2度目優勝の裏にあったものとは? 「理想の走り」を生んだ仲間との結束 世界三大自動車レースの一つ、伝統のインディアナポリス500マイル(インディ500)で、佐藤琢磨が2017年に続く2度目の優勝を果たした。一夜明けた24日、早朝から殺到する…

2度目優勝の裏にあったものとは? 「理想の走り」を生んだ仲間との結束

 世界三大自動車レースの一つ、伝統のインディアナポリス500マイル(インディ500)で、佐藤琢磨が2017年に続く2度目の優勝を果たした。一夜明けた24日、早朝から殺到する取材対応の合間に電話取材に応じてくれた佐藤は、真っ先にレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの仲間への感謝を語った。「みんなの笑顔を見て本当に勝ったんだなって改めて実感する時間があった。ドライバーがステアリングを握るまでにチームの努力とエネルギーが加わっている。ピットクルーもほんとにすばらしい仕事をしてくれて、ノーミステイクで送り出してくれた。それによって勝利に近づくことができた。チーム全員で勝ち取ったという思いが強い」。言葉に感慨を込めた。そして、「8年かかった」と悲願の制覇であったことを明かした。

 現チームには2012年にも所属し、この年のインディ500は終盤まで2位につけながらも最終周でスピンしてクラッシュし、惜しくも勝利を逃した苦い記憶があった。25日のオンライン会見では「チームのオーナーがどれだけ楽しみにあの一瞬を待っていたかと考えると、いたたまれない」と当時を振り返った。

 それでも、ボビー・レイホール氏とデイビッド・レターマン氏、マイク・ラニガン氏のオーナー陣は佐藤のチーム復帰を強く望んだ。そんな背景もあって18年に復帰してから3年目で優勝を遂げ、8年前の借りを返せたという思いが溢れた。「3人のオーナーに優勝を捧げることができたことがほんとにうれしかった。17年のときは自分の夢を叶えることができたけど、今回の優勝は全てをチームに捧げたい」。

 23日の決勝は最後まで手に汗握る接戦だった。最後5周は事故のためイエローフラッグが出て、追い抜き禁止の徐行となり、その時点でトップだった佐藤がチェッカーフラッグを受けた。25日のオンライン会見では「理想的な走りを実現させたレースだった。全ては最後のスティント(ピットストップで区切った単位)のために準備された」ことを明かした。

 3番グリッドからスタートした佐藤にとって、今季3勝をマークし、5度のインディカー年間王者に輝いた実績を持つスコット・ディクソン(ニュージーランド、ホンダ)は超えなくてはいけない壁だった。そのディクソンがレースの大半をリードしたが、これは想定内だった。予選で好タイムを連発し、マシンのスピードに自信を持っていた佐藤は「150周過ぎてから勝負」を念頭に置いて序盤は無理にトップに出ようとせず、1スティントを走る度に車のセッティングを微妙に調整しながら、最後の30周余りで最も速いマシンを作り上げる作業を進めていた。

 158周目の直前にディクソンを抜いて一度トップに立つと、自身のマシンの速さを確信。「最後の2スティントは車のセッティングを変えない」という方針通り、残り32周で入った最後のピットストップではすでにマシンの調整は完了していた。残り15周で再びトップに立った佐藤は、直線速度でディクソンを上回るスピードを出した。多くの人には佐藤が「燃料を消費し、飛ばしている。いつか燃料切れになる」ように映った。だが実際は「トップに出た瞬間から燃費重視の薄い燃料マップで走り、ディクソンが追いかけてきたときだけフルパワーを出した。最後の3周にフルパワーで走れるよう燃費を計算して走らせていた」と言う。

 序盤に最速を出せば相手に調整の時間を与えてしまうため「前半ではライバルにそのスピードを見せたくなかった。最後まで爪を隠していた」。終盤まで手の内を明かさない戦略で難敵を振り切った。

ラーメンで決起集会「思いを共有するために…」

 それにしても、緻密な戦略と理想的な走りを可能にする速いマシンを作り上げたエンジニア、6度のピットストップを完璧な作業で送り出したピットクルーらチームの結束は見事だった。「奇跡のような状態」を作り出した背景に、佐藤主催の決起集会があった。佐藤はレース前、人数を絞って、自身の30号車のスタッフとその家族との食事会を開催していた。

「みんなで楽しく日本食、ラーメンなんですけど(笑)」。新型コロナウイルス感染リスクを抱えながら、レースに参戦しているチームスタッフにとって、日々の不安を忘れられるひとときとなったに違いない。「レースで頑張っていこうという思いを共有するための食事会だった。それが決勝に爆発して、みんなのすごい集中力が生まれて今回の勝利につながった」。

 常々、佐藤琢磨というドライバーには求心力があるように感じていた。それは周囲のスタッフと会話をすれば、すぐに分かる。長年米国でのマネジャーとして佐藤を支えるフューセク氏は以前、「彼ほどメカニックと多くの時間を過ごすドライバーを見たことがない。レーサーはバックシートにスポンサーやチームオーナー、スタッフら多くの人の思いを乗せて走る。琢磨はそれをよく理解している。だからこそ周囲への気配りを忘れないのだが、あそこまでできる人はなかなかいない」と感心していた。

 佐藤も「ドライバーができることというのは実は少ない。チームの方針そのものは動かせないけど、結束力がついてくるかというのはどんなドライバーがいるかによって変わってくる」と自らの役割を語っていた。今回のラーメン決起集会も、今季思うような結果が残せていなかったチームの雰囲気を感じ取ってのことだったのだろう。

グリコポーズの背景に、ファンとの3年越しの約束

 そして、今回の優勝では3年越しの約束も果たしていた。優勝直後の記念撮影で、車の上に仁王立ちした佐藤は見事な「グリコポーズ」を披露した。実はこれには、3年越しのストーリーがあった。2017年にインディ500を初優勝した時、サポート企業である江崎グリコ社が、佐藤が両手を大きく突き上げて喜ぶ写真を大阪道頓堀の巨大看板に流した。このポーズが同社のトレードマークであるグリコポーズに似ているとファンの間で話題になり、ファンからSNSを通して「片足を上げていれば完璧なグリコポーズだった」などと指摘を受けた。それに対し、佐藤もツイッターで「今度やってみる」と返すやりとりがあった。

「そのときに多くのファンの方から次はパーフェクトなグリコポーズをお願いしますって言われていた。僕も冗談半分で今度機会があったらやるっていう風に言っていたことを思い出した。それで車の上に立ち上がったときに、もしかしたら片足あげられるかもって思ってちょっとやってみた(笑)そんな半分冗談みたいな約束が、この大舞台で発揮できるとは思いもよらなかったけどうれしかった。あれがやりたいがために勝ったといってもいいくらい。それでファンの皆さんがちょっとでも喜んでくれたらうれしい。長い人になるとF3の事から20年近く応援してくださっているロイヤルなファンもいる。そんなみんなのためにもがんばりたいと思っていつもレースをしている」。普段からSNSやファンクラブを通してファンとの交流を大事にする佐藤らしいエピソードだ。

 そして、この夢のような? 巡り合わせを実現させた影の立役者となったのが、今季から新たにコックピット上部に装備された防護用エアロスクリーンだった。「今までのマシンだったらコックピットがオープンに開いているので、その場に立ち上がると大の字になる。その状態で片足を上げるのは不可能。エアロスクリーンがついたことで、フレームが上につながっているから真ん中に立てる」と見事なポージング実現の裏話を明かしてくれた。

43歳は来季以降の現役続行に意欲

 インディカー・シリーズ最高の舞台で、40歳を超えてから2度の優勝を飾った43歳にとって、年齢は単なる数字に過ぎない。それならば、将来の目標として、過去3人しか成し遂げていないインディ500最多勝利(4勝)達成を期待したくもなる。一夜明けた24日、来季への思いを本人に聞いた。

「僕自身だけの願望では決定できないが、チャンスがある限りは続けていきたい。インディ500においては経験がものをいうので、40台後半でも勝っているドライバーはいるけれど、シーズンを通して戦っている人はそんなにいない。そういう意味では、うん、残り時間がどれだけあるのは正直自分には分からない。ただ、少なくともね、チャンスがある限りは全力で取り組みたいし、今後もインディ500を走る機会があるのであれば、当然挑戦を続けたいなという希望はある」と、来季以降の現役続行への意欲を口にした。

 インディカー・シリーズは激闘の余韻を残したまま、29日には次戦の第8戦が行われる。向上心の尽きない43歳は気心の知れた仲間とともに、すでに勝利のための準備を進めていることだろう。(岡田 弘太郎/Kotaro Okada)