「次世代エース。鍵山優真と佐藤駿」の記事はこちら>> フィギュアスケートファンなら誰もがあるお気に入りのプログラム。ときにはそれが人生を変えることも--そんな素敵なプログラムを、「この人」が教えてくれた。私が愛したプログラム(9)連載一覧は…

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 フィギュアスケートファンなら誰もがあるお気に入りのプログラム。ときにはそれが人生を変えることも--そんな素敵なプログラムを、「この人」が教えてくれた。

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無良崇人
『タッカー』鍵山優真



昨年の全日本選手権で総合3位となった鍵山優真のフリーの演技

 去年の全日本選手権男子で3位に入った鍵山優真選手のフリー『タッカー』(振付/佐藤操)には、度肝を抜かれました。

 全日本独特の空気に圧倒されたのか、前日のショートプログラム(SP)ではまさかの7位。トリプルアクセルに苦労していたと思います。でも、ジャンプのすばらしさはもとより、彼の伸び伸びとしたスケーティングは目を見張るものがありました。硬い動きが見られたSPとは別人だったフリーでは、プレッシャーから解放されて観客を味方につけて、すばらしい演技をやってのけました。

 あのレベルの演技をあの中で出せるというのは、リンクサイドで見ていて、ちょっと衝撃でした。ここ最近の中では一番、印象に残っているプログラムです。

 全体を通した堂々とした演技、4回転トーループを含めたジャンプの安定感の高さ、そして表現的な部分などはジュニア離れしていて、シニアにもそのまま通用するレベルになっていたと感じました。先を見据えた時に、ここからどう化けていくのだろうと期待感があります。表現力ではまだ伸びしろがいっぱいあると思いますし、将来性を感じます。

 おそらく、身体能力の高さがもともとあるのだと思いますけど、今後が楽しみだなと思う要因のひとつは、彼の跳ぶ4回転トーループの跳び方です。普通は上半身をあまり左に持っていきすぎないようにするのですが、彼は左側に傾けるように体を持っていけてしまう。あそこまで左側に傾けると、僕だったら体を締められないです。ジャンプの着氷や感覚はお父さん(鍵山正和)譲りなのでは。

 まず、GOE(出来栄え)加点が付きやすいジャンプですし、うまく勢いを生かして跳んでいるので、降りた後も着氷がきれいに流れてくれています。そして、あれが他のジャンプに応用できるようになってきたら、たぶん一気に跳べるジャンプの種類が増えてくるんじゃないかなと思います。

 彼のジャンプにはセンスがあります。他の3回転にしてもそうなのですが、うまく体を使う動きの中で跳んでいるから、軽さがあって、力いっぱい跳んでいる感じがしません。まだちょっと左側に外れることもあって失敗もしますけど、次の4回転の種類を習得していく中で、あの感覚がうまく使えるようになると、一気に変わってくるんだろうなと思って見ています。

 スピード感が落ちないところも彼のよさです。プログラム終盤になっても全然スピードが落ちないです。あとはとにかくスピンがうまいですよね。メチャクチャ回転が速い。トータル的に、どの要素を取ってもレベルが高いです。

 ジュニアでは、ジャンプは跳ぶけどスピン、ステップはへただったりとか、表現力がちょっと微妙だったりとかという子が多いんです。あの若さにして、全部の要素が平均点よりも上にあって、その上で安定した演技ができているわけです。

 鍵山選手は来季にむけて、4回転の種類を増やし、おそらく4回転サルコウに挑戦してくるはずです。4回転2種類を入れたプログラムでレベルアップを図ってくると思います。定評のあるエッジワークなど、基本的なスケーティングはもともとレベルが高いので、それをしっかりと維持しながら4回転の種類が増えていけば、シニアに上がっても絶対ジャッジの評価は上がってくると思います。

 今季、シニアの試合に出場したときにどうなるかなと、楽しみです。まだちょっと調子の波があって、ジャンプでボロボロ失敗することもあるかもしれませんけど、まだ若いですし、問題なく戦えるはずです。

『タッカー』を振り付けた佐藤操先生の振付師としての魅力は、ちょっとコミカルな動きを取り入れるのがうまく、その選手のよさを引き出せる方だと思っています。最初に操先生の振り付けで「さすがだな」と思ったのは、操先生がずっと振り付けを担当していた佐々木彰生くんのプログラムです。いろんなキャラクターになれるプログラムを作っていました。

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 優真選手の『タッカー』は昔の映画で、ミュージカルっぽいところもあって、ジャズの曲調に合わせて踊る大人のイメージがあります。でも、まだ優真選手が若いことや、彼自身のキャラクターもあってか、あどけなさがある表情をしたり、ちょっと背伸びしている感じがあって、それを意図して振り付けているのかなと思いました。

 もう少し年齢が上の人だったら、もっとクールさみたいなものを打ち出した振り付けになりそうですけど、このプログラムでは優真選手の若さとキャラクターを生かした振り付けになっていると感じています。

 SPのピアノ協奏曲『宿命』がどちらかというと重めなので、その対比もよかったと思います。SPとフリーのキャラをガラッと変えるというのは、意外と大事だったりします。フリーは明るくて、ちょっとコミカルな動きだったり、彼のスケーティングの軽やかさだったりがすごく生きている感じがしました。

 ある意味、大人と子供の狭間にいる年齢(17歳)じゃないですか。大人びた雰囲気が今後どんどん出てきて、熟成されて、いろいろな経験をしながらそれぞれの個性が出てくるわけです。そんな過渡期の時期だからこその、大人に入り始める段階というところの表現力をうまく使えているんじゃないかと。優真選手の父親である鍵山先生が、同じ『タッカー』というプログラムを滑っていたこともあって、なおさら優真選手自身にとって思い入れのあるナンバーなんだろうと感じます。

 僕の十八番プログラムは、競技用では2017-2018シーズンのフリー『オペラ座の怪人』(振付/チャーリー・ホワイト)です。この曲を使うのは、2014-2015シーズン以来、2度目でした。自分の表現という部分や、自分らしさをありのままに出して、すごくそれがはまり、自分を成長させてくれた曲でした。

 同じシーズンのエキシビションナンバー『美女と野獣』も同じく男性ボーカル系統でしたが、雄大さのある曲や男性ボーカルの力強さのある曲がすごく自然にスッと入ってくる。力強い演技が昔から自分の特徴でもありましたし、自分の武器でもあったと思います。

 ずっと大ちゃん(髙橋大輔)のスケートを見て育ってきましたが、やはり自分らしさというものを求めなきゃいけないし、そこから変えていかなきゃいけないとなった時に、『オペラ座の怪人』と出合って、こういう方向性が自分にすごく合っているなと思いました。現役最後の年に、何を滑るか決める時に、もう一回『オペラ座の怪人』をやりたいと思いました。

 僕にとってのプログラムは作品だと思っています。使っている曲はもともとの題材があるわけです。そのもともとのストーリーをいかに自分の作品として自分を表現できるかだと思います。だから、そこに個性が必要なんじゃないかなと思うんです。プログラムに個性がないとスカスカになってしまう。見応えを感じてもらうためには、やっぱり自分らしさや個性というものがあってこそだと思います。

 たまたま僕が育った時期は、(町田)樹みたいに芸術性を追求するタイプの選手もいたし、織田(信成)君みたいなコミカルなジャンルが得意な人もいたし、崇ちゃん(小塚崇彦)みたいにベーシックなスケーティングを持って表現を滑らかにやっていく選手もいた。それぞれがみんな違うキャラクターを持っていた時代でした。

 その中で、自分はどういう方向性でいくか、どういう選手になっていきたいか、どういうイメージの選手だと思われたいかということを、考えてやっていた時代でした。だからこそ、逆にいろいろなことを気づかせてもらったのかもしれないです。本当にいい時期に選手をやっていたと思います。

 その後に出てきた(羽生)結弦選手も、(宇野)昌磨選手もそうです。異なるキャラクターの選手が集まって試合をできるというのは、見る側としても面白いと感じてもらえる要素だと思います。

無良崇人
1991年2月11日生まれ。3歳でスケートを始め、2008年シニアデビュー。主な成績に2013年世界選手権8位、2014年四大陸選手権優勝など。2018年に現役引退を発表、現在はプロフィギュアスケーターとして活動中。