7月27日、学生三大駅伝の一つである出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)開催中止の報が入った。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、陸上競技以外でも大会の中止や延期が相次いで発表されている。 早稲田スポーツ新聞会の読者には、学生スポーツのファンや…

 7月27日、学生三大駅伝の一つである出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)開催中止の報が入った。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、陸上競技以外でも大会の中止や延期が相次いで発表されている。
 早稲田スポーツ新聞会の読者には、学生スポーツのファンや関係者の方が多いだろう。中には、競技に打ち込む学生のために今できることは何か、模索している人もいるかもしれない。そのヒントを得るため、中高生を対象とした陸上競技のリモート大会『VIRTUAL DISTANCE CHALLENGE(バーチャレ)』で長距離レースディレクターを務める竹澤健介氏(平21スポ卒)に、バーチャレの目指す姿や魅力についてお話を伺った。現在竹澤さんは、大阪経済大学陸上競技部で長距離ヘッドコーチを務めている。学生スポーツの現状を受けて何をすべきと捉えているのか、その考えにも迫った。

※この取材は、7月31日にリモートで行ったものです。

バーチャレの裏側ーー異例のスピード感

 バーチャレは、全国の中高生がレースの動画と記録を投稿することで参加できるオンラインの陸上競技大会だ。日本選手権男子800メートル競走で6度の優勝を誇る横田真人氏が率いるTWOLAPS TRACK CLUBが主催している。個人で測定や撮影を行って参加することももちろん可能だが、「バーチャレ福島」「バーチャレ世田谷」というように、現在は全国各地で大会参加のための記録会が開催されている。


バーチャレの長距離レースディレクターを務める竹澤さん(写真 竹澤健介)

――日本陸上競技連盟(陸連)ではなく、陸連より規模の小さい団体がバーチャレを行う理由や意図はどのようなものですか

 こういう企画をやりたいと横田も陸連に持ちかけたようなのですが、なかなか協力が得られず、ただ既定の何かを待っているよりも、今できることは何かを考えた結果として、バーチャレみたいなことができると新しい形になるんじゃないかなと。これから未来を創っていく若者たちは、大人がどれだけ動いているかを結構見ている気がするんですよね。そういう意味でも、僕たち大人が中高生のために動いていけることは、実はすごく意味があることなのではないかなと思って、賛同させてもらったという形です。

――多くの競技団体が思い切った決断が行えないなかで、開催を決めてからのスピード感が印象的でした。このスピード感で実行まで繋げることができた理由はありますか

 まず、やるという決断を下せたことが大きな一歩なのではないかと考えています。横田が中心になって動いていますけど、実は彼の後ろですごくたくさんの方が協力してくださっています。何もないところからまずは走り出して、レギュレーションもそうですが、走りながら考える。なんとかしてより良いものになるように知恵を出し合ってみんなで作りあげていく、そんな大会なんですよね。こうするよ、とあらかじめ型が決まっているものではなくて、固定概念から一歩出たところから、進みながらどんどんスピード感をもって決断していくというのがこのバーチャレの特徴のような気がしています。正直なところ何が正解なのかは分かりませんが、中高生たちに喜んでもらえるような企画を実行したいなという思いでみんながベクトルを合わせて動いているので、そういう思いがうまく噛み合っていることが、このスピード感でやれている秘訣なのかなと思います。

――竹澤さん自身はどのような経緯でこの大会に携わることになったのですか

 元から「もしも何も動きがなかったら、できる範囲で僕(横田さん)は動きますよ」という話を横田本人がしていたので、まあ何かやるだろうと思っていました。横田は言ったことはやる人間なので、何かしでかすだろうなと(笑)。それで、いよいよとなったときに「竹澤さん、出番ですよ、やるでしょ」みたいな形で連絡がきて(笑)。中距離と長距離で種目は違うのですが、日本代表の時に同じ部屋になったり、よく話したりする関係だったので人間性は知っていて、本当に行動力やバイタリティーのある男なので、巻き込まれたという感じですね。

――長距離レースディレクターという立場ですが、具体的にはどういったお仕事なのでしょうか

 僕は地方にいるので、中枢の役割は担えないなと思っていて、ラジオに出させてもらって話をさせてもらったり、近隣の大阪や兵庫で、こういうのがあるよという話をさせてもらったりしています。バーチャレは陸連などの大きな組織が絡んでいるわけではないので、知名度を上げるのが難しいんですよね。子どもたちがやりたいと思っても、顧問の先生や、所属している中学校や高校の許可がないとなかなかできないじゃないですか。なので、広報活動に力を入れて取り組んでいます。あとは動画が上がってきた時に、盛り上げたいなと。おそらく(動画が)上がってきてからが一番盛り上がると思うんですよね、「この子の走り良かったね」とか。(動画が)上がってくるまでは、どこかバーチャルの中のバーチャルみたいなところがあると思うんです。(動画が)上がってくればもっともっと盛り上がりを見るのではないかなと思って期待しています。

――今はまだ動画が上がる前ではありますが、各地で記録会が進んでいます。現状を見て、実際に思い描いていたように動いていますか

 福島などは特にすごく盛り上がっているな、素晴らしいなとは思いつつ、地方都市となると、コロナの影響からこういう取り組みをあまり良しとしない自治体も出てきているのも正直なところですね…。上手くいっている部分と今一歩の部分と、半々というところですかね。ただ、福島の記録会(7月26日に行われたバーチャレ福島大会)でいい波に乗れたのではないかと個人的には思っています。

バーチャレの魅力ーー誰もが楽しめる陸上競技に


日本代表経験を持つ竹澤さんだが、「速い選手も遅い選手もみんな楽しめるのが陸上競技」であると考えている(写真 Makoto Okazaki(ekiden@photos))

――福島の記録会では、運営側と選手の距離の近さも特徴的だったと感じますが、その点は意図していたのですか

 遠藤日向くん(住友電工)はじめ日本を代表するトップランナーに引っ張ってもらって、ベストに近いタイムで走った選手がいたりしたようで、将来自分がなりたい像を間近に見ることができたというのはすごく良い経験になったのではないかと思います。記録会一発目でそういう成果が得られたので、今後の記録会もどんどん盛り上がってくるのではないかと期待しています。

――自治体からNGが出たりというお話もありましたが、記録会に出場せず個人で撮影する形でも参加可能な点も特徴的ですよね

 もちろんです。個人で競技場に行って動画を回していただくだけでも十分なので。そういうもっとミニマムなスタイルも今後求めていく方向性としては重要ですね。福島の記録会は比較的大規模だったのですが、大、中、小、もしかしたら極小かもしれないですけど(笑)、そういうものもあっても、個人的にはすごくいいのではないかと思います。無理なく自分たちのできる範囲で取り組んで、楽しんでいくというのがコロナ禍での楽しみ方だと思うので。

――インターハイの代替大会というとトップ層だけを対象にしそうなイメージがありますが、バーチャレはそうでない人たちにも目を向けたというところが特徴的です。その理由はどのようなものですか

 僕の中学も、超弱小チームだったんですよ(笑)。僕だけたまたま速く走れて、他の子たちは市民大会で終わって、県大会にもなかなか上がれない人が多かったんですよね。そのなかでも同じグラウンドを一緒に駆け巡った日々を思い出すと、すごく感慨深いものがあって。実は競技で一生懸命走ったことよりも、みんなでわいわい騒いだとか、先生に怒られたとか、そういう日常というか、一生懸命過ごした日々の方がすごく大切だったりするんじゃないかなと思っているんですよね。速い選手だけの陸上競技じゃなくて、速い選手も遅い選手もみんな楽しめるのが陸上競技だと思いますし、そうなっていくことが、今後の陸上界の発展にもつながると考えています。

――陸連ではなくアスリート中心で企画を進めていることのメリットはありますか

 決断が早いんじゃないですかね(笑)。「やりましょう」って言ったら動くスピードが僕も「おっ」と思うくらいすごく早いので。例えば他の種目も増やしてみようとか、ぱっとフレキシブルな対応がとれるのは、アスリート中心で動けているからこそなのかなという気がしています。

――アスリートの方たち中心に大会を進めていて、開催側に還元されていることはありますか

 実はみんな無給でやってますし、なにか見返りがあるわけではないですけど、中高生が楽しんでくれていることが、一番ではないですかね。OTT(大人のタイムトライアル:市民ランナーのためのトラックレース)を見たときに、こういう楽しみ方もあっていいんじゃないかとすごく思って。ボランティアに来ている方々が活き活きして本当に楽しんでいるんですよね。僕の現役時代は結構シリアスに競技と向き合ってきたので、そういう価値観にぐっと傾倒するようなところがあったのですが、それとは別にこういう楽しみ方があってもいいなと。僕の競技観だけが全てじゃないし、純粋に楽しむ陸上競技という価値観に触れたとき、ああこれもすごく良いなと素直に思ったんですよね。バーチャレもそういう雰囲気になったらいいなと思っています。

――SNSなどで活動を見ている限り、そのOTTに近い、みんなが楽しんでいるというような活気を感じます

 OTTもボランティアで回っていて、競技運営をしてアルバイトとしてお金を貰うことよりも純粋にその場を楽しみにきている。みんなで楽しむ場を作りましょうよというところから始まっているはずなので、バーチャレもそういう企画になったら嬉しいなと。多分みんなそういう気持ちを持って各地で運営してくれていると思いますね。

――竹澤さん自身がこの企画・運営を通して改めて認識したことや学んだことはありますか

 特にこういう時期だからこそ、人を動かすってすごく難しいと思うんですよね。そもそも多くの人に知ってもらうこと自体が物凄く難しいですし。ツイッターなど色々なところで発信はさせてもらっているけど、幅広い人に知ってもらうと言うのは本当に根気のいる作業なんだなというのは、今痛感していることかもしれないです。

――実際にそういった点は、企画を動かすうえで特に苦労されましたか

 苦労とは思わないですけど、情報を全国各地に拡散し浸透させるのは本当に難しいなと感じています。企画を動かすうえでの苦労ですが、おそらく関わっているメンバーは苦労しているとは思ってないと思います。たとえ困難な問題に直面したとしても、出来ない理由を探すより、どうすればこの問題を解決できるだろうとか、どうしたら上手く乗り切れるだろうとか、そう言う視点でモノを考える人たちばかりが運営に携わっているので。彼らを見ていると本当に勉強になりますね。

――企画側の方々も楽しんでいらっしゃる様子が伝わってきます

 すごく楽しんでますよ。夜中までメッセージが来ますからね(笑)。実は今はボランティアがしたいという人が凄く増えてきています。この時代にすごくないですか?皆さんボランティアを通じて子供達と一緒に楽しみたいんだと思うんですよね。子どもたちが笑顔になるのが見たいとか、子どもたちに大人が全力で楽しんでいる姿を見せたいとか、そういう気持ちも大人にはあるのかもしれないですね。

――バーチャレに関して、他のスポーツの関係者からの反響はありましたか

 他のスポーツの関係者とあまり会えていない状況なのですが、バーチャレを通じて新しい形が響いていたら嬉しいなと思いますね。面白いねと言ってくれる人は増えているので、それが形になるかどうかは横田のようなリーダーシップを取ることができる人間がいるかどうかによるのかなと思います。リスクを背負ってでも新しいことにチャレンジしてみようという人がバーチャレを通じて出てきたら、他のスポーツも盛り上がっていくのではないかと思います。特にマイナースポーツは、今がチャンスとも言えるのではないかと思うんですよね。思うように他のスポーツができない状況で、どんな形かは分からないですけど発信して盛り上げていくことができると良いのではないかなと思っています。

コロナ禍における学生スポーツ界の変化

――現在は大阪経済大学で指導にあたっていらっしゃいますが、活動状況はいかがですか

 状況としては、大阪はちょっと(感染者数が)増えてきているところで、部は自粛期間に入ってます。8月1日からは解禁になるので、最小限の人数にして、色々なところで振り分けて見ていくという形にはなってくるかなと。僕は色々な所に移動しながら、リスクを減らしながらやりたいと思っています。

――今の状況の指導については難しさを感じていらっしゃいますか

 いやー、難しいですね。実際、校舎とかの立ち入りとかも厳しくなってきている現状があるので、正直なところ競技を続けるうえでは厳しい環境ではありますけど、いい勉強になっていますね。学生もそうですけど、限られた環境の中でベストを尽くす、置かれた環境の中でベストな決断をするということが、結果的に競技力を効果的に高めることにつながりますし、競技以外にも色々なところで活かせる部分だと思うので。

――学生の指導にあたって日ごろ最も心がけていることに、どんなことがありますか

 僕の陸上にならないようにしたいなというのは、一番考えていることかもしれないですね。僕が作りたいチームにすることではなく彼らがどうしたいかということが最も大切だと思うので。自分たちでこのチームを運営しているという意識を持ってほしいなというのは、心がけていることです。

――コロナ禍にあって、指導する学生に特に意識的に伝えているメッセージはありますか

 現状は受け入れないといけない部分はあると思うんですよね。現状に嘆かずに、自分のベストを尽くしなさいという話はよくするかもしれないですね。コロナだから、○○だから仕方がないと諦める人生はもったいないよという話はよくさせてもらっています。こういう時こそ工夫が大切だと思うので、そう伝えています。

――練習が思うように積めない状況下にありながら、先日のホクレンディスタンスチャレンジでは長距離種目で好記録が続出しました。その要因をどのように考えますか

 例年は、春先からトラックシーズンに入っていってどんどん調子を上げていくというイメージだったと思うのですが、春先からレースに出続けてあまりピークが合っていなかった選手も多くいたと思います。今年はしっかりと春先に準備をしてレースを迎えることができたので、好記録が出ているのかもしれませんね。あとコンディションが良かったことも理由の一つだと思います。

――コロナウイルス感染状況が収束に向かった場合、今年のようなスケジュールは一つの選択肢になると思いますか

 難しいところですよね。世界を目指すとなると、世界に合わせたスケジュールで動く必要がありますし、目指すべき目標にたどり着けるようなスケジュールを組むことが大事だと思います。今年のようなスケジュールの組み方もあるという勉強になったことはすごく良いことだったと思います。

――高校の大会の数が減ったことで、スカウティングに影響はありましたか

 うち(大阪経済大学)ではあまりなかったです。

――バーチャレの動画をスカウティングに利用することはあり得ますか

 僕は活用しようと思っていますね。今後そういう材料にもなっていくのではないかと思っています。スカウティングをする上で過去の映像を見ることができるのはかなり有意義だと思っているので、走りの経年の変化を追うことができるのもバーチャレの良さなのかなと思います。

――タイムだけではなく、成長もスカウティングの基準にすることができれば、裾野を広げることにもつながるかもしれないですね

 そうだと思います。もっとバーチャレが広がれば、速い選手の動画も多く見ることができるようになるので、競技力向上にも活かしてもらえるのではないかなど、いろいろな期待をしています。

――大学陸上界でも先日出雲駅伝の中止が発表されるなど、大会の中止や延期が相次いでいます。今後大学生を対象とした企画を行う予定はありますか

 予定は今のところないですね。要望次第だと思います。やってみたいという大学生が出てくればもちろん検討する事項に入ってくると思いますし、個人的には面白いだろうなと思いますが、全日本インカレなど大きな大会が今のところ開催予定で、そちらを目指す学生が多いので、動いてはいないです。

――コロナ禍にあって何をすべきか模索している大学スポーツの関係者も多くいるのではないかと思います。その方たちにメッセージをお願いします

 それは私から何か言うのはおこがましいですね笑 先にすみませんと謝っておきます笑 協会や立場次第でいろいろな制約があるので一概には言えませんが、自分たちにできる範囲内で行動を起こしてみると案外楽しんでいただけるのではないでしょうか?ということですかね。大人が必死になって自分たちのために動いてくれている姿を見ることは学生にとっても凄くうれしいことなのではないかなと思います。企画の大きい小さいが問題なのではなくて、一人でも良かったと思ってくれる学生がいればそれはそれで正解なのかなと。そういうことの積み重ねが実は脈々と次の世代に繋がっていくのではないかなと思っています。

――ありがとうございました!

(取材・編集 名倉由夏、町田華子 写真 竹澤氏提供)

▽取材担当者から一言

バーチャレは単なるインターハイの代替大会にとどまらず、誰もが楽しめる陸上競技という新たな価値の普及に貢献しているようだ。学生スポーツの関係者の方々には、今だからこそすべきこと、できることは何か、再考するヒントにしてほしい。

◆竹澤健介(たけざわ・けんすけ)

1986年10月11日生まれ。兵庫・報徳学園高出身。男子5000メートル学生記録保持者。エスビー食品、住友電工での実業団生活を経て、現在は大阪経済大学で長距離ヘッドコーチを務める。早大在学中には、世界陸上選手権大阪大会、北京五輪に出場した。