>「中野信治が占うF1・2020年シーズン後半戦」前編 新型コロナウイルス感染拡大の影響で開幕が遅れ、7月のオーストリアGPからスタートした2020年シーズンのF1グランプリ。12月の最終戦アブダビGPまで全17戦で行なわれることが決まった…

「中野信治が占うF1・2020年シーズン後半戦」前編 

新型コロナウイルス感染拡大の影響で開幕が遅れ、7月のオーストリアGPからスタートした2020年シーズンのF1グランプリ。12月の最終戦アブダビGPまで全17戦で行なわれることが決まったが、早くもシーズンの折り返しを過ぎたことになる。前半戦は王者メルセデスとルイス・ハミルトンが圧倒的な強さを見せつけたが、その要因は何なのか? そして、レッドブル・ホンダに逆襲のチャンスはあるのか? 元F1ドライバーでDAZNの解説者を務める中野信治氏に話を聞いた。  


中野信治氏は、レッドブル・ホンダのマシンの

「扱いづらさ」を指摘する

 今シーズンのF1は開幕が約4カ月遅れました。レース数も当初予定されていた22戦から17戦に削減されるという状況の中でシーズンが始まりました。

 延期の期間中、各チームやパワーユニット(PU)供給メーカーのファクトリーは長い間、閉鎖され、十分な準備期間や開発時間を取ることができませんでした。そうなると、開幕前のテストから圧倒的な速さを発揮していたメルセデス、つまり、もともといいクルマとPUを持っているところが強くなるのは自明の理です。

 シミュレーションをするにしても、メルセデスは一番いいデータを持っていただろうし、開発能力も高い。さまざまなシミュレーションをこなし、ライバルチームとの差をどんどん広げていったのだと思います。シーズンの前半戦、メルセデスが強さを発揮した理由は、シンプルにそういうことだと見ています。

 逆にレッドブル・ホンダは、新型コロナウイルスの影響でメルセデスに追いつく時間を失ってしまいました。しかもレッドブル陣営にとって、開幕時点のメルセデスの速さは予想以上だったと思います。メルセデスの実力をもっと早い時期につかんでいれば、いろいろと手を打てたと思いますが、後手後手に回っている印象は否めません。

 前半戦、レッドブルが優勝したのはイギリスのシルバーストンで開催された第5戦の70周年記念GPのみ。今シーズンのレッドブルは、マシン特性にピッタリと合ったコンディションとタイヤが投入された時は、メルセデスに迫り、優勝するチャンスがあります。でも大半のレースではメルセデス、特にハミルトンと勝負するところまでもっていけていないというのが現実です。

 開幕前のテストからレッドブルのマシンはスピンするようなケースが多く、ピーキーなクルマなのかな、という印象を持っていました。実際にフタを開けてみたら、そのとおりでした。アレックス・アルボンの走りを見ていると、むしろ昨年以上に扱いづらくなっているように感じます。

 昨年、アルボンが初めてレッドブルのマシンに乗ったベルギーGPへ行き、アルボンとチームの無線を聞かせてもらう機会がありました。その時から、アルボンは「オーバーステアで乗りづらい」と話していました。それでも「何とか自分でコントロールするよ」と冷静に話しているのを聞いて、強い精神力の持ち主だと感心しました。

 昨年のアルボンはシーズン途中にピエール・ガスリーに替わってレッドブルに加入したにもかかわらず、すごく落ち着いたドライビングで着実に結果を残していました。これなら2020年はもっとやってくれるだろうと期待していました。でもシーズン序盤は苦しみ、初表彰台に上がったのは第9戦のトスカーナGPでした。

 マックス・フェルスタッペンもアルボンと同様にずっとオーバーステアだと言い続けていますが、彼はしっかりと結果を出しています。あのマシンでレース中、速いペースで走り続けられるのは、ずば抜けたマシンコントロール能力を持つフェルスタッペンだからできること。アルボンが遅いというわけでは決してありません。

 もしアルボンが今、アルファタウリのマシンに乗れば、きっとガスリーと同じような活躍をしたでしょう。でも逆にガスリーがレッドブルに復帰したとしても、おそらくアルボンと同じような結果になってしまったと思います。目に見えない難しさがF1にはあるんです。

 レッドブルのデザイナーであるエイドリアン・ニューウェイは、空力効果を最大限に生かすため、レーキ角(マシンの前傾角度)を大きくとったマシンを10年ほど前から作り続けています。ニューウェイが先鞭をつけた、レーキ角を大きくとるというコンセプトはデビューした当初は非常に効果的だったと思います。しかし、レギュレーションが変わっていく中で、徐々にエッジの効いたクルマになっていっているように見えます。

 その結果、限られたドライバーだけしかマシン性能の100%を使い切れなくなってしまっていると思います。今のレッドブルを見ていると、歴史は繰り返すんだな、と感じますね。まさに僕がF1で走っていた時代(1990年代)と状況がそっくりです。 



自らのF1ドライバー時代を振り返る中野氏(photo by Sportiva)

 当時、ミハエル・シューマッハが強かったので、多くのチームが彼のマシンを模倣して作っていました。いわばシューマッハがトレンドを生み出していたのです。ところがシューマッハのドライビングスタイルに合ったマシンはすごく特殊で、彼以外のドライバーが速く走らせることができませんでした。

 僕が所属していたプロストのマシンは、まさにシューマッハがドライブしていたベネトンを模倣して作られていました。今、フェルスタッペンがドライブするレッドブルほどではないと思いますが、非常にエッジが効いたマシンでした。

 当時、僕のチームメイトだったオリビエ・パニスは何とか乗りこなしていましたが、僕自身は1年間ドライブするのにすごく苦労しました。だからガスリーやアルボンの気持ちが想像できます。

 もちろんフェルスタッペンの能力が高いというのはあるのですが、彼のもともとのドライビングスタイルやクルマの感じ方が他の選手とは違うのです。当時のシューマッハと同様に、かなり特殊。その結果、フェルスタッペンのチームメイトが苦しむ状況を作り出していると思っています。

 シューマッハのベネトンやフェラーリ時代のチームメイトは才能のあるドライバーばかりでしたが、なかなかシューマッハと同じような結果を出せませんでした。それと同じことが今、レッドブルで起きているのです。

 じゃあアルボンが自分の乗りやすいようにクルマをセットアップすればいいじゃないかと思うかもしれません。しかし、アルボンが自分の好みにしようとした瞬間、デザイナーが狙っているスイートスポットを外れてしまい、まったく別のクルマなってしまうのです。

 結局はアルボンがレッドブルのマシン特性に合わせてドライビングスタイルを変えていくしかない。僕も経験しましたが、それは容易なことではありません。容易にできるのであれば、ガスリーだってアルボンだってとっくにやっています。

 簡単に言えば、ずっと右利きでゴルフをやっているプレーヤーに左利きで試合に出て、戦ってみろというようなものです。1年もやっていればそれなりにプレーができるようになりますが、自分本来のパフォーマンスを安定して発揮し続けるのは不可能に近いと言っていいと思います。

 レッドブルとは対照的に、メルセデスのマシンは、誰が乗っても、安定して速さを発揮できるように仕上がっています。それを今年、皆さんにわかりやすく証明しているのが"ピンク・メルセデス"と言われるレーシングポイントだと思います。

 レーシングポイントのマシンは、ベテランのセルジオ・ペレスが乗っても、若いランス・ストロールが乗っても、ペレスが新型コロナウイルスに感染し代役で出場したニコ・ヒュルケンベルグがいきなり乗っても速く走れました。

 今シーズン、大躍進するレーシングポイントが、メルセデスのマシン特性を端的に表していると思います。それをさらに全体的にブラッシュアップさせたものが、ハミルトンとボッタスがドライブするメルセデスなのです。

 メルセデスの強さの要因はシンプルです。現行のレギュレーションのもとで、誰が、どのサーキットで、どんなコンディションで乗っても、最大限のパフォーマンスを発揮できるクルマ作りができていること。それに尽きると思います。
(中編につづく) 

【プロフィール】 
中野信治(なかの・しんじ) 
1971年生まれ。F1、アメリカのCARTおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は日本最高峰のスーパーフォーミュラとスーパーGTに参戦する「TEAM MUGEN(チーム・ムゲン)」の監督を務めながら、SRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)の副校長として若手ドライバーの育成を行なっている。世界各国での豊富なレース経験を生かし、DAZN(ダゾーン)のF1解説も担当。