8月の終わり、例年だと菅平高原は大学や高校のラグビー部、サッカー部の合宿が行なわれ、ここにあるコンビニの前は原宿・竹下通りのような賑わいを見せている。だが今年は、コロナ禍の影響で合宿を中止したチームが多く、コンビニ前は閑散としていた。 立…
8月の終わり、例年だと菅平高原は大学や高校のラグビー部、サッカー部の合宿が行なわれ、ここにあるコンビニの前は原宿・竹下通りのような賑わいを見せている。だが今年は、コロナ禍の影響で合宿を中止したチームが多く、コンビニ前は閑散としていた。
立教大陸上部駅伝チームは、蔵王での1次合宿を終え、8月末から菅平高原での2次合宿に入った。故障者など数名が寮に居残りとなったが、38人が参加した。
「箱根予選会に向けた大事な合宿になります」
上野裕一郎監督は2次合宿をそう位置づけた。
コロナ禍のなか、順調に夏合宿をこなした立教大駅伝チーム
チーム練習は主力組のA、Bチームと、C、D、Eチームに分かれている。箱根予選会のエントリーメンバーは14名で、実際に走れるのは12名だ。現在、Aチームには6名の選手がおり、余程のことがない限り予選会の出場は間違いないだろう。
そのAチームの選手に加え、Bチーム以下から誰が入ってくるのか。箱根予選会を走る権利をつかむ3次合宿に入るための予備選考が2次合宿のテーマのひとつである。
A、Bチームでは1年生の中山凜太が先頭に立って引っ張り、元気のいいところを見せていた。日本インカレ組の練習では上野監督が一緒に走り、声かけをしながら選手を見ていた。選手がきつい表情を見せるなか、上野監督は余裕の表情でどんどんスピードを上げていく。2009年の日本選手権で1500m、5000mを制した健脚は、まったく衰えていない。
大学陸上部の監督は全体を俯瞰しながら指導するケースが多いが、立教の場合は上野監督が並走しながら指導するスタイルがひとつのウリになっている。
「部員数の多い大学や全体的に見たい場合は、俯瞰して指導するほうがいいと思います。ただ、僕にとっては並走するメリットはすごく大きいです。呼吸や走り方、足の筋肉の出方、接地の仕方、上半身と下半身の連動、ペースを上げた時の初速など、選手個々の細かい情報を得られるからです」
普段の練習はもちろん、高校生の勧誘時もできるだけ生徒と走るようにしているという。最初は一緒に走り、途中で突き放していくとがむしゃらについてくる生徒がいる。「そういうところも見ています」と上野監督は言う。
今回の合宿でも選手個々の状態を細かく確認していた。走力が上がっている選手は多いが、箱根予選会を考えると楽観視はできないようだ。
「ここまで、箱根予選会を走る7番目までの選手は見えていますし、力も上がっている。でも、8番目から14番目までがまだまだです。うちはトップの選手を上げるよりも中間層を強化していかないと総合順位が上がらないんです。そこが課題です。なかなか力が上がらない選手は、各自練習のやり方がもうひとつです。そこでしっかりやっている選手とそうじゃない選手で差が出てきます」
立教大の合宿の練習メニューを見ると、ポイント練習や強化メニューの合間に各自練習が6日間ある。合宿は13日間なので、約半分が各自練習に割り当てられている。A、Bチームの選手は予選会に向けて高いモチベーションを維持しており、それなりの距離を走る選手が多い。その一方でC~Eチームは、練習量を落としている選手が多い。それは、彼らが選抜メンバー入りをあきらめているからなのだろうか。
「あきらめているわけではないと思います。おそらく、ポイント練習をしっかりやらないといけないということに頭がいっているのでしょう。そこを外すと選抜メンバーに入れないと思っているので、各自練習を疲労回復に使っているんだと思います。でも、僕はポイント練習を外したからといって即メンバー落ちにはしません。
ポイントをギリギリでこなしてジョグは30分で疲労回復という考えの選手よりも、ポイントをやりきれなくてもジョグで90分走り粘っている選手を評価したいです。疲労回復とかで走らないのであれば、各自練習はA、Bだけにして、Cチーム以下は僕がメニューを考えたほうがいいんですが、そうするとやらされている感じになるし、自分で考えてやらなくなる。あくまでも各自練習は自分で考えて使うものなので......」
今回の夏合宿は、立教大のコロナ感染予防対策のガイドラインに沿って行なわれている。通常の合宿なら、選手は大部屋か数名での相部屋を利用するが、今回は個室。食事も他大学と時間をずらし、席も正面に人がいないようジグザグに設定されている。
ひとり部屋のため自分の時間は持てるだろうが、練習が終われば同学年の選手や先輩・後輩たちと話をしたいこともあるだろう。寮とは異なる環境での合宿の息抜きは、コミュニケーションのひとつである。それは選手間の仲間意識を高めることにもなるが、「そこは我慢してもらっています」と上野監督は言う。ただ、今回の合宿は、学ぶこともあったようだ。
「同じ宿舎には箱根駅伝で優勝経験のある大学もいるので、選手やマネージャーには『よく見ておくように』と伝えました。こんなチャンス、めったにないと思うんですよ。強豪チームはどんな決まりごとがあるのか、どんな練習をしているのか......箱根で優勝するためにはこのくらいやらないとダメなんだと思えば、自分でやるのが普通です。見て、感じたものをどう次に生かすのか。そういうところも今後の練習で見えてくるといいかなと思います」
例年とは違う環境のなかで合宿は進行したが、選手がグッと伸びてくる時期でもある。どんな選手が評価を上げたのだろうか。
「4年生では増井(大介)が力をつけてきましたね。昨年から走れる体づくりをしているので練習はしっかりできています。ただ、すべてに頑張りすぎるというか、やらなきゃという意識が強いので疲れがたまってレースに合わせられないところがある。予選会まで体を万全の状態にしていこうという話をしています。
3年生では、斎藤(俊輔)ですね。故障もあって、この合宿に入る前は全然やれていなかったのですが、ここまで戻せるのかというところまできました。斎藤には『おまえがエースだから』という話をしています。2年では金城(快)が昨年よりもかなり走力が上がりました。山上りでは最初から攻めて、最後は押し切って立教大記録を更新しましたし、Aチームに入れました」
期待の1年生はどうだったのだろうか。
「1年生は中山がタフで安定しています。能力的には関口(絢太)と服部(凱杏/かいしん)が抜けています。楽しみなのは内田(賢利)ですね。3000m障害の選手で、入学してきた頃はひょろひょろして走れる体じゃなかったんですが、寮生活でかなり逞しくなり、スピードも出るようになりました。加藤(駆)も面白い選手。練習はけっこうボロボロですけど、レースにしっかり合わせてくるタイプなんですよ。練習さえこなしていければレースで使いたいと思っています」
上野監督の頭のなかでは、箱根予選会のエントリーメンバーはほぼ見えているようだ。ただ、3大駅伝など大会のエントリーメンバーを決める時、最後のひとりで悩むことが多い。悩むというのは、それだけ選手層が厚くなったという証でもある。
早田光佑主務は、「うちも仲良し集団じゃなく、競争の意識が高まり、切磋琢磨するチームになってきました」と手応えを感じている。
2次合宿の最終日、上野監督は箱根予選会の目標設定をどうするのか、全員で話し合って、よく考えるようにと選手たちに宿題を出した。ちなみに、昨年の予選会の成績は総合タイム11時間23分49秒で23位だった。
「最初の目標は15位以内、65分平均でした。昨年、うちで一番速かったのが斎藤の66分4秒なので、平均タイムを30秒以上速くするのはかなり上の目標です。じつは、これは1年生が入学する前、彼らに力があることを見越して上級生が立てたものでした。今回、夏合宿をこなしていくなか、1年生のトップはいいけど、中間層にもうひとつ厚みがないことがわかった。上級生は1年生が強いと思っていますが、僕は彼らのほうがタフだと思っていますし、現状は上級生に頼らざるをえない。そこで、現在の力を把握したうえで上級生と1年生が話し合って、あらためて目標設定したほうがいいと思ったんです」
そこで出された新たな目標は、最低19位以内、平均タイムは65分台だった。
上野監督は「現実的な目標だと思います。かなり厳しいレースになると思いますが、最低が19位なので、そこからひとつでも上を目指していくだけですね」と、冷静に語った。
もうひとつ、上野監督には大事な仕事が残っている。
「箱根予選会を走る選手以外のメンバーのことですね。4年生を含めてみんな頑張って夏合宿を乗り越えてきたので、どんなレースでもいいので出場させてあげたい。同じ釜の飯を食べた仲間として、立教の駅伝チームとして、立教で陸上をやってよかったと思って卒業してほしいので」
上野監督はそう言って優しい笑みを浮かべた。
コロナ禍により多くのレース、記録会が中止、延期となり、開催されるにしても"3密"を避けるため出場する人数を制限しており、持ちタイムでの足切りが増え出場が難しくなっている。4年生をはじめ箱根予選会を走れない選手のために、上野監督はいくつかの記録会でなんとか出場枠をキープするつもりだ。
チームの戦いは10月17日、箱根予選会まで続く。