>第4戦チェコGPで初勝利を果たしたブラッド・ビンダー 最高峰クラスデビュー3戦目の若者が、MotoGPの歴史を作った。 8月9日に開催された第4戦チェコGPで優勝を飾ったのは、ブラッド・ビンダー。今シーズンからKTM陣営のファクトリーチー…



第4戦チェコGPで初勝利を果たしたブラッド・ビンダー

 最高峰クラスデビュー3戦目の若者が、MotoGPの歴史を作った。

 8月9日に開催された第4戦チェコGPで優勝を飾ったのは、ブラッド・ビンダー。今シーズンからKTM陣営のファクトリーチーム、レッドブルKTMへ抜擢(ばってき)された、南アフリカ共和国出身の24歳だ。

 土曜午後の予選で、ビンダーには確かに勢いがあった。予選では遅い組のQ1に振り分けられたものの、そこですばらしいスピードを見せ、速い選手たちが競うQ2へ進出。Q2でも7番手のタイムを記録。3列目7番グリッドを獲得した。

 とはいえ、彼がまさか日曜の決勝レースで勝利するとは、この段階ではおそらく誰も予想していなかった。今大会でKTM勢は安定した高いパフォーマンスを発揮し、トップ争いをしそうな予感を漂わせていたが、その期待を担っていたのはKTMファクトリーのエース、ポル・エスパルガロだった。

 土曜の予選直前に行なう30分のフリー走行は翌日の決勝とほぼ同時刻で、日曜のレースペースを見定めるには絶好のセッション。ここで一頭地を抜いた安定感を発揮していたのが、開幕2連勝を飾ったファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハ SRT)とチームメイトのフランコ・モルビデッリ、そしてエスパルガロの3人だった。

 開催地のブルノサーキットは路面のバンプ(凸凹)が多く、選手たちは「決勝はタイヤに厳しい戦いになる。レース後半にタイヤが摩耗(まもう)してきてからが勝負の分かれ目だろう」とそろって口にしていた。

 決勝の展開は彼らの予想どおりになったが、レースを支配したのはクアルタラロでもなくモルビデッリでもなく、そしてエスパルガロでさえもなく、まさにダークホース的存在のビンダーだった。

 レース序盤はモルビデッリが独走した。1秒少々の差でやや引き離され気味のクアルタラロとエスパルガロは懸命に追走したが、エスパルガロは他車との接触により転倒。クアルタラロもリアタイヤの摩耗に苦しみ、ペースをどんどん落としていった。

 そうした中、ビンダーは先頭を走るモルビデッリと同様のペースで走行を続け、着々と距離を縮めていった。やがてモルビデッリのタイムが落ち始め、ビンダーはあっという間に追いつくと、レースの折り返し地点を過ぎたあたりであっさりとオーバーテイク。先頭に立ってもスピードを緩めることなく力強い走りを続け、最終的にはモルビデッリに対して5.2秒の大差を築いて、最高峰クラス初優勝を達成した。

 南アフリカ共和国出身の選手がMotoGPクラスで優勝するのは、史上初。2017年に最高峰クラスへの挑戦を開始したKTMにとっても、今回の優勝は3年半を経てようやくつかみ取った悲願の達成だ。そして、その歴史的偉業を達成したのが、優勝候補とは目されていなかったMotoGP参戦わずか3戦目の青年、というまさに劇的なレースになった。

 今シーズンから最高峰へ昇格してきたビンダーは、16年にMoto3クラスのチャンピオンを獲得し、Moto2クラスにステップアップ。19年に熾烈(しれつ)なチャンピオン争いを繰り広げた。今季は世界最高峰カテゴリのKTMファクトリーチームへ抜擢され、大いに注目を集めた。とはいえ、プレシーズンテストでの走りは、やはりルーキーの域を脱するものではなかった。

「以前よりブレーキをうまく使えるようになったものの、学ぶべきことはまだたくさんある。一発タイムも出せるようになったけど、レースディスタンスを安定して走るのはまた別の話で、もっと経験がいる。1周をうまく走るのと20周をずっと高い水準で走るのは、レベルがまったく違うことだからね」

 開幕前のテストで述べた彼のコメントを振り返っても、初々しい謙虚さが目立つ。  シーズンが開幕し、ヘレスサーキットの初戦は13位で終えた。同じくヘレスでの連戦になった2戦目は転倒リタイア。さらに今回のチェコGPレースウィークでは、土曜の予選を終えて「明日の目標は、前回みたいに転倒しないこと」と冗談めかして語っていたが、これらの事実を見ても、日曜の決勝で優勝できるとは、ビンダー自身もおそらく予想していなかったのではないだろうか。

 しかし、事実は往々にして、現実的な予測を簡単に裏切るものだ。圧倒的なペースで独走優勝を果たしたビンダーに、レースのどの段階で優勝を確信したのか、と訊ねてみた。

「レースが始まった時は、逃げられるかどうかなんてわからなかった。タイヤがフレッシュなうちはいいペースで走れる自信があったけど、どこまで続けられるかなんてまったくの未知数だったし。でも、どこまで行けるかはわからなかったけど、チャンスをつかんだと感じた時に思い切って前へ出てみたんだ。(いい結果を出せなかったヘレスの)前2戦からたくさん学んだことが、今日のレースで生きたと思う。とにかく集中力を切らさず、最後までミスしないように心がけたよ」

 そして、チェッカーフラッグを受けた瞬間は「ショックのひとこと」だったという。 「母国とチームのために、とても誇らしい気持ちになった。ようやくみんなの悲願を叶えたのだからね」

 しかし今はまだ、それだけの偉業を成し遂げた実感がなく、「おそらく明日になれば少しずつ身にしみてくるのだろう」とも話した。

 次のレースは今週末。戦いの舞台は、KTMの地元オーストリアで、メインスポンサーの名を冠したサーキット・レッドブルリンクだ。高低差が激しいストップ&ゴータイプのレイアウトで、典型的なエンジンサーキットだが、KTMにしてみれば誰よりも走り込んできたコースでもある。ここの結果如何で、彼らが本当に強豪陣営の一角を占める勢力になったのかどうかが判断されるだろう。