>「出場機会に飢えていた選手たちがしっかりとパーソナリティを出して、いいテンポでゲームに入ってくれた」 前節の湘南ベルマーレ戦で、ネルシーニョ監督はこれまでに出場機会の少なかった選手たちをスタメンに抜擢した。すると、起用に応えた彼らの活躍で…

「出場機会に飢えていた選手たちがしっかりとパーソナリティを出して、いいテンポでゲームに入ってくれた」

 前節の湘南ベルマーレ戦で、ネルシーニョ監督はこれまでに出場機会の少なかった選手たちをスタメンに抜擢した。すると、起用に応えた彼らの活躍で3−2と勝利を収め、連敗を3でストップしている。



浦和レッズ戦でハイパフォーマンスを見せた中村航輔

 それから中3日で迎えた第6節の浦和レッズ戦。ハードスケジュールを考慮すれば再度、選手の入れ替えが考えられたが、指揮官は先発にまったく同じメンバーを選択した。コンディションよりも、勢いを買ったというわけだ。

 もっともその勢いは、浦和の前に沈黙した。相手の縦に速い攻撃に手こずると、敏捷性に長けた武藤雄樹とレオナルドの2トップに、やすやすとバイタルエリアへの侵入を許してしまう。開始3分に武藤にあわやというシュートを見舞われると、6分、8分、15分と、立て続けに危ないシーンを迎えた。

 防戦一方の展開を余儀なくされるなか、チームに活力を注入したのはGK中村航輔だった。22分、フリーのファブリシオがエリア内から放ったシュートを、驚異的な反応でストップ。このビッグセーブが流れを変えるターニングポイントとなったのだ。

 この中村も”出場機会に飢えていた選手”のひとりである。

 日本代表にも名を連ねる25歳のGKは、しかし、開幕前の負傷で出遅れた。リーグ再開後に復帰したものの、代わって正GKを務めていた新加入のキム・スンギュの牙城を崩せないでいた。

 キム・スンギュは今年30歳を迎える現役韓国代表の実力者だ。

 2016年に蔚山現代からヴィッセル神戸に加入した長身GKは、3シーズン半に渡って守護神として活躍した。超人的なセービング能力だけでなく、正確なキックも持ちあわせ、攻撃の起点としても機能。2013年から名を連ねる韓国代表では通算43試合に出場し、2014年、2018年と2度のワールドカップも経験している。

 ところが2019年、大型補強を進める神戸において、外国籍枠の影響から出場機会を失うと、同年夏に古巣の蔚山現代に復帰。そして今年、神戸時代に師事したネルシーニョ監督のもとでのプレーを求め、柏への加入を決断。負傷した中村を差し置いて、開幕戦からピッチに立っていた。

 中村にとっては、越えなければいけない壁である。2016年にリオ五輪に出場し、2018年にはロシアワールドカップのメンバーにも選ばれた。柏で不動の地位を築いていたものの、このライバルの加入が中村に大きな危機感を生み出していることは想像に難くない。

「僕自身が評価する立場ではないと思っていますが、誰もが認める選手であって、Jリーグでもベストのうちに入る選手。GKのポジションはひとつしかないですが、同じレイソルのユニフォームを着て戦う大事な仲間だと思っています」

 中村自身は、両者のライバル関係をあおりたい周囲の声を冷静に制したが、日韓の代表GKがひとつのポジションを奪い合う柏の守護神争いは、間違いなくJリーグで最もハイレベルなものである。

 後塵を拝していた中村だったが、柏は第2節から3連敗。第3節の横浜FC戦、第4節の川崎フロンターレ戦と、2試合連続で3失点を喫していた。

 もちろん、すべての責任がキム・スンギュにあるわけではない。だが、流れを変えたいネルシーニョ監督は、その役割を”出場機会に飢えていた選手”に託した。中村も前節の湘南戦でようやく、今季初出場の機会を手にしたのだった。

 湘南戦では2失点を喫したものの、連敗を食い止める勝利に貢献。浦和戦では今季初の完封勝利を実現している。ひげを蓄え、すごみを増した風貌で、柏のゴール前で圧倒的な存在感を放ったのだ。

 32分に先制したあともピンチが続いたが、中村の集中力が途切れることはなかった。前半終了間際、あとは押し込むだけという関根貴大のシュートを間一髪で防ぐと、後半にも至近距離からの伊藤涼太郎のボレーをセーブ。「攻略するのはもはや不可能」。そう思わせるほどのハイパフォーマンスだった。

「開幕前にケガをしたことは不運でしたけど、メディカルスタッフをはじめとして全力でサポートしてくれたので、帰ってこられてうれしい。毎試合いいパフォーマンスでレイソルのためにやろうという気持ちはありますが、それが叶わない時もあるのかなと思っています」

 MOM級の活躍を見せたものの、立場は安泰ではないと理解している。謙虚な姿勢を保ち、中村はキム・スンギュとのポジション争いに臨む覚悟だ。

“出場機会に飢えていた”のは、中村だけではない。

 CBコンビの高橋祐治と大南拓磨、左SBの三丸拡、両サイドハーフを務めた仲間隼斗と神谷優太。彼らはいずれも今季加入した新戦力だ。神谷をのぞけば、いずれも前節が初スタメン。そのチャンスをものにし、今節も堂々たるパフォーマンスを見せつけた。

 彼らの躍動の裏には、ネルシーニョ監督のマネジメント能力があることも忘れてはいけない。メンバーを固定せず、調子のよい者にチャンスを与えていく。数字がそれを物語る。

 第5節終了時点でスタメンに起用された選手は24人。これはリーグダントツだ。川崎が14人、名古屋グランパスが15人と、上位陣が比較的少なく、下位に行くほどその数が増える傾向があるのは当然ではある。頻繁なスタメンの入れ替えは、組織つくりに混乱をもたらすデメリットもあるだろう。

 それでもネルシーニョ監督は、メンバーを代えることにためらいはない。

 主軸に危機感をもたらし、サブ組のやる気を導き出す。そうして刺激を与えながら、チーム強化を推し進めていることがうかがえる。今季のハードスケジュールも考慮しているのだろう。試合を重ねるごとに手駒を着実に増やしている印象だ。

「トレーニングの成果が結果に出たことをうれしく思います。選手たちがよく理解してやってくれた」

 中村vsキム・スンギュのほかにも、今の柏は各ポジションでハイレベルなポジション争いが展開されている。奇しくもこの日、70回目の誕生日を迎えた名将にとって、この争いこそが最高のプレゼントだろう。