> 打球の呼吸......とでもいうのだろうか。 テニス選手には、ともに練習をすると自ずと調子が上がる"理想のプラクティス・バディ"のような存在がいるという。 錦織圭の場合、その筆頭に挙げられるのが、ディエゴ・シュワルツマン(アルゼンチン)…

 打球の呼吸......とでもいうのだろうか。

 テニス選手には、ともに練習をすると自ずと調子が上がる"理想のプラクティス・バディ"のような存在がいるという。

 錦織圭の場合、その筆頭に挙げられるのが、ディエゴ・シュワルツマン(アルゼンチン)だ。



全仏OPで錦織圭は進化したスタイルを発揮できるか

 身長170cmと小柄ながらパワーがあり、速いリズムでボールを叩くのを得手とするツアー屈指のストローカー。ミスが少なく、練習でも決して手を抜かぬ真摯なテニスへの姿勢も、一緒に練習していて心地よい理由かもしれない。

「小柄なところなど、親近感を覚える」「すごくいい奴」と錦織が深い共感を示せば、シュワルツマンも「圭はプレーも人間性もすばらしく尊敬している」と敬意を表する間柄。

 そのシュワルツマンと錦織は、全仏オープン開幕を2日後に控えた9月25日、秋を飛び越え冬の気配すら漂うパリの寒空の下でボールを打ち合った。

 シュワルツマンは先週のローマ・マスターズでラファエル・ナダル(スペイン)を破り、決勝でもノバク・ジョコビッチ(セルビア)と熱戦を繰り広げるなど、今最も油の乗っている選手のひとり。ナダルの剛球を下がることなくベースライン上で打ち返し、チャンスと見るや身体ごとボールに飛び込み強打するシュワルツマンの躍動感は、かつて錦織がナダルを赤土で追い詰めた姿とも重なる。

 その、実直で知的なファイターとボールを打ち合うことで、錦織は今の自分に足りない何かを獲得しようとしたのかもしれない。

「ブランクを感じた」

「ショットの感覚がまだない」

 3週間前に、約1年ぶりの復帰戦となったオーストリアの大会で戦いに敗れた時、錦織は実戦から離れた時間の重さを噛み締めた。

 先週のローマ・マスターズでは初戦で勝利を手にするも、2回戦では18歳の新鋭ロレンツォ・ムゼッティ(イタリア)に敗れ、「いいポイントはあるけれど、悪いポイントもすぐ出るのが安定感のないところ」と、振れ幅の激しさに言及した。

 ローマから持ち帰った収穫は、新コーチのマックス・ミルヌイと取り組んでいるネットプレーが、本人が想定していた以上に生かせたこと。

「クレーでもこうやって(ネットプレーを)混ぜていけるんだな、っていうのがわかった」という皮膚感覚は、実戦でしか得られぬ大きな収穫だっただろう。

 ただムゼッティ戦では、第2セットで喫した1本のボレーミスがひとつの試合の潮目となり、本人も「あんな簡単なボールをミスしたのが、大きなポイントになった」と、あとに悔いた。

 翌週に出場したヨーロピアン・オープンの初戦では、第2セットでリードを守りきれず、終盤の3連続ブレークチャンスも逃すなど、どこかチグハグな試合運びに終止する。

 結局は、復帰戦で本人が口にした「まだ実戦が必要。なるべく勝って試合数をこなしたい」ということ以上に、完全復帰への順路はないようだ。

 そのような観点で見た時、来たる全仏オープン初戦の相手がダニエル・エバンス(イギリス)というのは、決して悪くない組み合わせだろう。

 これまでの対戦成績は2勝1敗。その唯一の敗戦が、7年前の全米オープン初戦というのは錦織ファンには暗い記憶だが、当人たちにとっては遠い過去のはずだ。

 エバンスはバランスの取れた好選手ではあるが、錦織と同様にストロークでリズムを築くタイプであり、突拍子もない武器があるわけではない。クレーをやや苦手とするのも、錦織にとっては落ち着いて対峙できる材料となるだろう。

 他方で、錦織の不安材料はスタミナだ。復帰から3大会を戦った時点で、試合終盤に息が切れるような場面がしばし見られた。ローマ・マスターズ2回戦でも、第2セットで足を押さえる場面などもあり、「まだちょっと身体がついてこなかったりする」ことを本人も認めている。

 クレーでのエバンスとの試合はラリー戦が予想されるうえに、グランドスラムの戦いは最長5セット。競り合いに定評のある錦織ではあるが、今の彼にとって持久戦は避けたいところだ。

 そこでカギになるのはやはり、ひとつはネットプレーだろう。

 ローマの2試合で実証したように、クレーでもネットプレーは状況判断次第で武器となる。ローマで手にした「前への入り方はよかった」という身体の記憶を、パリでも披露したいところだ。

 そしてもう一点は、練習をともにしたシュワルツマンが実践したような、早いタイミングでボールをとらえて主導権を握る展開力。

 広範なコートカバーは錦織の代名詞ではあるが、いい時の錦織は、相手よりも少ない走行距離でポイントを奪う選手としても名を馳せた。リスクと背中合わせのプレーでもあるが、今の彼には取るべき価値のあるリスクだろう。

 今年の全仏オープンは、いつもと同じ会場で行なわれるも、「例年とは大きく異なる大会だ」と多くの選手が声を揃える。開催時期は初夏から秋に移り、センターコートには屋根が新設され、公式球のメーカーも変わった。

 これまで築き上げてきた確固たるプレースタイルの上に、新たな武器を備えて新境地を切り開くには、今年のローラン・ギャロスはふさわしい舞台と言えるかもしれない。