フィギュアスケートファンなら誰もがあるお気に入りのプログラム。ときにはそれが人生を変えることも--そんな素敵なプログラムを、「この人」が教えてくれた。私が愛したプログラム(10)連載一覧はこちら>>宮本賢二『eye』髙橋大輔髙橋大輔のショ…
フィギュアスケートファンなら誰もがあるお気に入りのプログラム。ときにはそれが人生を変えることも--そんな素敵なプログラムを、「この人」が教えてくれた。
私が愛したプログラム(10)連載一覧はこちら>>
宮本賢二
『eye』髙橋大輔
髙橋大輔のショートプログラム『eye』の演技
バンクーバー五輪の髙橋大輔選手のショートプログラム『eye』がお気に入りのプログラムです。自分は選手としてオリンピックに行くことはできませんでしたが、髙橋大輔というすばらしいスケーターが、自分の作ったプログラムをオリンピックに連れて行ってくれた。髙橋選手本人が僕を振付師に選んでくれたこともうれしいことでした。プログラムの内容もすばらしかったと思っています。
最初の選曲の時に、髙橋選手から「Cobaさんが作った曲で滑りたい曲があるんですけど、曲名がわからない」というリクエストがありました。僕もCobaさんの曲で好きな曲があったので、本人のところに20曲くらい持って行きました。1曲目にこの『eye』を聴かせ時に、髙橋選手のほうから「滑りたかったのはこの曲です」と。2人が好きな音楽が一緒だったので「これは運命かもしれない」と思いました。
『eye』の振り付けのこだわりとしては、常に彼の動きに刺激があるようにしました。もちろん、髙橋選手からも、「ここはもう少しこう動ける」「ここはもう少しシンプルな動きにしてほしい」といろいろな意見が出て、お互いに意見を出し合って作り上げたものです。長光歌子コーチにも助言をもらいました。
どこが気に入っているかと聞かれても、答えるのはなかなか難しいです。なぜなら、作品全体が好きだからです。強いて挙げれば、2つめのサーキュラーステップの入りで爆発的に跳ぶ箇所があるのですが、そこは髙橋選手と一緒に、「こういう動きはできないかな」と、話し合って振り付けた動きで、それがすごく音にはまりました。
また、プログラム最初の振り向く部分も好きです。本当はなくてもいい動きをちょっと入れてみたり、そういうところが好きなんです。もちろん、彼の動き方、踊り方が大好きだということもあります。この『eye』は、髙橋選手の意見もこだわりもたっぷり入っているプログラムです。
『eye』を2人で聴いた時に「この曲はおしゃれだよね」という話が出ました。スピード感があって紳士的な曲でもある。イメージとしては「おしゃれ紳士の感じで作ろうね」と言って、笑いながら作りました。
僕が振り付けた髙橋選手のプログラムに、『ザ・クライシス』というエキシビションナンバーがあります。そのプログラムはスケート本来の美しさと、彼の美しい動きとスケーティングが表現できています。実は『eye』を作る時の20曲くらいの候補曲の中に、この『ザ・クライシス』も入っていました。ただ、当時の彼は、この曲を聴いて「嫌だ」と言いました。「僕は好きじゃない」と拒絶したのです。ところが、その何年後かにエキシビションナンバーを作るときに「この曲がいい」ということになりました。気持ちに変化がありました。
このことからもわかるように、彼も経験を積んでスケートの歴史を刻んだことで、考えや気持ちが変わっていく。そのことに面白さを感じました。同じ曲を聴いても、時間の経過で捉え方が違ったり、心境の変化があったりするものなのです。
髙橋大輔というスケーターは、貪欲さがあり、いろんな表現ができますが、それ以上に、周囲の人を成長させるところがあります。こちらのイメージや想像をはるかに超えていく才能の持ち主なので、僕たちの思考も広くなっていくのです。だから、いろいろな振付師の方から「髙橋大輔の振り付けをしてみたいよね」という話が出てくるのだと思います。
『eye』を振り付けたときに気をつけたことは、どこをどう取っても、得点が出るようにしたことです。1点でも多く点が取れるように。他の選手でもそうですが、僕は、今年は昨年よりも得点が上がるようにしよう、今年は昨年よりも格好良く見えるようにしようと思ってやっています。そのためには、選手をよく観察して、よく話をして、選手の動きやすさや表現したいことを理解して作っていくことが必要になります。
スケーターにとってプログラムとは、大事なパートナーなのだと思います。特にプログラムの選曲は、最初の一歩としてはかなりのウエイトを占める大事な部分です。シーズン初めに作ったプログラムを一生懸命に練習した選手にとって、そのプログラムはシーズンの終わりには最高のパートナーになっているものであり、違和感なく選手の隣に一緒にいるような存在だと思います。
ちょっと恥ずかしいですけど、自分の振り付けた選手たちが一生懸命にやってくれているのを見ていると、本当に泣きそうになります。それぐらいうれしいです。
プログラムを見る時には、見る人の自由に捉えてもらいたいと思っています。テーマやこちら側の意図を押しつけたくはありません。選手が演じているプログラムを見ている人が同じ気持ちになって見てくれるのはすばらしいことですが、もっといろいろな受け取り方があっていいと思います。そうだからこその、フィギュアスケートだと思っています。
宮本賢二
1978年11月6日生まれ。フィギュアスケート振付師。現役時代はアイスダンスの選手として活躍。全日本選手権で2連覇を果たす。2006年に競技を引退後、振付師として活動を始める。テレビ番組の解説等も務めている。