「美しき世界のF1グリッドガールたち」はこちら>> 世界で最も長い歴史を誇るレース、インディアナポリス500マイルもパンデミックの影響は避けられず、当初の予定より3カ月遅れ、無観客で開催された。他のメジャースポーツに先駆けて、モータースポー…

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 世界で最も長い歴史を誇るレース、インディアナポリス500マイルもパンデミックの影響は避けられず、当初の予定より3カ月遅れ、無観客で開催された。他のメジャースポーツに先駆けて、モータースポーツは5月から観客をスタンドやコースサイドに入れて行なってきたが、決勝に30万人以上を集める世界最大のスポーツイベントの開催はさすがに遠慮された。訪れるファンだけでなく、スピードウェイ周辺の住民のことも考慮しての決定だった。

 104回目を迎えるインディ500だが、空っぽのスタンドの前で行なわれるのはもちろん初めてだ。歓声やざわめきが一切ないスタート前のセレモニーは奇妙に感じられたが、33台のインディカーがエンジンサウンドを轟かせ、空気を切り割いて230mphの高速バトルをスタートさせると、その凄まじさに引き込まれ、スタンドにファンがいないことを忘れさせた。

 エアロスクリーン装着でマシンの操作性が変わったためか、今年のインディカーでは大きなアクシデントが頻発しているが、3時間にわたるエキサイティングなレースの末、佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)がインディでの2勝目を挙げた。



2017年に続いて伝統のインディ500を制した佐藤琢磨

 琢磨は緻密なセッティングを行ないたいというタイプ。走行時間の少なさが不安視されたが、豊富な経験と人一倍強い探究心でマシンを少しずつ、確実に向上させていった。今年はホンダエンジンが特に予選でパワーアップ。シボレー軍団を相手に優位に戦えたことも琢磨にとっては奏功した。

 インディ500の予選は2日間で争われる。予選1日目に全員が一度以上のアタックを行ない、上位9人とそれ以外に分けられる。そして速かった9人は予選2日目にポールポジションをかけて戦う。1回限りのアタックで、ポールポジションとその後方8グリッドが決まる。

 予選1日目に最速だったのはマルコ・アンドレッティ(アンドレッティ・オートスポート)。佐藤琢磨はギリギリ9番手で翌日も戦えるチャンスをものにした。

 予選2日目、ポールポジションはアンドレッティが獲得し、琢磨は予選3位となった。日本人初のフロントローグリッドだ。

 予選1日目に9番手だった琢磨が一気に6人抜きの3番手。ここに今年の琢磨とレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの強さが表れていた。徐々にだが、確実にマシンのスピードアップを実現していったのだ。

 レースではアンドレッティのスピードが上がらず、予選で2番手だったスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)が序盤からリードを続けた。ディクソンを追ったのは予選9位だったアレクサンダー・ロッシ(アンドレッティ・オートスポート)。琢磨はトップ5~10で淡々と周回していた。スピードが足りずに苦戦しているのではなく、終盤の戦いに向けた情報収集に努めていたのだ。10年に渡る経験から、彼は最後から2回目のピットストップ以降、ゴールまでの約60周が勝負と考えているのだ。

 4回のピットストップでマシンを微調整し、琢磨はほぼ思い通りのマシンを手に入れた。最後のピットストップを前にディクソンをパスしてトップに立ち、先頭を走る感覚を確認し、後方に回ったライバル勢の実力も把握した。

 しばらく先頭を走ったことで燃料を少し多めに消費、琢磨はディクソンより1周早く最後のピットに入った。ディクソンが作業を終えてコースに戻ると、順位は逆転し、琢磨は2番手に下がった。しかし、すぐさま行動を起こし、ディクソンをパス。逃げの態勢に入った。

 リードを奪い返そうとディクソンはトライした。しかし、琢磨を射程距離圏内にたぐり寄せることがなかなかできない。ここでは同じホンダエンジンを使う者同士、燃費セーブ競争も同時進行していた。

 琢磨はディクソンより1周先にピットしたため、燃費では厳しい立場に立たされる可能性があった。しかし、燃費セーブが得意な彼はゴールまで戦うに十分な燃料を確保。逆にディクソンは燃費を抑えながらスピードを保つことに苦労をすることとなった。

 すると残り5周、ターン4で大アクシデントが発生し、イエローフラッグが出された。赤旗中断も考えられたが、残り周回数が少ないこと、コースの修復に長い時間が必要なことから、フルコースコーションのままゴールが迎えられることになった。琢磨の勝利が決まったのだ。

 いったんレースを止め、安全が確保されてから再開すべきという声は当然あった。しかし、アクシデント直前に琢磨はディクソンとの差を1秒以上に広げており、琢磨の勝利はほぼ確定していた。リスタートから2周でゴール、ということとされたら、トップだった琢磨が逆に大きな不利を背負い込むことになる。イエローのままのゴールは正しい判断だった。

 最後まで戦い、逆転を狙ったディクソンは、「琢磨は自分より1周早くピットしており、燃費では自分が優位だと思っていたが、彼は燃費セーブをしているとは思えないスピードで走り続けていた」と、当惑気味に語る。「イエローが出るのを期待してのギャンブルだったのでは?」とまで考えたようだ。

 しかし、実際には琢磨のタンクに燃料は十分残っていた。「ゴールと同時にガス欠だったかもしれないけれど、最後の3周をフルパワーのミクスチャーで走れるだけの量は確保していました」と、ウィナーは自信満々の表情で語った。

「序盤はトップ5に順位を保ち、燃費を稼ぎ、マシンを労るように走り、ピットストップでセッティングを調整、コンディションを把握し、その変化を予測し、ライバルの実力評価もしながら最後の2スティントを迎える。勝負はそこから。本当の勝負どころは最後の数十周」というのが琢磨の戦い方だった。

 今年の彼はまさにその通りの戦いを繰り広げ、勝利を手に入れた。いま、インディアナポリスの歴史あるオーバルでレースをさせたら、最も強いのが琢磨だろう。我々はそれを思い知らされた。

 来年、琢磨はインディ500優勝候補の筆頭に挙げられるに違いない。そして実際、連覇してインディでの3勝目を達成する可能性は十分にある。