【英国でサッカー学を修得した23歳の挑戦|第3回】最初に受けた“言葉”が選手に及ぼす影響 現在23歳の塚本修太は、サウサンプトン・ソレント大学(現ソレント大学)在学中に、FA(イングランドサッカー協会)の心理学レベル4(最高はレベル5)を取…

【英国でサッカー学を修得した23歳の挑戦|第3回】最初に受けた“言葉”が選手に及ぼす影響

 現在23歳の塚本修太は、サウサンプトン・ソレント大学(現ソレント大学)在学中に、FA(イングランドサッカー協会)の心理学レベル4(最高はレベル5)を取得した。

 面白い実験データがある。ある大学に2人のゲストコーチを招き紅白戦を行った。片方には理不尽なコーチがつき、試合中のミスに罵声を発し、次のような言葉を浴びせ続けた。

「オレたちは絶対に勝つんだ!」
「おまえはこうしておけばいいんだ」
「なんでそこでそんなパスを出すんだ!」

 一方、相手チームにはロジカルなコーチがつき、冷静な指示に終始した。

「相手がこう来たら、こんなチャレンジをしてみよう」
「とにかく自分たちの力を出し切ろう」

 結局、理不尽な言葉をかけ続けられたチームの選手たちは、チャレンジをせず責任逃れのプレーを選択するようになり、対照的にロジカルなコーチがついたチームは明らかに積極的なチャレンジが増えた。

 塚本が解説する。

「サッカーコーチが使い方に気をつけなければいけない言葉が『must』『should』です。指導者が、しなければいけない、するべきだ、という強要をすると、選手たちの回避的行動を促すことになり、ミスをしたくないというマインドが生まれた選手たちは、責任逃れの行動をするようになるんです」

 心理学では「プライミング(Priming)効果」と言われ、最初に受けた言葉は、その後の行動に影響を及ぼすのだという。

「ある場所に来た人たちに、老人を想起させる言葉を選ばせて帰ってもらうと、何人かは来る時より歩くスピードが落ちました。サッカーに置き換えれば、同じ選手にウインガーだと告げるのと、サイドハーフと告げるのでは、守備に戻って来る割合が変わってくる。ウインガーだと言われれば、より攻撃のタスクを、サイドハーフなら守備の役割を意識するわけです。このようにコーチのかける言葉で、選手のマインドや行動は変わってきます」

ただ「頑張ろう」では説得力を欠く

 指導者から前向きな言葉をかけられ続けた選手たちは積極志向になり、負けを連想させる言葉を聞き続ければ、どうしても負けをイメージしがちになる。

 サッカー界では、よく「気持ちを出して戦う」とか「気持ちの差が出た」などというコメントが飛び交う。だが、もはや「気持ちにもエビデンス(立証)が必要になっている」と塚本は指摘する。

「同じようにパッションで選手と向き合うにしても、どういうコミュニケーションの取り方をすれば効果的なのか、どんな言葉を駆使したほうが良いのか。主観で語るよりは、集積された何千ものサンプルを基にしたほうが確率が高い。それを調べもしないで、ただ頑張ろう、では説得力を欠きます」

 チームを指揮する場合は、同じハーフタイムでも、リードした場合と劣勢の時では話す内容を変える必要がある。

「勝っている時は、選手たちも乗っているので積極的な意見を引き出す方向で良いと思います。逆に負けている場合は、だいたい選手たちもどこが悪いか気づいているので、コーチが叱咤してもうるさいだけです。むしろ具体的に戦術を整えてあげるほうが効果的です」

 印象的だったのは、前半をリードされて終わった時のエディー・ジョーンズ(元ラグビー日本代表ヘッドコーチ)の対応だった。

「良くないのは分かっているよな。では修正して」

 これだけ言い残してロッカールームを出てしまった。

 またリバプールのユルゲン・クロップ監督は、「監督がハーフタイムを有効に使える時間は限られている。その中で簡潔に伝えることが重要。ずっと大声で叫んだり、選手を尋問したりするようなことは必要がない」と、大半を選手たちの自由にさせて、ラスト数分間だけ鼓舞して送り出すそうである。

「負けているからと感情に訴えるやり方は消耗品に近いので、継続するのが難しい。また高揚させ過ぎると、交感神経が高まり逆に集中の幅が狭まる危険性もあります」

リバプールの伝説的な逆転劇を導いたのは、頂上決戦ならではの劇薬的な処方箋

 リバプールには伝説的な試合がある。2004-05シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝で、前半に3失点をして絶望的な状況に追い込まれた。だがロッカールームには、サポーターが声を合わせる「You’ll never walk alone」と、すでに勝利を確信して沸き上がるACミランの選手たちの歓喜に満ちた声が響いてきた。

 それがリバプールの選手たちの反骨心に火をつけ、ラファエル・ベニテス監督は戦術変更をすると鼓舞して送り出す。そこからシナリオは一変し、リバプールは3点差を跳ね返し、PK戦の末に優勝を飾る。だがこれは、頂上決戦の特殊な事情ならではの劇薬的な処方箋だ。当然リーグ戦などで「継続的な効果を期待するのは難しい」ということになる。

(第4回へ続く)

[プロフィール]
塚本修太(つかもと・しゅうた)

1997年6月21日生まれ、茨城県出身。幼少期からサッカーを始め、小、中学校は地元のチームに所属したが高校は名門・前橋育英高校サッカー部に進学。度重なる怪我で高校2年の夏に中退したのち、サッカー指導者を目指すためにイギリスのソレント大学のフットボール学部に進学。サッカーを学問として勉強するなか、FAの心理学ライセンスはレベル5まであるなかで日本人で初めてレベル4まで取得。その他にもスカウト、分析、フィジカル、コーチングの資格を取得。コーチをしていた育成年代のチームは2年連続その地域での年間優秀チームに。昨年は小林祐希(ワースラント=ベフェレン)の個人分析官を担当した。(加部 究 / Kiwamu Kabe)

加部 究
1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近東京五輪からプラチナ世代まで約半世紀の歴史群像劇49編を収めた『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』(カンゼン)を上梓。『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(ともにカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。