「このマンガを読んでもらって、ラグビーを忘れないようにしていただければ......」 そう語ってくれたのは、日本で開催されたラグビーワールドカップ2019で、日本の決勝トーナメント進出の原動力となった福岡堅樹。この夏、福岡自身がマンガの主人…

「このマンガを読んでもらって、ラグビーを忘れないようにしていただければ......」

 そう語ってくれたのは、日本で開催されたラグビーワールドカップ2019で、日本の決勝トーナメント進出の原動力となった福岡堅樹。この夏、福岡自身がマンガの主人公になったのだ。

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 昨年、日本中を大いに沸かせたワールドカップは、台風19号の影響で3試合が中止になったものの、チケットの完売率は99.3パーセントにも達し、観客動員数は170万4443人を記録。大会を機に関心を持った"にわかファン"も含め、チケットを手にできなかった人たちが、ファンゾーンに設けられたパブリックビューイングに殺到するほどだった。

 日本代表のひとりとして試合に出場していた福岡も、その声援に何度も何度も背中を押された。そして、ファンの熱気は大会終了後も冷めていないと感じた。

「昨年以降、ラグビーの注目度は相当上がってきていると思います。日本代表だけでなく、選手個人にも注目してもらえるようになって、トップリーグの観客の入りも、これまでとは全然違っていたものになっていたので」



「僕の思ってきたことが全部入っている」という福岡

 2020年の1月12日から開幕したトップリーグで、福岡は所属するパナソニックワイルドナイツの左ウイングとして、第1節と第2節に出場した。

 15人制ラグビー日本代表からの引退をすでに表明していた福岡は、その後、トップリーグで戦うチームから離れ、7月24日に開幕する東京五輪のセブンズ(7人制ラグビー)で、2016年のリオデジャネイロ五輪に続く、2大会連続での日本代表入りを目指そうとしていた。

「ラグビーワールドカップと五輪は、あまり似ているところはないかもしれませんね。もちろん、両方ともスポーツのお祭りではありますが、ワールドカップはラグビー一色で、五輪とは競技の数が全然違いますから」

 前回のリオデジャネイロ五輪から正式採用されたセブンズ。日本は予選の初戦で強豪のニュージーランドに勝利し、その勢いで予選プールを突破、準々決勝ではフランスに逆転勝利する。しかし、準決勝ではフィジーに敗退し、3位決定戦では南アフリカに完敗。最終的にメダルには届かなかったが、4位入賞は大健闘とも言える成績だった。

「セブンズとしては、4位はすごい結果だと思うんです。けど、日本に戻ってきて、それを知っている人は少ないって感じましたね。やっぱり、五輪はメダルがすべてなんですよ」

 そう実感した福岡は、東京五輪でもう一度セブンズに挑戦したいと考えていた。あと一歩届かなかったメダルを手にすることを、自身の次のモチベーションとしてきた。

「ワールドカップも素晴らしいですけど、自国開催の五輪になると、日本全体がスポーツブームになると思うんです。そこに出場して、やり残してきたことをやり切れたら、これからの自分の将来に、大きな影響を与えるんじゃないかなと」

 そんな時、週刊ヤングジャンプ編集部(集英社)から福岡のマネジメント会社の担当者に、"実録マンガ"のオファーがあった。

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 ヤングジャンプでは、これまでもサッカーのワールドカップや五輪に合わせて、注目選手の実録マンガを掲載してきた。特に五輪では、2000年のシドニーで競泳の田中雅美、2004年のアテネでは、柔道の野村忠宏、陸上ハンマー投げの室伏広治などの実録マンガで選手たちを応援し、その活躍を読者の記憶に刻んできた。

 そして、東京五輪の開幕直前にもスポーツの読切マンガだけを集めた増刊を出し、スポーツを盛り上げていきたいと考えていた。そのスポーツ増刊の目玉のひとつが選手の実録マンガであり、その主人公として白羽の矢が立ったのが、ラグビーワールドカップ2019で大活躍をし、東京五輪のセブンズにもチャレンジしようとしている福岡だったのである。

 この話をマネジメント会社の担当者から聞いた福岡は、ビックリすると同時に、「マンガに取り上げてもらうことなんて人生でほとんどないので、マンガになるのはありがたいな」と思ったという。

 加えて、マンガ好きの福岡が海外遠征時もいつでも読めるように単行本を持ち歩いてる『キングダム』が連載されているヤングジャンプ、そのスポーツ増刊に自分が出られることを、本当にうれしいことだと感じていた。

 こうして、3月上旬に取材がスタートした。

「今まで、他のスポーツ記事ではあまり取り上げられてこなかった、細かいところまでマンガでは描いてもらえたら、と思いました」

 子供の頃は落ち着きがなかった自分が5歳の時に出会ったラグビーにハマっていく話、中学では陸上部に入り、100m走では11秒台に突入し、風になったと感じた話、ラグビーのクラブチームの同期のみんなで福岡県立福岡高校に入学して、花園に出場しようと誓った話、高校時代は2度の大ケガをするものの、3年の時に花園でプレーすることで自分のラグビー人生が変わったという話、医学部を目指し浪人したが、この時はその夢がかなわなかった話......。

 福岡の口から、ラグビーで日本代表になった自分自身を形作ってきた、様々なエピソードが事細かに語られる。

「このマンガを読んでくれた人たちにとって、何か共感してもらえることがあるといいですよね」



綿密な取材をもとにつくられた実録マンガ作品 (ⓒ集英社)

 取材終了後に初めて足を踏み入れたヤングジャンプ編集部では、王騎将軍の矛のレプリカに釘付けになった福岡が、それを片手で軽々と持ち上げ、ポーズを取りながら『キングダム』の世界を堪能していた。

 もしかすると、取材を一番楽しんでいたのは福岡だったかもしれない。

 ところが、福岡の実録マンガ制作が進んでいくなか、日本を新型コロナウイルスの感染拡大が直撃した──。

 3月24日には東京五輪の延期が発表。4月7日からは緊急事態宣言が発令され、日本中からスポーツの火が消え去る非常事態に陥ってしまう。

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 福岡はこの時期に、もう一度将来を見つめ直していた。

 もともと、福岡は東京五輪のラグビーのセブンズに出場した後、医学の道に進もうと考えていた。だが、その東京五輪が延期になるということで、自分自身の優先順位を、セブンズでのメダル獲得から医学部合格にシフトすることにした。

「僕は起きてしまったことを悔やむことはあまりないんです。すぐに切り替えて生きていく人生をこれまで送ってきたので。自分が今置かれた状況の中でどうすればいいのかだけに集中できれば、おのずと結果は出てくると思っています」

 6月14日、ついに福岡はリモート記者会見で、セブンズ日本代表からの引退と医学の道に進むことを正式に発表する。

「スッキリしました。決めてはいたんですが、やはり、なかなか言えないことだったので。それをキリがいいところで伝えることができたんで、自分の意思を表明できたんで、あとはそれに向かってやっていくだけなんで」

 とはいえ、五輪を断念したものの、福岡はまだ現役のラガーマン。これからも何らかの形で、多少なりともラグビー界、日本のスポーツ界に貢献していきたいと思っているのもまた事実だ。

 ちょうど、東京五輪直前の7月に発売予定だったヤングジャンプのスポーツ増刊の発売日が8月17日に変更された。東京五輪に選手として出場することはなくなったが、企画をボツにするのではなく、福岡は自身の実録マンガを掲載してもらうことで、ラグビーの熱を伝えていきたいと考えた。

「今、新型コロナウイルスの影響もあって、どうしても試合ができない状況なので、ラグビーの試合を見たいと思ってくれている人たちも試合が見られない状況が続いています。少しでもその気持ちが前向きになれるように、このマンガが次の試合が始まる時までつながるきっかけになるとうれしいですね」

 ヤンジャンスポーツ増刊に掲載される『闘球「元」日本代表─福岡堅樹物語─』には、そうした福岡のラグビーに対する熱い想いが詰まっている。