルセットで、錦織は第2ゲームで先にブレークして3-0とするものの、第5ゲームをブレークバックされて追いつかれてしまう。錦織は先にリードを奪ってもなかなかエバンズを突き放せず、約1年間実戦から離れていたブランクを感じてしまう場面が多かった。

「自分に無理な期待はしていなかったです。1試合1試合戦うだけなので、グランドスラムだからという緊張はなかった。最後は一番集中できました」という錦織が、第10ゲームでつかんだチャンスを活かして勝負を決めた。41本のウィナーを決めたものの、55本のミスを犯した錦織は、5セットマッチを戦う体力も問われていたが、3時間49分のロングマッチを乗り切った。

 2020年シーズンから帯同しているマックス・ミルニーコーチとの取り組みで、錦織はより攻撃的なテニスにトライしている。その試みのひとつが、ネットプレーでフィニッシュして、ポイントへつなげるのを増やすことだ。30歳の錦織が、プレーに新たな変化を加えるのは冒険のようにも思えるが、テニスを変えることへの怖さはないのだろうか。

「あんまりないですね。変えるといっても、そんなに大きく変えたわけではないので。なるべく今できるプレーをしっかり心がけている。本当に小さなマイナーチェンジで、毎年少しずつ変えていくので、そんなにやりにくさみたいなものはないです」

 錦織は、エバンズとの1回戦で、66回ネットに出て39回ポイントにつなげ、ネットプレー成功率は59%だった。セット別では、第1セット3/8(成功率38%、以下同)、第2セット8/8(100%)、第3セット15/25(60%)、第4セット2/6(33%)、ファイナルセット11/19(58%)。5セットの長丁場でのプレーを踏まえれば決して悪い成功率ではない。

「無理に(ネットへ)出ようとしてミスってしまったり、タイミングが悪く出てパスを抜かれたり、反省点はあります」と振り返った錦織だが、たとえ球足の遅いクレーでも、ネットプレーでフィニッシュしてポイントにつなげるテニスを貫こうとした姿勢は評価できる。

 今後は勝負を分ける大事な場面で、ネットプレーの成功率をさらに上げたいところだが、対戦相手によっても戦術は異なるので、臨機応変に対応しながら攻撃的なプレーをブラッシュアップさせたい。ただやみくもにネットに出るのではなく、ツアー屈指のショットメイカーと言われる錦織のテニスを活かしながら、ネットプレーの1本前のショットで70~90%ぐらい優位に立ってから、ネットプレーにつなげられると、より成功率を高められるのではないだろうか。

 11年前の2009年に1回目の右ひじ手術をした錦織が、2010年2月に復帰を果たしてから初めて戦ったグランドスラムがローランギャロスだった。繰り上げによる本戦初出場で、10年前も1回戦で5セットマッチを制した勝利だった。しかも2セットダウンからの大逆転劇だ。

「この舞台に帰って来られたのは、すごくうれしいし、楽しみでもあったんですけど、同時に、自分のテニスがツアーレベルで通用するのかという不安もありました。ひじが治って、いいテニスができるようになったら、もちろん試合の勝ち負けにこだわっていかないといけないと思います」

 当時20歳だった錦織は、素直に全仏オープンでの初勝利を喜びつつも、再びツアーレベルへ戻れるか不安視していた。現在30歳の錦織に置き換えると、ツアーレベル云々は愚問であり、トップ10レベルにカムバックできるかどうかだろう。

 もし20歳の錦織が、ケガのことがあるにせよ「今年の目標はない」と語る30歳の錦織を見たらどう思うだろうか......。焦りは禁物なのは百も承知だが、今回のローランギャロスでの勝利は自信につなげるべきであり、そろそろしっかり目標を掲げた30歳の錦織を見たいと思うに違いない。

 2回戦で錦織は、ステファノ・トラバグリア(73位、イタリア)と初めて対戦するが、自信を取り戻した錦織のプレーを見ることができるか注目したい。