9月6日開幕戦へ、ベテラン記者がフランス1部リーグ「TOP14」を解説 昨秋のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会で、抜群の決定力を武器に日本代表のベスト8進出を支えたFB松島幸太朗のフランスデビューが近づいている。1月にサントリーからフ…

9月6日開幕戦へ、ベテラン記者がフランス1部リーグ「TOP14」を解説

 昨秋のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会で、抜群の決定力を武器に日本代表のベスト8進出を支えたFB松島幸太朗のフランスデビューが近づいている。1月にサントリーからフランス1部リーグ「TOP14」の強豪クラブ、ASMクレルモン・オーヴェルニュへの移籍を発表した松島は、7月10日にフランス入り。8月22日に行われたボルドー・ベグルとの練習マッチに先発FBとして初出場して前半40分をプレー。29日には、チーム内での実戦形式の練習でフルタイムの出場を果たすなど、9月6日に行われるスタッド・トゥールーザンとの開幕戦へ準備を進めている。

 過去には村田亙、吉田義人ら、日本のトップ選手もプレーしながら、日本国内ではまだまだ認知度が低いフランス・ラグビー。英連邦諸国とは一線を画するフランスでは、どのようなラグビーが行われてきたのか、そして独自のラグビー文化圏の中で、松島が成功するための可能性と課題を考える。

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 順当なら開幕戦で背番号15を背負うであろう松島。開幕2週間前の練習試合では前半40分、1週間前に、中止となった2戦目の代わりに行われた実質的な紅白戦はフルタイム出場と、起用方法を見るとTOP14開幕でのメンバー入りが想定できる。

 瞬発力、加速力に加えて身長178センチ、体重87キロのサイズながら当たり負けない強靭な体幹を武器に、世界トップクラスの舞台に挑む。開幕戦が近づく中で、紅白戦後に松島は「初めてホームで試合をして達成感がある。先週と比べて、コミュニケーション、連係の部分は確実にアップしていると思う」と自信を滲ませた。新たな舞台となるTOP14は、日本ではまだ知名度は高くないが、イングランド・プレミアシップ、南半球のスーパーラグビーとともに、世界最高峰のリーグ戦と位置づけられている。

 イングランドで産声を上げたラグビーは、伝統的に英連邦諸国、つまりアングロサクソン系の文化圏を中心に広がっていった。ラテン系文化圏に属するフランスのラグビーも、発端は英国人だった。1872年に誕生した最初のクラブ「ル・アーヴル」は、フランス在住の英国人らにより結成された。その後にラシン・メトロ(現ラシン92)、スタッド・フランセなどの古豪クラブが設立され、1892年からTOP14の前身となるフランス選手権がスタートした。

 新型コロナウィルスの影響で、2019-20年シーズンは第17節を終えた今年の3月1日で中止が決定。新シーズンは現地時間4日に開幕する。14チームがホーム&アウエーの総当たり2回戦を行い、上位6チームが来年6月26日の決勝戦へ向けたプレーオフトーナメントに進出する。

華やかな「シャンパンラグビー」とは真逆の、闘争心むき出しのフィジカルバトル

 フランス代表を象徴するスタイルとして「シャンパンラグビー」という言葉がある。フランス特産の発泡酒を想像させる、湧き上がる泡のように選手がボールをサポートして、アタックを展開する奔放なスタイルから名付けられた。ワールドカップでは過去3度の準優勝が最高成績ながら、6か国対抗では通算25度の優勝を誇り、1980年代にはFBセルジュ・ブランコ、CTBフィリップ・セラら世界最高峰の黄金BKが華麗な攻撃を演出した。

 しかし、上質なシャンパンが楽しめるのは代表戦という華やかな舞台に限定されると考えた方がいいだろう。フランス国内で日々行われているラグビーは、代表チームとはかけ離れた、FWが泥臭く体を当て前進を図り、闘争心むき出しのフィジカルバトルが繰り広げられる。そこに、自由さを尊ぶフランス人らしい、セオリーにこだわらない奔放なアタックが加味されているのがフランス国内のラグビーだ。

 フランスで伝統的にラグビーが盛んなのは南部で、北部はサッカーが中心だ。現在TOP14を構成するチームも、パリを拠点とする前述のラシン92、スタッド・フランセらを除くとその大半が南部のクラブだ。地域的には農業・牧畜業などの一次産業が中心で、以前はクラブのメンバーも多くは農業従事者だった。

 農作業で造られた厳つい体格に、荒っぽいプレーがフランス・ローカルのラグビーでは主流になっていた。2006年に行われた日本代表のフランス遠征に帯同したときに、そのようなローカルのラグビーを目にすることが出来た。フランス南部のダクスを拠点に行われた合宿の練習試合や実戦形式の合同練習では、地元クラブが“シャンパン”どころかスクラムで強烈にプレッシャーをかけながら激しいコンタクト戦挑んでくるスタイルで日本代表を苦しめていた。

 その伝統は、TOP14が世界的な選手が集まるリーグに進化しても継承されている。昨季、スタッド・トゥールーザンで期間限定でプレーした元日本代表HO日野剛志(ヤマハ発動機ジュビロ)は、実戦の印象を「2メートルの大男達が1つ1つのセットプレー、コンタクト、ブレークダウンでの局面でもの凄い強度でプレッシャーをかけてくる。さらに、しつこく反則気味のプレーも勝つために躊躇なくやってくる」と、その荒々しさを振り返っている。

 1999年にアビロン・バイヨネーと契約して、現地でも“ワタ”とサポーターから愛された元日本代表SH村田亙(専修大監督)から聞いた話だが、試合前日にチームメンバーが散歩する時に、もし対戦相手と出くわせば一触即発の状態になり兼ねないため、スタッフが相手チームとばったりと出会わないようにルートに気を使っていたという。

 現在のフランス国内リーグの成功の大きな要因は、豊富な資本力による部分が大きい。2016年シーズンには五郎丸歩(ヤマハ発動機ジュビロ)を獲得したRCトゥーロンのオーナーは“コミック王”と呼ばれる実業家のムラド・ブジェラル。ビジネスで儲けた資金を、惜しげもなくチーム強化に注いて、五郎丸以外にも元イングランド代表SOジョニー・ウィルキンソン、元オーストラリア代表で昨季までサントリーでプレーしたSO/CTBマット・ギタウら世界的なスター選手でメンバーを固めてきた。

世界有数の企業がバックアップ、タレントの豪華さは世界屈指

 フランス選手権初代王者のラシン92も、不動産で財を成したジャッキー・ロレンゼッティがオーナーに就任した2006年以降に、SOダン・カーターら世界的なレジェンドを獲得して強化に成功している。日本のトップリーグも今季から来季にかけてW杯で活躍したスター選手が流れ込んできているが、TOP14が抱える選手のゴージャスさには及ばない。

 大会スポンサーも、世界的な金融機関のソシエテジェネラル、フランスの通信大手オランジュ、英国のランドローバーら名だたる企業が並んでいる。

 このような豊富な資本と“血生臭さ”を孕んだリーグで、もし松島が期待通りにスピードを武器に活躍できれば、コンタクトエリアで厳しい重圧を受けるのは間違いない。いい選手なら、相手は必ず潰しにくる。土着のフランス流のフィジカルバトルで洗礼を受けることが、一流選手の“お墨付き”のようなものなのだ。

 民族的にはアングロサクソン系の選手より小柄な選手も多いフランスだが、熱く、激しく、泥臭いプレーは、世界のトップクラスのリーグの中でも際立っている。この肉体的なダメージを乗り越え、心理的な恐怖を乗り越えた時に、初めてフランスでトップ選手として認められるはずだ。

 フィジカル面での強さもW杯で証明してきた松島だが、その一方で、怪我に対する慎重さも特徴だ。神奈川・桐蔭学園高卒業後に南アフリカにラグビー留学。スーパーラグビーに参戦するシャークスのアカデミー部門では、昨秋のW杯で優勝した南アフリカ代表の指令塔、SOハンドレ・ポラードらと競い合うなど、若い頃からプロ意識の高い環境で育った松島には、自分自身でコンディションをしっかりと管理することの意識が高いからだ。

 この慎重さが、チームの持つカルチャー次第でプラスにもマイナスにも転じるのが、激しいコンタクトを伴うチームスポーツの難しい部分だ。合理的な解釈を重視するチームなら適切と理解されることが、感情論や精神論ベースでは「弱気」とレッテルを貼られる恐れもある。泥臭いとはいえ、いまやニュージーランド、南アフリカ、欧州諸国などから多くのトップ選手が集まるフランスでは、世界基準の選手のコンディショニング管理や医療体制も導入されている時代だ。激しく体をぶつけ合う肉弾戦を求められているポジションではない松島が、評価を落とすことはないだろうと思いたいところだ。

 持ち味であるスピード、相手を抜くスキルに関しては、かの地でも十分に能力を発揮できるだろう。ベストポジションは、本人が常に希望しているFBか、それとも昨秋のW杯で躍動したWTBか。持ち前のライン際での加速力と、慣れない、激しいリーグを想定すれば、防御の負担が減るWTBがベストチョイスになるかも知れない。このリーグを代表するようなBKスリー(WTB、FBの総称)に成り上がるには、コンタクトエリアでも厳しいコンテストをみせ、なおかつ9か月に渡り続く過酷なカレンダーの中でも、しっかりとピッチに立ち続けることができるタフさを見せることが必要だろう。(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏

 サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。W杯は1999、2003、07、11、15年と5大会連続で取材。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。