「9.98スタジアム」で開催の「ANG」、福井陸協・吉田氏に大会への思いを聞く 8月29日、福井の「9.98スタジアム」が熱狂に包まれた。陸上6種目のトップアスリートが集った「アスリートナイトゲームズ(ANG)イン福井」。男子100メートル…
「9.98スタジアム」で開催の「ANG」、福井陸協・吉田氏に大会への思いを聞く
8月29日、福井の「9.98スタジアム」が熱狂に包まれた。陸上6種目のトップアスリートが集った「アスリートナイトゲームズ(ANG)イン福井」。男子100メートルではケンブリッジ飛鳥(ナイキ)が自己ベストとなる10秒03をマークして桐生祥秀(日本生命)に競り勝つなど、好記録が続出。2700人の観客は大いに盛り上がった。運営費をクラウドファウンディングで賄い、欧州のナイター陸上のようなエンタメ性を取り入れた同大会。実施に込められた思いと今後の展望について、福井陸協の総務委員長・吉田敏純氏に聞いた。
既存の大会とは一線を画したANGが注目を集めている。今年、クラウドファウンディングで集まった支援総額は、7月10日からの1か月余りで640万7000円。新型コロナ禍にありながら、目標を上回る金額が集まった形だ。選手への活動支援金として、各種目1位に30万円、2位に20万円、3位に10万円が充てられるほか、選手の招待費などに活用されている。
昨年は785万円が集まり、陸上ファンから高い関心を得る同大会。福井では2017年に日本学生対校選手権(日本インカレ)、2018年に国体が開催され、陸上が県内に活気をもたらしていた経緯がある。2019年以降も盛り上げられる「今までにない」大会を作り上げたいという思いから開催に至ったと吉田氏は語る。
「福井から全国的にいいニュースが発信できる機会というのはなかなかない。国体、日本インカレが終わればトップ選手が地元に来て、子どもたちが見る機会もない。そういった機会が作れたらと」
ANGが生まれたきっかけの1つは、海外遠征で欧州のナイター陸上に参加した選手からの「こんな大会が日本にもあれば」という話だった。選手と観客の距離が近く、場内に音楽が流れ、地元の陸上ファンがビール片手に楽しんでいるお祭りのような雰囲気。日本で開催されている既存の大会にはないエンタメ性あふれたものだったという。
「堅苦しさもなく、小さな競技場でも盛り上がっている。それが楽しいと聞きました。選手権などではそういうことは求められていないと思うけれど、こういう普通のローカルの大会では盛り上がるし、楽しいのではないかと。欧州の大会ではレースに賞金があったりもする。日本にもそういう環境があれば、高いお金を払って、苦労して海外に行ったりしなくていいですから」
盛況だった日本インカレ、国体に続き、第1回ANGを実施することが決まったのは2018年12月。2020年開催を当初は視野に入れていたが、2019年に前倒しすることとなった。吉田氏がウェブ上で見かけた情報が発端となり、資金繰りはクラウドファウンディングで行うことになったという。
選手の理解には苦心「最初は煙たがられていた」
「大会は広告費で運営することが多いんですが、国体や日本インカレの後で、通常の大会も開催している中、なかなか新しい大会に追加で協賛金はいただけない。どうしようかと話をしていて、ネットでちらっと見たのがきっかけです。
筑波大が箱根駅伝に出るためにクラウドファウンディングを使っているというのを見て『こんなのもありますよ』と言ったら、『そのまま担当しろ』と(笑)。私も見て言っただけなので、当初は正しいシステムを理解できていないまま、勉強しながらやっていましたね」
クラウドファウンディングについて理解するのに労力はかからなかったが、SNS等で情報を拡散しなければならず、工夫が必要だった。それ以上に苦心したのは、選手からの理解を得ることだ。
「新しい大会を創るということで、話に行っても『なにするの?』『お金儲けには付き合えません』みたいな感じで、最初は煙たがられることもありました」
理解を得るため、できることは足を使うこと。週末になれば各地を飛び回り、何度も顔を合わせてやりたいことを伝えた。結果、多数のトップアスリートの参加が実現。心配していたクラウドファウンディングも、県内外から「全く予想していない」ほど反響があった。
大型ビジョンを使った演出、アップテンポなBGM、登場選手の名前をコールするなどして雰囲気を作り上げた昨年の第1回ANGには約1万人が訪れた。埋め尽くされた競技場を思い起こし、吉田氏は「凄かったですよ」と振り返る。
「観客と選手、会場に一体感があって、いい風が吹いて。夕方で涼しくて、という全てがかみ合った状態でした。選手が紹介されたら大コールが起きる、大応援団がいるような形になった。他のスポーツでもなかなかないのかなと」
会場の「9.98スタジアム」は、2017年に桐生が日本勢初の9秒台(9秒98)をマークしている競技場。夕方以降ホームストレート方向に吹く絶妙な追い風が特徴だ。それを活かせる走り幅跳び、短距離レースの6種類に限定して競技を実施した。昨年は男子走り幅跳び、男子110メートル障害で日本記録が生まれるなど、好記録が連発。風と観客からの声援が、選手の力を引き出していた。
イベント開催に願い「我々だけがやっても選手にはメリットはない」
今年は新型コロナウイルスの影響で開催可否を検討しなければならなかったが、福井県からのバックアップもあり、十分にコロナ対策を練ったうえで実施可能と判断した。観客は2700人に限定されたが、スタンド席だけではなく、フィールド内にも特別観覧席を設け、選手と同じ目線でレースの臨場感を楽しめる場所も作り出した。
8月29日に実施された大会では、男子100メートルでケンブリッジが自己ベストの10秒03を叩き出して優勝。「いい風が吹きますし、それ以上に湿度も低くて、体が重く感じたりしない。気持ちよくレースに挑める」と話せば、2位の桐生も「毎年来たい。コロナが落ち着いたら、こういう大会がもっと各地で広がっていけばいい」と大会の開催を歓迎。選手からも支持される大会となっていた。
日本の陸上界も他のスポーツと同様、徐々にエンタメ性が加わる場面も増えつつあるが、ANGは中でもずば抜けている。「去年も大会終わりにいろんな選手が(ツイッターで)ツイートしてくれたり、海外の試合に同伴で行っているトレーナーの方も『ヨーロッパのようで楽しかった』と言ってくれたりもしていたので、そういう部分ではある程度支持は得られているのかな」と吉田氏は手ごたえを口にした。
福井県内の学生の競技人口割合に向上の兆しが見えるなど、新しい流れを作り出しているが「我々1つだけがやっていても、なかなか選手にはメリットはないのかなとも思う」というのが正直な思いだ。今後は他県でもこうしたイベントが開催されることを願った。
「それぞれ競技場には特徴がある。福井の場合は直線競技にいい風が吹くのが特徴ですが、例えば大きいスタジアムを持っている県なんかは、周回系の記録が出やすいという特性がある。別会場同時開催で、大型ビジョンを使って双方交互に中継とかもできれば面白いのではないかなと思います。
陸上は1日が長いので、観客の皆さんは正直辛い。だから、うちみたいに種目を絞って3~4時間、ライブとかコンサートに行くような感じのイベントで繋がれば、空いてる時間はスクリーンを見て別会場の競技を楽しむなどできるかもしれない。うちがやっている競技以外の種目の選手からも『やってくださいよ』と言われるんですが、うちの競技場の特性だとできないということもある。ネットワークが広がって、いろいろなところでできるといいなと思います」
吉田氏は福井県外で同様の大会が開催される場合に備え、ANGの開催で得たノウハウをいつでも伝えられる準備をしているという。福井で生まれた陸上界の新たな流れが伝染していけば――。今後は日本の至る会場でお祭り要素にあふれた陸上が見られるかもしれない。(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)