> いつも冷静なマックス・フェルスタッペンが、珍しく声を荒げた。「僕らは自分たちのレースに集中すべきだ。ルイス(・ハミルトン)のレースじゃない。まず自分たちの仕事をしっかりとやるべきだ!」レッドブル・ホンダはスペインGPで現実を見せつけられ…

 いつも冷静なマックス・フェルスタッペンが、珍しく声を荒げた。

「僕らは自分たちのレースに集中すべきだ。ルイス(・ハミルトン)のレースじゃない。まず自分たちの仕事をしっかりとやるべきだ!」



レッドブル・ホンダはスペインGPで現実を見せつけられた

 スペインGP決勝のスタートでバルテリ・ボッタスをかわしたフェルスタッペンは、首位ハミルトンの1.5秒後方を走り続けた。

 金曜フリー走行のロングランではメルセデスAMG勢よりもレッドブルのほうが速く、1週間前のシルバーストンでの逆転劇に続き、このスペインGPでも勝てるのではないかという期待が広がった。少なくともメルセデスAMG勢と優勝争いはできそうだった。

 しかし、10周目を過ぎたあたりからハミルトンがプッシュを開始すると、ギャップはあっという間に8秒にまで広がってしまった。ハミルトンについていけていたのではなく、敵が大幅に抑えて走っていただけのことだったのだ。

「リアタイヤに苦しんでいる。もうターン7は最悪だ」

「追い風なんか関係ない、タイヤのせいだ」

「繰り返してほしいか? このクソタイヤはもう終わっている」

「こんなにタイムを失っているのに、なんでピットインしないんだ。トラフィックなんかどうだっていい、簡単に抜けるんだから」

 無線のやりとりはどんどん荒々しいものになっていき、21周目にピットインを終えてフェルスタッペンは冒頭の怒りを無線で伝えた。

「後ろに2台が見えてないか?」

 レースエンジニアのジャンピエロ・ランビアーズは、そのレーシングポイントの前に出るためにピットインを遅らせたのだと言わんばかりに伝えたが、フェルスタッペンは「あぁ、彼らは遅いね!」と反論。ランビアーズは「落ち着いて走ってくれ、マックス」となだめた。

 フェルスタッペンが珍しく苛立ちを見せたのは、メルセデスAMGのハミルトンと優勝争いなど到底できないという現実を見せつけられたからだ。

「第1スティントの中盤からルイスがペースを上げてきて、僕はそれについていくことができなかった。だから『今日はここでおしまいだ』って思ったんだ。そこからは自分のペースで、自分にとって最速の戦略で走ることにした。自分のレースに集中して、最大限の結果を得られるようにしようってね」

 ライバルの戦略に合わせて反応するのではなく、自分たちの最速のタイムで66周のレースを走り切ることができる戦略を採るべきだ、というのがフェルスタッペンの主張だった。

「結局のところ、他人のレースをコントロールすることなんてできないからね。僕らにコントロールできるのは、自分たちのレースだけ。だから自分たちにとって最速の戦略で戦うべきだった」

 フェルスタッペンはボッタスの前で2位をキープしたまま第2スティントを走り、最終スティントではソフトタイヤを選んだボッタスを自滅させた。

 だが、もしレッドブルがメルセデスAMG勢の動きに目を向けず、自分たちが最速でフィニッシュできる戦略で走っていたとしたら、同じ結果にはなっていなかったかもしれない。

 なぜなら、自分たちにとって理想の戦略でも、ライバルの動きやトラフィックなど、外的要因によって理想のペースで走れるとは限らないからだ。だからこそ、外的要因に目を向けてフレキシブルな戦略運営が要求されるのであり、時に最速のマシンでなくとも戦略によって勝利を掴み獲ることができる。

 レッドブルのクリスチャン・ホーナー代表はこう語る。

「ストラテジスト(戦略を立てる専門家)たちとは違って、マックスにはレースの全体像が見えていないからね。彼は競争が好きでプッシュし続けている。そのなかで、エンジニアは明確な指示をしている。それはエンジニアリングチーム全体で判断したものだ。

 我々はトラフィックの中に戻るような形でピットインしたくなかった。それによってタイヤが駄目になってしまう可能性があったからね。ミディアムタイヤがどのくらい保つのかという確証もなかった。第1スティントを短くしすぎると、レース終盤で厳しくなる可能性もあったんだ」



フェルスタッペンの2位は現状、最大限の成果だった

 フェルスタッペンほどのドライバーがそれを忘れていたはずはない。ホーナー代表が言いたかったのは、トラフィックに引っかかったとしてもメルセデスAMG以外のマシンなら易々と抜くことができるから俺を信頼しろということ。そしてなにより、メルセデスAMG勢との差はそうやってはっきりと割り切らなければならないくらい大きかったということだ。

 予選後には「3位のサブスクリプションでも買っているみたいだね」と、フェルスタッペンはメルセデスAMG勢の後ろが定位置になっていることを冗談めかして言った。金曜ロングランのペースがメルセデスAMG勢よりもよかったこともあり、決勝に向けては望みを持っていた。

 ましてや、真夏のバルセロナは1週間前と同じように、路面温度が50度を超えようかという酷暑。メルセデスAMG勢がタイヤマネジメントに苦しんだとしても不思議ではなかった。

 だが、フタを開けてみれば、現実はまったく違った。メルセデスAMG勢に追いつくどころか、ハミルトンとの差は逆に大きく広がった。

 今のレッドブル・ホンダにとって、ボッタスを抑えて2位を獲得したのは最大限の成果であり、殊勲の結果だろう。だが、それに満足していい状況ではない。

 予選で見えた0.708秒という差は、2月にバルセロナで走った時よりも大きくなっている。ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはこう語った。

「メルセデスAMGとのギャップは依然として大きいです。2月のテストの時よりも若干開いている。0.3〜0.5秒程度も大きめかなという印象でしたが、今日は0.7秒ですからね」

 それはつまり、新型コロナウイルスの影響で開幕が遅れる期間、メルセデスAMGは着々と開発を進め、レッドブル・ホンダよりも大きな歩みを進めたということだ。

「F1チームは稼働日に向上シロがあり、時間が経てば経つほど進化してきます。シャットダウンの期間はあったとはいえ(それ以外の期間は)誰も休んでいませんし、開発の傾きは維持されています。ただ、メルセデスAMGのほうが我々の傾きよりも大きかったから、さらに差が開いてしまったと受け止めています」

 そして、開幕してから6戦が過ぎても差はなかなか縮まらず、いまだ歴然とした開きがあると田辺テクニカルディレクターは語る。

 次戦ベルギーGPからは、予選・決勝を通してパワーユニットの燃焼モード変更が禁止され、実質的に『予選モード』と呼ばれる特殊なモードの使用が制限されることになった。とくにメルセデスAMGはQ3で大きなアドバンテージを得ていると見られているだけに、これが禁止されればレッドブル・ホンダとしては追い風になる可能性が高い。

 ただしシーズン途中の変更であり、あまりに急なFIAからの提言であるだけに、詳細はまだ各パワーユニットマニュファクチャラーと各チームの間で規制内容と監視方法が話し合われている段階だ。来週のベルギーGPに間に合うかどうかは、まだわからない。

 いずれにしても、メルセデスAMGが予選スペシャルモードを使う前のQ1の時点ですでに負けていること、そして予選モードを使わない決勝でもこの差を見せつけられたことを考えれば、その"追い風"が吹いたとしても簡単に逆転できるわけではないことは明らかだ。

「ライバルが何をやっているか、ライバルがどう言っているか。そんなことに目を向けたって、僕らの力でコントロールすることなんてできないんだ。

 それよりも自分たちのことに集中し、柔らかいタイヤだとかブリスターだとかに助けられなくてもコンペティティブに戦えるようにならなきゃいけない。そのためには、僕らはクルマとパワーユニットからもっとパフォーマンスを引き出す必要がある」

 スペインGPを2位で終えたフェルスタッペンは、決勝レース中に叫んだその言葉を繰り返した。

 今のレッドブル・ホンダはまだ、ライバルであるメルセデスAMGと直接対決ができる場所にすらいない。目の前のレースだけでなく今後に向けた開発も、ライバルではなく自分たちのことだけを見て全力を尽くすしかない。

 それが、誰よりも近くコクピットの中でメルセデスAMGとの差を目の当たりにしたフェルスタッペンの心の声だ。