「J1全順位をあらためて予想」はこちら>> 先週の半ば、私の携帯が鳴った。相手はジーコ。私は急いで電話に出た。「リカルド、すまないが、週末に会うことはできなくなった。ユニホームは送るから住所を教えてくれ」 私はジーコやその他数人の選手ととも…

「J1全順位をあらためて予想」はこちら>>

 先週の半ば、私の携帯が鳴った。相手はジーコ。私は急いで電話に出た。

「リカルド、すまないが、週末に会うことはできなくなった。ユニホームは送るから住所を教えてくれ」

 私はジーコやその他数人の選手とともに、コロナ禍で苦しむ人々のためにチャリティオークションを企画しており、ジーコからも数枚のユニホームを供出してもらう話になっていた。

 会えない理由を彼はこう説明した。

「実は鹿島から、すぐに帰ってきてもらいたいという連絡を受けたんだ。この週末には日本に発つことになった」

 ジーコはJリーグのオフシーズンにブラジルに帰ると、パンデミックのため、そのままリオの家に滞在を続けていた。Jリーグ再開にあわせ帰国しようとしていたが、今の時期、国をまたいでの移動は難しく、日本行きは実現しないままだった。それでも、ジーコは地球の裏側からチームをできる限りサポートしていたという。



テクニカルディレクター・ジーコの目に現在の鹿島アントラーズはどう映っているのか photo by Sano Miki

「私は毎日、チームの様子の報告を受け、幹部やテクニカルスタッフとのオンライン会議にもできる限り参加していた。練習試合の動画も送られてきたので、チームの状態を確かめることもできた。誰がプレーし、誰がしていないか、誰がすでにレギュラーとしてプレーできる準備ができているか、などもよくわかった」

 こうした日々の報告を通じて、ジーコは改めてあることに気がついたという。

「前からわかっていたことではあったが、今回のことで、我々のチームはスタッフ誰もが真のプロフェッショナルであることを確認した。みんな高い専門性をもっていて、それぞれの観点から的確な報告をあげてくれた」

 ただ、それでも離れた場所からできることには限界があったとジーコは言う。

「チームの様子はわかったが、やはり物理的距離は大きな障害だった。時差もあり、私の声はダイレクトには届かない。もどかしかった」

 やはりチームのそばにいることが一番重要であるとジーコが感じていた矢先に、鹿島から戻ってきてほしいという連絡がきたというわけだ。先週の始めといえば、ちょうど浦和レッズ戦で鹿島がリーグ戦4連敗を喫したあとである。やはりそれが関係あるのだろうか?

「鹿島に常勝軍団の面影なし。不振の原因」はこちら>>

「最初の数試合で連敗したことを私はそれほど重くとらえてはいない。実際、翌週は横浜F・マリノスに4-2で勝利した。本来あるべきチームの姿に戻りつつあると思う。特に憂うような状況ではないはずだ。ただ、もっと頑張らなければならないのは確かだ。アントラーズは日本で一番強いチームでなければならない」

 ジーコは再開後の不調は一時的なものと捉えている。

「みんなこれまで何カ月も個別のトレーニングをしてきただけで、チームの全体練習ができるようになったのは最近だ。それまではコーチのきめ細かな指導もなかった。だから普通ではありえないような動きや、単純なパスミスもしているのが見て取れた。連敗が続いたのは、チームとしてまだ本格的に機能していなかったからだろう、フィジカルもまだ最高の状態ではない。だが、私は楽天的だ。彼らが勝つ力を持っているのは知っている。トップに君臨出来る力も十分にある。スタッフも優秀な者がそろっている」

 サポーターの不在もプレーに響いたのではないかとジーコは考えている。

「鹿島の選手は大勢のサポーターの声援を受けてプレーするのに慣れている。サッカーをしたことがない人にはわからないかもしれないが、声援の多寡はプレーに大きく影響するものだ」

 そんなチームに、ジーコは新たなモチベーションを与えたいと思っている。

「私ひとりが来たからといってチームを即座に変えることはできない。しかし、何らかの力を与えることはできるはずだ。勝利への道を一緒に模索していきたい」

 ジーコが一番懸念していたのは、チームが負のスパイラルに陥っていないかということだ。

「長年日本人と接していると、日本人は極度に間違えることを恐れていると感じる。なんでも完璧にしたがる。だから、いつもと違う形のサッカーにはトラウマを感じるのかもしれない。しかし、それは違う。今はサッカーが帰ってきたことが一番重要な事実だ。

 サッカーでは心の持ちようがプレーに影響する。精神面は最も重要なもののひとつだが、日本人はその比重が倍だろう。悪いスタートを切ったら、なかなか軌道修正をすることができない。これは日本人の文化的な背景にもよる」

 一番重要なのは「選手たちに自信を持たせること」だとジーコは言う。彼の今回の日本行きの最大の目的は、ジーコ自身が選手に直接語りかけることだ。

「選手たちに会ったら、まずこう言いたい。『君たちには才能がある、もっともっと力を出すことができる。鹿島のユニホームをまとっているということは、才能が、聡明さがあるという何よりの証拠だ。私は信じている。君たちは全員、私とテクニカルスタッフが慎重に選んだ選手だ。我々は君たち以上に君たちの才能を知っている。もしうまくいっていないなら、それは試合へのアプローチの仕方が間違っているからだ。しかし心配することはない。もし間違っていたら、もう一度やり直せばいい。一緒にやっていこう!』と」

 メンタリティのあり方を修正し、練習でフィジカルとチームワークを取り戻せば、鹿島は短期間のうちに本来の姿に戻るとジーコは信じている。

「どんなにビデオを見ても、実際に選手と向かい合い、その目を見て話をしなければわからないことがある。何が問題なのか、何を感じているのか、ひとりひとりの問題を解決する助けとなりたい。私が日本に行くことで、鹿島とはどういうチームかを選手たちに思い出してもらいたい。そのためにはどんな犠牲を払ってもいいと思う」

 この時期にブラジルから日本へ行くのは大変なことである。ジーコはブラジル出発前にPCR検査、抗原検査、抗体検査の3種類の検査を受けたが、結果はすべて陰性だった。ただ、日本に着いてからもまた新たに検査を受けねばならず、これが陰性であっても、2週間は自宅(もしくは指定された施設)待機で、不要不急の外出を避けなければならない。

「でも、心配はしていない。いつ日本に行ってもいいよう、この数カ月、細心の注意を払って行動してきた。たぶん日本に行っても陰性だろう」

 大変なのはコロナ対策だけではない。旅行者がほとんどいない現在、多くの航空会社は減便している。日本行きの便はなかなか見つからない。

「結局、リオからまずサンパウロに行き、そこからフランクフルトに飛んで、最終的にはドイツから東京に向かうことになったよ」

 3月で67歳になったジーコにとっては、かなりきつい長旅だろう。だが、それでもジーコはアントラーズのそばにいることを望んだ。

「私は日本から多くのことを学んだ。今回のパンデミックにも冷静に対処している。そんな誠実で尊敬できる日本と関わりを持てたことをうれしく思う。だから鹿島のため、日本のサッカーのため、私のベストを尽くすつもりだ」