アテネ五輪1600mリレー4位の伊藤友広さんが協力した「スタートライン」が完成 人気アーティスト×元オリンピック選手という異色のコラボで「走り」をテーマにした曲が完成した。ナオト・インティライミさんが歌う「スタートライン」。協力したのは、ア…

アテネ五輪1600mリレー4位の伊藤友広さんが協力した「スタートライン」が完成

 人気アーティスト×元オリンピック選手という異色のコラボで「走り」をテーマにした曲が完成した。ナオト・インティライミさんが歌う「スタートライン」。協力したのは、アテネ五輪1600メートル4位の元陸上選手・伊藤友広さんだ。

 数々のヒット曲で知られるナオトさんは自身も小さい頃からサッカーに打ち込み、プロを目指したスポーツマン。20代で世界一周し、各地の子どもたちと音楽とスポーツを通じ、触れ合った。陸上界のトップ選手として活躍した伊藤さんは引退後、プロスプリントコーチとして、走り指導のプロ組織「0.01 SPRINT PROJECT」を立ち上げ、全国各地の子どもたちにかけっこ教室を展開している。

 そんな2人がタッグを組んだ今回、伊藤さんが数万人の指導で培った走りのメソッドを提供し、ナオトさんがそのイメージをもとに作詞・作曲を手がけた。子どもの運動能力の低下が叫ばれ、新型コロナウイルスにより、運動機会も減る今、少しでも走ること、体を動かすことの楽しさを知ってほしいとの願いを込め、「スタートライン」が完成した。

 ラテン調の疾走感のあるメロディーと子どもがノリやすい歌詞はもちろん、「隣の影は気にするな」「昨日の自分に勝てばいい」など、人生の背中を押すメッセージが散りばめられている。8月からNHKの「みんなのうた」に登場。連日放送され、おうち時間を過ごす家庭で子どもたちが歌って踊り、早くも話題を呼び始めている。

「THE ANSWER」はナオト・インティライミさんと伊藤さんのオンライン対談を実施。2人がタッグを組んだ経緯から、この曲を通じて子どもたちに届けたい思い、スポーツと走ることの魅力まで、存分に語った。

 ◇ ◇ ◇

――今回の「スタートライン」はアーティストと元オリンピアンが協力し、楽曲制作する新しい試みとなりました。まずは経緯を聞かせてください。

ナオト「伊藤さんとは知人を通じてお話をする機会がありました。その中でスポーツ庁が公表している子どもの体力テストの結果で、はっきりとした形で子どもの体力、運動能力が低下し、それが問題になっていること。特に50メートル走のタイムが落ちていることを突き付けられ、自分も『ドリームキッズプロジェクト』という全国の子どもたちにサッカー、ダンスを教える活動をしていた身として思うところがあり、何かメッセージを届けたいと。そう考えていた時、ありがたいことにその出会いからヒントを頂き、『走る』というテーマで曲を作りたいと思い、きっかけをもらいました」

伊藤「体力低下の流れもある中、コロナの影響で子どもの運動機会がさらに少なくなってしまい、イベントもできず、スポーツ界の活動範囲は限定的になってしまっていました。でも、ナオトさんの歌の力を借りることで『運動したいな』『走り出したいな』と思ってもらい、気持ちが前向きになったり、やる気が出たり、何か行動を変えるきっかけになる人が増えるのではないかと思い、協力させてもらいました」

――「スポーツ」と「音楽」という異なるジャンルにいる2人が共通の思いで一致したということですね。

ナオト「僕は若い頃に世界中を旅してきましたが、スポーツと音楽は2大コミュニケーションツールであり、子どもたちともその2つさえあればすぐに仲良くなれる。立場は違えど、それぞれの世界からスポーツと音楽を持ち寄って、一つのことができるのはうれしいですよね」

――「走る」をテーマとした曲ですが、伊藤さんからはどんなイメージを共有されたのでしょうか?

ナオト「本当に細かく教えてもらいました。『スタートライン』というタイトルにもある、スタートの構えから走り方、そういう技術的なことはもちろん、面白かったのは『擬音』。サビにある『PONPONPON ほら タッタッタ』の部分は、まさに伊藤さんからヒントをもらった“弾んで、素早く駆け抜けていく”というイメージ。伊藤さんも多くの子どもに多く教える中で、擬音が特に未就学児の子どもには分かりやすいと、やってこられた。そういう言葉を入れた方が伝わるなと。

 じゃあ、どういう音楽のジャンル、リズムが走りに最適なのか。バラードじゃないよなとか、ファンキーなものにするかとか考えながら、伊藤さんからもらったヒントは、走って転がっていくイメージ。馬が走るタッタカ、タッタカ……というリズムに近かった。そこでカリブ海のドミニカ共和国発祥のメレンゲというラテン音楽があるんですが、『コレだ!』と辿り着いて、伊藤さんのヒントと組み合わせたら『これは走りたくなる曲になるぞ』とわくわくしながら作りました」

伊藤「完成した曲を聞かせていただいたら、今にも走りたくなるような曲調で子どもに受けそうだなという印象。サビの『PONPONPON』のあたりが特に耳に残って、子どもが歌いたくなるんじゃないかと思いました」

ナオト「うれしいですね。子どもがテレビの前で踊ったり、走ったりしたくなっちゃうのは、まさに思っていたところ。お子さんを持つ知人からメールをたくさんもらい、もうちょっと離れなさいと思うくらい、子どもがテレビにかぶりついている動画が送られてきます(笑)。でも、それは作り手冥利に尽きますね」

伊藤「僕が関わったものは微々たるものですが、僕としてもすごくうれしい。僕らの仕事(スプリントコーチ)はどちらかというと、子どもにやる気を起こさせるのは言葉かけだったり、デモンストレーションを見せたりというアプローチですが、今のナオトさんが仰ったようなお話に音楽の素晴らしさを感じます」

「隣の影は気にするな」の歌詞に2人が込めた思い、感じること

――新型コロナウイルスコロナの感染拡大により、子どもたちが自由に遊べなくなるという期間と重なりました。その中で「スタートライン」を子どもたちにどう聞いてほしいですか?

ナオト「この曲を作る時はこんなウイルスが登場し、僕らの世界を一変させてしまうなんて想像もしていませんでした。子どもの運動不足がさらに加速していきますが、それでも正しい知識の下、ジョギング、ランニングをすることには感染リスクが少ないと言われています。正しく知識をつけて、正しく恐れながら、大人たちは健康的に生きることはもちろん、子どもたちは運動不足を防いで、運動能力を上げるために『走る』ということが大切になってきます。だからこそ、この曲を通じて走りたいという子どもが増えたり、運動機会が増えて行ったりしたらうれしいです。

 あとは伊藤さんがヒントとしてくれた自分との向き合い方、自分との闘いというのは常日頃から僕も感じています。常に挑戦していく姿勢は思っていて、今回の『隣の影は気にするな』『昨日の自分に勝てばいい』という歌詞に集約されています。コロナの影響が出てきた時、僕はSNSが苦手なアナログ人間だったので、SNSが得意な人たちは使いこなして、どんどん先に進んでいる中、何をしたらいんだろうと。でも、ちょっと待てよ、と。曲にあるように、他人と比べるんじゃない、自分の走りで自分のゴールを見ようというのが一番だろう、と。そのあたりの歌詞には思いを込めました」

伊藤「陸上選手はレース中に隣の人を気にしすぎて走りが乱れ、力を入れるタイミングが狂い、スピードが低下することがよくあります。一方で、他者を気にせず自分がやるべきことにフォーカスし徹底した方が、結果が良いことがあります。評価についてもどれだけ自分が速くなったか、変わったかに目を向けると、自分の成長を感じられ、それも一つの進歩です。これは世の中の皆さんにも当てはまること。一番は自分がどうあるべきか、どの方向に歩んでいくか。陸上を通じて、そこにフォーカスできると今後の人生においても良いなと感じていたので、ナオトさんが仰っていたこととつながっていて、すごくうれしいです」

ナオト「でも、アスリートの方は次元が違いますね。本当にすごいし、大リスペクトを感じています。僕らのやっている音楽とは追い込み方が全然違う。僕も端くれながらサッカーをやっていて、プロになれなかった人間ですから、五輪に出られて自分を追い込み続けて、怪我と闘い、心と相談し、あの一瞬、0.01秒で戦ってきた精神性は僕には全く見えない景色があると思うので、本当に尊敬しています。そういった方と自分だけでは作れないような曲をしかもこうして『みんなのうた』という国民的番組で、子どもに届けやすい形でご一緒できたことはうれしいです。ありがとうございます」

――改めて、今回の協力の発端にもなった子どもたちの運動機会の減少についても聞かせてください。そもそもナオトさんはやはり小さい頃からスポーツ少年だったのでしょうか?

ナオト「野猿でしたね(笑)。短距離は遅かったんですが、長距離は好きで。地元の千葉県野田市で僕が住んでいた地区は子ども会など、地域の関係性が昭和っぽく、つながりが強くて、それが自分の形成にすごく大きかったんです。幼稚園の年長さんだった僕が小6までいるお兄ちゃんたちに食らいついて、ケードロ、鬼ごっこ、サッカー、野球を毎日やっていました。でも、こういう環境も今、だいぶ減っていますよね。近所に住んでいる子たちがあの公園に行けば、何か始まるみたいな感じ。どうすれば、そういうコミュニティがもう一度、活性化できるのか。田舎の方では今もあるかもしれませんが、都会は子どもがゲーム機を持ち、スマホを持ち……。自分がそういう子ども時代だった分、そういうところに目を向けていきたいです」

伊藤「運動機会の現象について、やはり一つは公園が自由に使えない、ボール遊びができないという場所の問題がありますね。安全管理上、保護者が目が届かない場所に置きたくないという思いもありますが、スポーツをすること、体を動かすことの楽しさや人としての成長、価値をどう高めるのかがもっと明確になり、伝わっていくと、保護者もコミットさせやすいと思います。その中で、ナオトさんとご一緒させていただいたような歌の力を借りながら、例えば、教室のウォーミングアップで曲を流して、一緒に体操したり運動したりということもはじめに興味・関心を惹く上ではすごくいいなと思います」

ナオト「そう言ってもらえると、すごくうれしいですね」

――ナオトさん自身はスポーツの良さは何だと思いますか?

ナオト「やっぱり人とのつながりが生まれ、走りは特に自分と会話する機会になることですね。そういう機会が得ることが大切で、本当はやってみるのは難しいことじゃない。音楽も一緒で、ボイストレーニングしてダンストレーニングして……じゃなく、もっと自然にその辺にあっていい。みんなで一緒にやっていたら踊れるようになっちゃった、音楽がいつも鳴ってるから歌えるようになっちゃった。そういう全体での環境作りが必要なのかな。走りも『さあ、走るよ』と指示を出させると、走りたくなくなっちゃう。遊んでいたら気づいたら足が速くなっちゃう環境。日本は場所が少なく、社会も変わりましたが、僕が旅をしてアフリカで見てきたような光景とか、昔の日本で良かったなと思う部分が少しでも甦るといいなと思います」

伊藤「スポーツや走りでは気づいた時には楽しくて夢中になってしまっていたということがあります。音楽も一緒だと思いますが、僕らの走りのトレーニングにナオトさんの音楽が付け加わり、楽しさがより増したり、トレーニングに関心を持ってもらえたり、少しでも動きたいと思う人が増えたらすごくいいですね」

「みんなのうた」で9月も連日放送「一人でも多くの人に広めてもらいたい」

――最後に「スタートライン」が今後、子どもたちにどんな影響を与え、どう広がりを見せてほしいでしょうか。

ナオト「物心ついてないキッズがなんかわからないけど、踊っちゃう。あるいは物心ついてきた少年たちがなんかわからないけど、体が揺れちゃう。外に出て、無性に走りたくなっちゃう。あるいは、子どもを持ったお父さん、お母さんが子どもにそういう環境を作らせてあげたくなる。最近、運動不足だから家族のみんなで走りに行こうという、そんなきっかけになる曲になったらいいですね」

伊藤「この曲を聞いて、歌いながらでもいいですし、体を動かしてしまう、動かしたいと思ってしまう。そういう人が世の中に増えていくといいなと思います。どんどん広まり、皆さんが運動する時や何かに向けて動き始める時の支えになる曲になってほしいです」

ナオト「『みんなのうた』で、8、9月は毎日流れるので9月に入り、ちょうど折り返しを過ぎたところ。まだまだ聞いていただけるチャンスあるので、一人でも多くの人に広めていただけたらうれしいです!」

■ナオト・インティライミ

 三重県生まれ、千葉県育ち。世界66か国を一人で渡り歩き、世界の音楽と文化を体感。2010年にメジャーデビュー。「タカラモノ ~この声がなくなるまで~」「今のキミを忘れない」などのヒット曲を生み出し、12年にNHK紅白歌合戦初出場。TBSドラマ「コウノドリ」に出演するなど、俳優としても活躍。2019年9月には世界三大レーベルの「ユニバーサルミュージック ラテン」から世界リリースを果たした。今回、伊藤さんと制作した「スタートライン」は、10月7日発売の初のEP「オモワクドオリ」に収録される。

■伊藤友広

 秋田県生まれ。高校時代に国体少年男子A400メートル優勝。アジアジュニア選手権400メートル5位、1600メートルリレー優勝。国体成年男子400mで優勝。アテネ五輪では1600メートルリレーの第3走者として日本過去最高の4位入賞に貢献。引退後は元200メートル障害アジア最高記録保持者の秋本真吾氏とともにスプリント指導のプロ組織「0.01 SPRINT PROJECT」を主宰し、全国でかけっこ教室などを手掛けている。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)