フィギュアスケートファンなら誰もがあるお気に入りのプログラム。ときにはそれが人生を変えることも--そんな素敵なプログラムを、「この人」が教えてくれた。銅メダルを獲得したソチ五輪のフリーで『ボレロ』を滑るカロリーナ・コストナー私が愛したプロ…

 フィギュアスケートファンなら誰もがあるお気に入りのプログラム。ときにはそれが人生を変えることも--そんな素敵なプログラムを、「この人」が教えてくれた。



銅メダルを獲得したソチ五輪のフリーで『ボレロ』を滑るカロリーナ・コストナー

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村上佳菜子
『ボレロ』カロリーナ・コストナー

 私のお気に入りのプログラムは、カロリーナ・コストナー選手が2014年ソチ五輪で滑ったフリー『ボレロ』(振付/ローリー・ニコル)です。
 
 コストナーさんの『ボレロ』は、同じメロディーを繰り返している中で、ストーリー性というよりは、コストナーさんの魅力で色づけている感じがします。『ボレロ』は黒と赤というイメージがあり、コストナーさんの衣装もその系統だったと思うのですが、私が演技を見た時はいろんな”色”が見えました。

 単調な曲で、すごく難しいはずなのに、4分10秒がすごく短く感じた演技でした。大人の女性の魅力と色気が滲み出る一方で、人柄のよさも醸し出していたように思いました。試合なのに試合じゃないような演技で、最後のステップのところは、見ている者全員、鳥肌が立つほど感極まっていたように感じました。もともとコストナーさんを尊敬していたのですが、特に『ボレロ』というプログラムは印象に残っています。

『ボレロ』はもともと男性が踊っていたものですが、それを女性版として昇華させた感じで滑っていたんじゃないかなと思います。特に最後のステップは、色っぽさだったり、女性の強さだったりが感じられた情熱的なものでした。試合なのでステップはしっかり踏まなきゃいけないんですけど、コストナーさんの長い手足を生かし、遠心力を使いながら踏んでいたステップがすごく素敵でした。

 私にとってコストナーさんがどういうスケーターだったか、ひと言でいうのは難しいです。ジュニアやノービス時代にコストナー選手を見ていた頃は、ジャンプの回転で日本にはあまり反対回りをする人がいなかったので、それが印象的でした。特に意識するようになったのは、「こういう風に見せられる選手になりたい」と思ったのがきっかけです。

 たまたまシニア1年目の時、グランプリ(GP)シリーズの2戦とも一緒なり、GPファイナルにも一緒に出場できました。最初は「ああ、テレビで見た人だ。やっぱり反対回りだから、(ジャンプを跳んだ後に)どこに行くかわからないな」という感じで一緒に滑っていました(笑)。そこから、コストナーさんを意識して見るようになって刺激を受けるようになりました。

 ケガから復帰したシーズンは難しいジャンプを回避していたコストナーさんでしたが、シーズンを重ねるごとに、フリップを入れたり、3回転+3回転の連続ジャンプを跳んだり、レベルを少しずつ上げてきました。私自身、年を重ねていくにしたがって、挑戦することが怖くなっていたので、コストナーさんの飽くなき向上心はすごく魅力的でした。

 アイスショーで見せるどのプログラムも鳥肌が立つものばかりで、一緒に試合やアイスショーに出るようになって、生でたくさん彼女の演技を見る機会に恵まれたこともあって、どんどんコストナーさんの魅力にはまっていきました。

 コストナーさんとは7歳違いですが、すごく優しい人で、いつも「ハーイ、カナコ」と言ってかわいがってくれます。私があまり英語をしゃべれないのに、一生懸命にわかるようにしゃべってくれて、微笑んでくれる。優しさがあふれちゃっているところが大好きです。

『ボレロ』もそうですが、コストナーさんのほとんどのプログラムはローリー・ニコルさんが振り付けています。私は一度も振り付けてもらったことがないので、どんな振付師の方かはわからないですが、(浅田)真央ちゃんも多くのプログラムをローリーさんに振り付けてもらっていましたよね。

 それらのプログラムを見ていると、すごく彩り豊かな振り付けをされる方だなと思います。誰が『ボレロ』を選曲したかはわかりませんが、あのプログラムはすごくコストナーさんのよさを理解したうえでの振り付けだったと思います。

 私自身のターニングポイントになったプログラムは3つあります。

 ひとつは世界ジュニア選手権で優勝した時のショートプログラム(SP)『ネクター・フラメンコ』で、真っ白い衣装で演技しました。フラメンコの先生と(樋口)美穂子先生と一緒に、一から振り付けたものです。曲中に足音や手を叩く音が入っていますが、あれはフラメンコの先生が実際に踊っている音なんです。初めてクリエイティブな部分に刺激を与えられたプログラムでした。

 2つ目が『バイオリン・ミューズ』です。コンテンポラリーダンスの平山素子先生に振り付けてもらったプログラムで、表現の部分をすごく刺激されるきっかけになった曲です。

 そして3つ目は、現役最後のプログラムとなった『トスカ』です。私のスケート人生の集大成だったと思いますし、滑っている感覚は今でも忘れないです。私にとって本当に現役最後のプログラムだから大切な曲です。

 2009-2010シーズンの『フラメンコ』の真っ白い衣装は、フラメンコの先生から薦められて決めたのですが、伸びない生地だったんです。当時、私は中学3年で、少しずつ身長が伸びていて、シーズン後半になると衣装がちょっときつくなってきました。ある日、私がその衣装を着ると、いつもと違うんです。「あれっ、(衣装の生地が)伸びてる」と母に言ったら、「それ、先生がさっき着てくれたから」と言ったんです(笑)。衣装の生地を伸ばすために、(山田)満知子先生が着てくださったんです。これはいい思い出になっています。

 私にとってのプログラムは、眠っている感性を引き出せる瞬間だと思います。普通に生活している時は出せない、奥にある感性を表に出す時間です。それを自分が滑っていて感じます。私は普通に生きているので、たぶんそれほど情熱的じゃないし、長いものに巻かれるタイプなんです(笑)。それでも、プログラムを滑る瞬間は、何にも代えられない気持ち良さがあります。

 いつも笑顔で元気がいいと言われますけど、滑る時の私が、暗い曲や強い曲のほうが得意だというのは、やはり眠っている自分の感性があって、実は暗いとか強いとか、そちらなんだろうということを感じます。

 見ている人が惹きつけられるプログラムというのは、やはり滑っている本人が演技に入り込めているからだと思います。入り込めるということは、自分が持っている感性が、その曲だったり、テーマだったりに合っているかに関わってくると思います。心を動かされる演技ができるプログラムというのでしょうか。たとえば、私が好きな羽生結弦選手のSP『バラード第1番』のようなプログラムです。

村上佳菜子
1994年11月7日生まれ。2010年世界ジュニア選手権で優勝し、シニアデビュー。現役時代の成績は2013年世界選手権4位、2014年四大陸選手権優勝、ソチ五輪12位など。2017年に現役引退後はプロスケーター、タレントとして活動中。