シドニー五輪100キロ級金メダリストがオンラインで“夢授業” 柔道シドニー五輪金メダリストで男子日本代表の井上康生監督が23日に配信された「オンラインエール授業」に登場した。「インハイ.tv」と全国高体連が「明日へのエールプロジェクト」の一…

シドニー五輪100キロ級金メダリストがオンラインで“夢授業”

 柔道シドニー五輪金メダリストで男子日本代表の井上康生監督が23日に配信された「オンラインエール授業」に登場した。「インハイ.tv」と全国高体連が「明日へのエールプロジェクト」の一環として展開する企画。インターハイ中止という経験から一歩踏み出そうとする全国の柔道部員約80人を対象に授業を行い、目標へ向かって努力し続けることの大切さを説いた。

「オンラインエール授業」はインターハイ実施30競技の部活に励む高校生をトップ選手らが激励し、「いまとこれから」を話し合おうという企画。ボクシングの村田諒太、バドミントンの福島由紀と廣田彩花、バレーボールの大山加奈さん、サッカーの仲川輝人、佐々木則夫さんら、現役、OBのアスリートが各部活の生徒、指導者を対象に授業を行ってきた。

 第32回の講師として登場したのは、井上さん。神奈川・東海大相模高時代は、1年でインターハイ団体優勝、2年では個人優勝。全日本選手権では2001年から3連覇、世界選手権でも3度の優勝を誇る。08年に第一線を退き、12年から男子日本代表の監督を務めている。

「このプロジェクトに参加できることを楽しみにしていました。新型コロナの中で日々厳しい時間を過ごしている皆さんと、お互いが前を向いて頑張っていけるような話し合いをしたい。遠慮なく、色々なことをぶつけてほしいなと思います」

 授業の冒頭で、コロナ禍で苦しむ高校生たちと真正面から組み合う姿勢を示した。

 まず言及したのは自身の高校時代だ。「大きな夢があった。柔道家として大成したい。日本一になりたい。大学でオリンピック、世界選手権もあって、そういう場面に手に届くような状況でもあったので、世界最高峰の柔道家になりたいと、強烈に意識しながら努力をしていたなとは思います」と振り返った。

 宮崎から単身、高校で柔道留学。「世界最高峰の柔道家になる」という強い思いを柱に、厳しい練習と向き合い続けてきた。伝えたかったのは、目標を掲げることがいかに大事かということだ。

「何事もまずは目標、理想を掲げて、それを具体的にして、一つ一つクリアしていくこと。そこがぶれていると、どの方向に行っていいかわからなくなる。夢や目標は人に何を言われようが関係ない。大きいことを言って、周りに『できるのかよ』と言われても、全力で努力していくこと。それで力がつくと思っている。それぞれが夢、目標を持っていると思うが、それを信じて努力することを意識してほしいと思います」

 意志あるところに道は開ける――。柔道家・井上康生の原点に潜む言葉だ。

 質疑応答のコーナーでは生徒から次々と質問が飛んだ。「右組み手なのですが、相手が左組み手の場合、上手く中に入れません」「組み手が苦手、奥を取られたらどう対応すればいいですか」などと生徒たちが今、直面している技術的な課題に対して、井上さんは熱く、真摯に対応していった。

「どうして上手く入れないと思う?」「どんな練習をしているの?」などと一人一人に追加で質問を投げかけながら、悩みの“芯”の部分に迫り、技術的なアドバイスを授けていく。

 世界の頂点を極めた柔道家へ直接質問ができるまたとない機会に、最初は緊張気味だった高校生たちの熱量も目に見えて上がっていった。

変化を恐れるな―「失敗を乗り越えた後に人間は成長します」

 技術的な質問から、続いてメンタル面へと質問が移った。

 アスリートなら誰もが経験したことがあるだろう緊張との向き合い方。「ウォーミングアップまではなんともないが、いざ試合になると緊張して頭が真っ白になってしまう。どうしたらいいでしょうか」という質問に対しては、「緊張はすごく競技力、試合に影響するものです」と共感。井上さんが説いたのは、準備の大切さだった。

「色々なシミュレーションをすることが本当に大事。アップはただ漠然と打ち込み、投げ込みで終わりというケースもある。勝ち上がっていくためには、アップだけをとっても変わる気がする。代表選手においても、そこ(アップ)への意識づけはさせている。試合で考えられるシチュエーションは、あらゆることを想定して試合に臨む。失敗することを考えるから緊張する。その前の練習の段階でいかに準備して臨めるかどうかでパフォーマンスが変わってきます。

 それを続けていってもらいたい。代表選手でも試合前にはリラックスするような会話をしたり、ルーティーンを作ったり、自分が落ち着いていることを確認して試合に臨んだり、色々なことを試しながらやっている。みんなにとって変化が起きることは怖いことじゃない。より進化していくためには失敗を恐れてはいけない。変化を恐れないことは大事。失敗を生かせない人間は成長がない。やる前から恐れていては躊躇が生まれてしまう。失敗、挫折の後に、乗り越えた後に人間は成長します」

 失敗は人を育てる。挫折を乗り越えた先にこそ、光がある。井上さん自身も高校時代に苦い思い出がある。高校1年でインターハイ団体戦優勝。2年時はオール一本で個人戦優勝。「では3年生でどうだったか。県大会で敗れて全国出ていないんです」と振り返った。

「個人戦も、団体戦も負けてしまった。しかも当時はキャプテンだった。その時の経験は俺にとって凄く大きなものになった。当時、負けた理由を考えると、調子に乗っていたんだろうなと思います。もう一つあって、『攻撃柔道』を躊躇していた自分もいた。俺の柔道はやっぱり『攻撃柔道』なんだと再認識して、またこつこつと努力をして、それを乗り越えてさらなる成長を勝ち取ることができた。失敗を恐れない。変化を恐れない事が大事だと自分でも学びました」

 それから4年後、大学4年でオリンピック金メダルという高みにたどり着いた。失敗から学び、変化することを受け入れて掴んだものが五輪の金メダルだったという当時の体験を語ると、画面越しの高校生たちも熱心に耳を傾けていた。

進路で迷った高校生へ「最後に決めるのは自分」

「みんな柔道から色々なことを学んでいると思う。それを将来に生かしていってほしい」

 柔道で培った経験は必ずや人生の糧になる。そんなメッセージを伝えた井上さんに、高校生から最後の質問が飛んだ。

 3年生部員から「進路について、まだ決まっていない状態で焦りもあります。どうしたらいいでしょうか」という将来への不安を聞かされた。これに対して、井上さんは自身の経験も踏まえて心からのアドバイスを送った。

「俺には柔道でチャンピオンになりたいという思いがあった。宮崎で育ったが、柔道で強くなりたい。トップの選手になりたいという気持ちがあって、東海大相模に柔道留学した。大学進学の際もいくつか選択肢がありましたが、柔道の強豪校でもあり、自分自身がどう歩んでいくか考えた時に、東海大で学ぶことが一番大事だと思った。進路は選ぶのは難しい。友人や、先生、親にも相談して考えていくのもいいかなと思います。

 進路に限らず、色々な選択、決断は迫られるときはたくさんあります。決める時に、何を大事にしなければならないか。最終的には自分自身で決めること。それが大事です。自分の武器というものを探して、最終的には自分自身で切り開いていくことです。柔道においても周囲に色々な相談はしたが、自分で決めて歩んでいった。最後は自分で決めたんだから後には引けませんよね」

 自らの道は自ら切り開く。日本柔道界をけん引する男からの金言に、生徒たちはメモを取りながら聞き入っていた。

 そして授業のラスト、井上さんは「明日へのエール」を言葉に込めた。

「苦しい状況で過ごさなければならなかったことは辛い思いだったと思う。俺は3年最後の大会は負けたけど、戦えたから……。戦えずに終わってしまったのは想像を絶する辛さだったのではないかと思う。ただ築き上げたことが消えることはない。そこは誇りに思ってもらいたい。嫌なことや辛いことは忘れたいもの、だけどこのコロナ禍での生活を忘れて欲しくはない。

 この経験が新たなエネルギーになって変わってくる。辛いことや、苦しいこと、挫折を乗り越えた時に人間の真価は出てくる。この経験を絶対に忘れずに、次なるところに生かしていくことが大事。受け止めてどう切り開いていくか。明るい未来が必ずやってくると信じてやっています。みんなも強い気持ちをもってこれから歩んでいきましょう」

 予定の1時間を優に超えて行われたオンラインエール授業。井上さんと向き合った体験は、コロナ禍で苦しんだ高校生にとってかけがえのない財産になった。

■オンラインエール授業 「インハイ.tv」と全国高体連がインターハイ全30競技の部活生に向けた「明日へのエールプロジェクト」の一環。アスリート、指導者らが高校生の「いまとこれから」をオンラインで話し合う。授業は「インハイ.tv」で配信され、誰でも視聴できる。(THE ANSWER編集部・角野 敬介 / Keisuke Sumino)