中野友加里インタビュー「フィギュアスケート界のリアル」後編 元フィギュアスケーターの中野友加里さんが「THE ANSWER」のインタビューに応じ、「フィギュアスケート界のリアル」について語った。後編は「女子選手の体重管理と競技寿命」だ。 日…
中野友加里インタビュー「フィギュアスケート界のリアル」後編
元フィギュアスケーターの中野友加里さんが「THE ANSWER」のインタビューに応じ、「フィギュアスケート界のリアル」について語った。後編は「女子選手の体重管理と競技寿命」だ。
日本のスポーツ界も10代から才能が芽吹く選手が続々登場。一方で、若いうちから大きな注目を浴び、過度なプレッシャーと戦うという現実もある。特に10代から国際舞台で戦い、活躍するフィギュアスケートの女子選手は競技人気の高まりとともに注目が集まり、一方で体型変化などの問題と直面。近年は競技寿命の短さが課題となっている。
ジュニア時代から世界選手権に出場し、浅田真央、安藤美姫らとともにフィギュアスケートブームの立役者となり、24歳まで選手として活躍した中野さんが実際に現役時代に体験したこととは――。
(聞き手=THE ANSWER編集部・神原英彰)
◇ ◇ ◇
――10代から世界に飛び出し、第一線で戦うことが珍しくない最近のスポーツ界。特にフィギュアスケートの女子選手は10代で活躍し、注目されやすい競技的背景があります。しかし、競技を抜きにすれば中高生の年代。世間から浴びる注目、プレッシャーとの向き合い方は難しいと思います。中野さん自身は10代の競技生活を振り返ってみてどうでしょうか?
「私は14歳でジュニアの世界選手権に出て以降、あまり成績が伸びなくて何か新しいことやらないといけないというプレッシャーが常にありました。どんどんと競技レベルも上がり、周りと違うことをやらないと勝てない時代になってきたと常々感じていて、とにかく『私の武器を見つけないといけない』ということに執着していました。10代は体つきの変化が忙しいし、非常に難しい年代。その面でも悩まされた時期でもあります。体型を過去と比較されるし、技術も過去と比較されるし、過去の自分を超えていかないと見てもらえないと常に思っていました。でも、それは自分だけだったかもしれないし、“いつも見られている”という意識は自分を強くする糧になるので、結果的には良かったと思っています」
――その過程で注目度も上がり、メディアで取り上げられる機会も出てきます。
「小学校で初めてテレビに出させていただきましたが、それで周りの見る目も変わったことがありました。それはプレッシャーでもありつつ、自分を強くするエネルギーにもなります。応援してくれる人がいると感じるだけで『もっと頑張らなきゃ』『スケートを続けなきゃ』という原動力にはなったかなと。ただ、私の10代はちょうど競技がメジャーに駆け上がる頃と重なり、よりフィギュアスケートを見る人が増えて『あの子はいつも成績残せないよね、ときっと思われているんだろうな』と思っていました。
なので『いつかなんとかしなきゃ』と、なんとかフィギュアスケートという競技に食らいついていた感じでした。今の子たちは10代の早いうちに開花して国際大会に出られる。それ自体はたくさんの経験になり、大きな大会に出ることで自信となって後々の競技人生に生きます。ただ同時に、過去の自分を超えて新たな面を見せていかなければいけない重圧も目覚めてきます。そうなると体型維持はもちろん、技術も向上させなければいけない緊張もあって、精神的に追い込まれながら続ける苦労もあると思います」
――中野さん自身は“見られること”をプラスに変えていたということですね。
「私は恋と一緒なのかなと思っています。女の子は恋をすると綺麗になると言われますが、自分が見られている環境があると、自分を美しく見せなきゃいけないと自然と思って、そういうオーラが出るもの。スケートも同じで、いつも見られていることで頑張らなきゃと思うし、どんどん上達しなきゃ、もっと次はこういう演技をしなきゃと思える。一つの目標を立てて、それをクリアしていく感じ。ステップアップする段階を立てられました。
私自身はメディアに取り上げていただけるだけでも嬉しかったです。特に、同じ時代に安藤美姫ちゃん、浅田真央さんがいたので、どちらかというとお二人がスポットライトを浴びて大々的に報道され、私はその陰にいつも隠れている感じ(笑)。でも、そんな私を取り上げてくれる新聞社さんがいると、しっかりと見ていてくれたんだなと嬉しく感じ、自分にとってはプラスになっていました。注目を浴びているうちが華なのではないかと思っていました」
体重問題は「体をダイエットから休ませてあげる」意識も大切、SNSとの距離感は…
――フィギュアスケートは30メートル×60メートルの広いリンクで1人の演技を時には1万人以上のファンが観戦する競技。注目を力にすることが難しい選手たちもいると思いますが、選手としてはどんなメンタルを持つべきでしょうか。
「やっぱり話題にしていただいているうちが良い環境ですし、スケーターとして上り調子で向上するためには良い環境だと思います。そう考えることで、技術面も磨かれていくのではないか。私が辞めることになった一つのきっかけは、人に良い演技をお見せすることができない、自分史上最高のパフォーマンスができないと思ったこと。良い状態で良い演技を見せたいというのが選手の想い。これはもう見せられないという時が来たら競技人生を考えないといけませんが、そうなるまでは氷上に乗ったら、俳優になり、女優になり、演技をしければいけない。いつも『私を見て』という状態でスケーターにはいてほしいです」
――競技で受けるプレッシャーは、技術はもちろん精神の負担ともなります。特に、フィギュアスケートの女子選手は10代に体型変化の時期と重なり、体重管理がセンシティブな問題として直面します。
「女子選手は悩むと思います。特にオフシーズンは注意が必要です。今回はコロナの影響がどう出るか分かりませんが、運動不足になる選手もいたのでは。体力を戻すまでに時間かかりますし、体重が増えると、力はつくかもしれませんが、フリーの4分間を滑り切るまでのパワーが、重くなった分だけ消耗する。一番影響が出るのはジャンプ。500グラム増えたら、500ミリリットルのペットボトルを持って跳んでいるのと一緒。その太った分だけジャンプの軸がずれます。
すごく厳しいコントロールを求められるし、これはフィギュアスケートを辞めるまでの付き合い。私もスケートを辞める最後の最後まで体重と戦いました。今も体重を気にする生活が続いているので、簡単に解決する問題ではないと思っています。現実的には、競技を辞めてから気にしなくなればいいと思って、うまく付き合っていくしかありません。なかには体重コントロールをしなくても、体型維持できている人もいますが、多くの人がぶつかっている問題だと思います」
――フィギュアスケート選手に限らず、心理的なストレスがかかると大抵は食が細くなるか、逆に食べ過ぎてしまうか。2つに分かれそうです。
「私はだいたい後者でした……(笑)。海外まで体重計を持って行って計っていましたが、海外は日本にないものを食べられるので、増えて帰ってくることが多かったです。特にイタリアは美味しいものが多くて……。ただ、試合後のことなので増えてしまったことはなるべく気にしないようにしていました」
――どこかで線を引いて、割り切ることが大切ということですね。
「大会のフリーまでは我慢して『フリーが終わったら食べてもよし』みたいに自分のルールを作ってしました。ずーっとダイエットなんて続かないもの。フリーが終わって、自分の気分が落ち着いたら、好きなものを好きなだけ食べる、という環境を作ってあげていました。結果が良くても悪くても、頑張った自分を褒めてあげる感覚で『体をダイエットから休ませてあげる』という考えも大切だと思います。どこかで体型に関するストレスを軽減しないと参ってしまうので、私は試合後よく食べていましたが、その分、体重を戻すのも大変でした。
ここまでと決めて、なんとか頑張って、そこから少し気を抜いて……とリフレッシュさせながらやっていく。そんな風にしているうちに、自分のベストの体重も分かりますし、『これだけ食べたら増える』『これだけ練習したら痩せる』ということもだいたい分かるようになります。それに合わせて、大会にピークを持っていくコントロールも掴めるようになるもの。私の場合は20歳くらいの時でした。大学で上京して始めて一人暮らしを始めて、自炊をするようになり、1年以上やってみて掴んだ感覚がありました」
――メンタル面のコントロールにおいては、最近の選手はSNSも発達し、情報との付き合い方が難しい時代でもあります。
「私の現役時代はちょうど『2ちゃんねる』が流行り始めた時期でした。今で言うエゴサーチとまではいかないですが、時々覗いている選手もいました。それがプラスに働く必要があるとは思わなくて、そういう声に触れた結果、自分の気分が落ち着くのであれば見ていいと思います。今はSNSが盛んになったので、良い意見も悪い意見も吸収し、前向きに捉える力があるのであれば見ていいと思いますし、マイナスなことを書いている人がいるからどうしよう……と影響が出るなら見ない方がいいと思います」
――軸を持って、自分の意思で決断すること。これはSNSとの付き合い方に限らず、選手として成長する上で必要なことですね。
「その通りだと思います。なので、SNSに関しても、それで気分が落ち着く人はきっといると思います。自分のことを世間がどう思っているかを知って見つめる上で必要ならいいと思います。それがズバリ合っているかもしれないし、自分も納得するなら直していけばいい。見るも見ないも自分次第かなと思います」
競技寿命が課題の女子選手、日本の後輩たちへ「好きと思えるうちは辞めないで」
――中野さんは大学院修了の24歳まで現役を続けました。しかし、フィギュアスケートは今、トップ層が低年齢化し、それに伴うように早い年齢で競技を離れるケースが目立ち、選手寿命の問題について見つめ直す時が来ているように思います。
「海外勢、一つの国を挙げれば、ロシアは体型変化に苦しむ選手が多く、早くに引退してしまう現状があります。その中で日本はわりと長く続けているスケーターが多い国です。女子なら今年22歳になった宮原知子選手も体力が落ちている印象はありませんし、何より一番の良いお手本になっているのが羽生結弦選手。今年で26歳になりますが、昔は競技を続けるのが難しいと言われていた年齢。でも、今はそれが当たり前になりつつあります。
どうしてもスポーツは若い選手に注目が集まりやすく、フィギュアスケートも若い選手が結果を残しているがゆえにベテランの選手がトップにいないと思われがちですが、決してそうではありません。そういう世代がルール上、評価されにくいのは少し残念ですが、これからも息の長い選手は出てくると思いますし、私自身はとても期待しています。ルール上の問題も一つあるので、年齢制限など、この先、ルールが変わっていく可能性もあると思います」
――中野さんが心と体が一致していたとのは何歳の時だったのでしょうか。
「私自身は20歳です。体重コントロールができて、試合で結果を残すこともできた。一番良い時期でした。一般的には20歳を超え、22、23歳くらいから体力の落ち始めを感じます。私も『20歳を超えたら、今と同じような練習ができなくなるから、怪我だけは注意して』とよく言われていました。ただ、才能が早く開花すると、早く衰えると言われますが、浅田真央選手のように10代前半から長くトップを走り続けた選手もいます」
――体力の充実している10代の選手が難易度の高いジャンプを跳ぶことも競技の面白さですが、表現力を身につけた20歳前後の選手が芸術性を表現することもフィギュアスケートのも魅力だと思います。
「今は4回転を跳べないと勝てない時代になり、逆に言えば、表現力などスケートの奥深さが追いついていなくても4回転を跳べば勝てるルールになっています。もし、ルールが変わって4回転の本数や出場年齢が制限されたら、ベテランの選手がもっとトップに行く可能性もありますし、4回転がなくても勝てる選手が出てくるかもしれません。女子選手は20歳を超えてからスケートの味や深み、ベテランならではの色気も出てくると思います。表現面に加え、技術と両方が合わさった演技でもって、上位に行く選手が出てきてくれたら。それが一番のフィギュアスケートの魅力にあると思います」
――フィギュアスケートの人気は高まり、五輪を目指すトップ選手に限らず、競技人口は増えています。その中で、それぞれのカテゴリーで悩みを抱えながら競技に励んでいる10代の選手もいると思います。彼女たちに対してかける言葉があるとすれば、どんなことでしょうか?
「一つのタイミングになるのは学校。今、自分が通う高校・大学・短大・大学院、それぞれありますが、その卒業、修了までは続けた方が『スケートをやり切った』『スケートと歩んだ人生』と言えるのではないかと思います。一つのことを継続し、区切りまでやったことが人生にとって大切かなと。もし、技術が後退したり、大会で結果が出なかったりしてもフィギュアスケートを楽しんでほしい。もちろん、苦しくなったら離れてもいいですが、フィギュアスケートを最後まで自分がやり切ったと思える境地まで続けてほしいです。フィギュアスケートが楽しい、好きと思っているうちは辞めないでほしいと、私は言いたいです」
■中野友加里
1985年生まれ。愛知県出身。3歳からスケートを始める。ジュニア時代から活躍し、シニア転向後は06年四大陸選手権2位、07年冬季アジア大会優勝、08年世界選手権4位など国際大会で結果を残した。全日本選手権は3度の表彰台を経験。10年に引退後、フジテレビに入社。スポーツ番組のディレクターとして数々の競技を取材し、19年3月に退社。現在は解説者を務めるほか、審判員としても活動。15年に結婚し、2児の母。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)