オーストリアのレッドブルリンクで開催された第6戦スティリアGPは、さまざまなドラマと記録が交錯する波瀾のレースになった。  MotoGP第6戦スティリアGPの表彰台。ミゲル・オリベイラ(写真中央)が優勝した 優勝したのは、ポルトガル人選手…

 オーストリアのレッドブルリンクで開催された第6戦スティリアGPは、さまざまなドラマと記録が交錯する波瀾のレースになった。  



MotoGP第6戦スティリアGPの表彰台。ミゲル・オリベイラ(写真中央)が優勝した

 優勝したのは、ポルトガル人選手のミゲル・オリベイラ(レッドブルKTMテック3)。今回の大会は、1949年に世界グランプリ最高峰クラスの第1戦がイギリス領マン島で開催されてから900戦目、という節目にあたる。その記念すべきレースで勝利したオリベイラは、自身の初優勝であるだけではなく、ポルトガル人として最高峰クラス初優勝、しかも所属チーム、テック3の最高峰クラス初勝利。さらに、KTMの本拠地レッドブルリンクで初めてKTMのマシンが優勝するという初めて尽くしの偉業を達成した。

 最終ラップの攻防もまた、劇的だった。

 ジャック・ミラー(プラマック・レーシング/ドゥカティ)とポル・エスパルガロ(レッドブルKTMファクトリー・レーシング)が互いに一歩も引かない熾烈(しれつ)なバトルを続け、最終コーナーでともにアウト側へはらんだ隙に、2人の背後につけていたオリベイラがイン側からするりと巧みに抜け出した。そして、2番手にミラー、3番手にエスパルガロを僅差で従える格好で、トップのチェッカーを受けた。

「今はすごく気持ちがたかぶっている。言いたいことがとてもたくさんあるけれども、とても言葉にならない」

 と、ゴール直後に感極まった様子で話すのも当然なほどの激しいバトルだった。

 KTM陣営では、2週間前のチェコGPでファクトリーチームのルーキー、ブラッド・ビンダーが初優勝を飾った。そして今回は、サテライトチームに所属するオリベイラが優勝。つまり、彼らはチェコGPからレッドブルリンクの2連戦へと続いた3週連続レースで、2勝を達成したことになる。

 KTMは17年に最高峰クラスへの参戦を開始した際、コンセッション(マシン開発面などで新規参戦メーカーに与えられる有利な待遇)を受けていたが、チェコGPと今回の優勝により、その条件を失うことになった。これにより、いわば〈ゲタを履かせてもらっていた〉待遇がなくなり、来年からはホンダやヤマハ、スズキ、ドゥカティなどと同一条件で戦うことになる。要するに、「MotoGPに参戦する一人前のチーム」としてKTMはようやく認められることになったというわけだ。

 自分たちのホームコースで、しかも、オリベイラとエスパルガロの1−3フィニッシュというKTM初のダブル表彰台で達成したのだから、チームや技術者たちの達成感もひとしおだろう。

 さらにいえば、今回のレースリザルトは、運もKTMに大きく味方した。

 現地時間午後2時に始まったレースは、28周で争われる予定だった。だが、17周目にブレーキコントロールを失ったマーヴェリック・ヴィニャーレス(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)のマシンが1コーナーアウト側のエアフェンスへ突っ込み、炎上する出来事があった。即座に赤旗が提示されてレースは中断。しばらく後に、残り周回の12周で第2レースが行なわれた。その第2レース最終ラップの攻防が、上記の内容だったというわけだ。

 赤旗が提示された第1レース中断時にトップを走っていたのは、ジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター)。2番手には中上貴晶(LCRホンダ・イデミツ)がつけていた。この時、エスパルガロは、ミルから4秒差の4番手、オリベイラは6番手を走行していた。

 もしもアクシデントが発生せずに第1レースが中断していなければ、おそらくレース結果は別のものになっていただろう。MotoGP2年目のミルは、ここレッドブルリンクで先週開催されたオーストリアGPで、初表彰台となる2位を獲得している。今回のレースウィークでは、その勢いを駆ってますます戦闘力に磨きをかけていた。

 土曜の予選を終えたミルに、「かなり調子が良さそうだし、今回は優勝が現実的に見えているのでは?」と訊ねてみた。

「セットアップ面でもだいぶ仕上がってきた。走行データを見ると、自分たちのペースは1、2を争うレベルだと思う。しかも、ただ速いだけじゃなくて、高い水準で安定している。だから、明日は行けそうな気がするよ」

 そう話す言葉からは、強い手応えが窺えた。

 中上も、土曜の予選を終えて、MotoGP3年目で初のフロントローとなる2番グリッドを獲得していた。

「今回は表彰台を狙えるいい位置にいると思う。チャンスがあれば優勝も狙いたいけど、今はまず初表彰台を獲得したい」

 ミルと同様に中上の言葉からも、今回のレースウィークで積み上げてきた確固たる自信が感じ取れた。

 しかし、第2レースで2人は優勝争いの3人に引き離された。ミルは4位、中上は7位でチェッカーフラッグを受けている。

 レース後にも2人から話を聞いたが、彼らの表情にはともに、拭いがたい悔しさがはっきりと浮かんでいた。第2レースでは新品タイヤの予備がなく、ユーズドタイヤを装着してグリッドについたことなど、2人が順位を下げてしまったことにはそれぞれ理由がある。だが、それらの条件もうまく御してレースを制したのが、第2レースで表彰台を獲得したオリベイラとミラー、エスパルガロの3人だ。ミルと中上は、そこがわずかに届かなかったということなのだろう。

「でも、それもレースですから」

 噛みしめるようにそう語った中上の言葉が、すべてを言い表している。

 初めて尽くしの記録を達成したオリベイラの初優勝は、もちろん、すばらしいのひとことに尽きる。KTMが地元で1−3フィニッシュを達成したことにも、拍手喝采を贈りたい。ただ、正直なことを言えば、ミルの初優勝と中上の初表彰台を見たかったという気持ちがあるのも事実だ。

 ミルと中上のこの悔しさは、次の戦いに向けた新たな伏線になる。そしてそれこそが、事実のみが作り出すドラマの醍醐味でもあるのだろう。