元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説~2020年7月場所編元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。新型コロナウイルスの感染拡大の影響によって、夏場所(5月場所)は中止となってしまったが、7月…

元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説
~2020年7月場所編

元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。新型コロナウイルスの感染拡大の影響によって、夏場所(5月場所)は中止となってしまったが、7月19日から両国国技館で7月場所が開催されている。今回は、無観客で行なわれた春場所(3月場所)と同様、例年とは違った形で行なわれているこの場所の展望をうかがった--。

 およそ4カ月ぶりとなる本場所、大相撲7月場所が7月19日から始まりました。

 新型コロナウイルスの感染が拡大しつつあるなか、春場所(3月場所)は感染拡大防止のため、無観客で開催されました。そして、当初開催予定だった夏場所(5月場所)は緊急事態宣言が延長されたこともあり、開催中止となりました。

 迎えた7月場所。本来であれば、愛知県名古屋市で「名古屋場所」として行なわれる予定でした。しかし、東京から名古屋への大人数での移動、長期滞在などによる感染リスクを避けるため、東京・両国国技館での異例の開催となりました。

 それでも、無観客での開催予定から、定員の4分の1、約2500人のお客さまに来場していだけるようになりました。大相撲らしい風景が少し戻ってきた印象があります。

 ともあれ、部屋を預かる師匠として、ここまでの道のりは険しいものでした。

 春場所では「1人でも感染者が出たら、その時点で中止」という厳しい状況にあったため、若手力士らは手弁当を持って本場所に通いました。移動の際には、公共交通機関の使用も禁止されていました。そうして、なんとか春場所を乗り切って東京に戻ると、4月には緊急事態宣言が発令。みなさんと同様、相撲協会員の不要不急の外出は、原則禁止となりました。

 相撲部屋は団体生活ですから、感染のリスクは普通のご家庭よりも高くなります。ですから、私の部屋でもいろいろと工夫をして、感染予防対策を施してきました。

 まず、朝稽古を2部制としました。約20名の弟子たちが同じ時間に一遍に稽古をすれば、どうしても”密”が生まれてしまいますからね。

 それで、朝7時からの第1部と、9時からの第2部と分けて稽古。稽古を終えた者から順番に風呂に入ったり、ちゃんこを食べたりして、なるべく”密”にならないようにしていました。

 さらに、居住空間も改善。これまでは、若い力士たちは2階の大部屋でみんな一緒に寝ていましたが、1階と2階の部屋にそれぞれ分かれて生活するようにしました。

「ステイホーム」が重視されていましたから、当然外出は禁止。通院以外は認めず、買い出しに行く際には、代表者1人を決めて、その者がみんなの分をまとめて購入してくる形を取りました。力士たちにとっては、苦しい日々だったと思います。

 しかしながら、それはみなさんも一緒。また、相撲協会一丸となって感染を防止しなければ、本場所の土俵に上がることができないわけですから、「今は我慢の時期」と、弟子たちには日々言い聞かせていました。

 稽古においては、相撲協会から「ぶつかり稽古などの接触の多い稽古は自粛するように……」などの通達もありました。そのため、緊急事態宣言が出されている間は、基礎運動だけにとどめることに。それが解除されてからは、基礎運動のほか、希望する力士は三番稽古などを行なって、実戦感覚を養っていました。

 いろいろと制約がある厳しい状況下にあっても、「強くなろう!」と思えば、いくらでもやることはあります。部屋の師匠としては、弟子それぞれの、相撲に対する意識や姿勢が改めてわかる時間でもありましたね。

 こうして、感染者が出ないように日々気を遣いながら、大変な時間を過ごしてきましたが、晴れて本場所を迎えることができました。本当に喜ばしいことだと思っています。ファンのみなさんに最後まで本場所を楽しんでいただけるよう、これからも気を緩めることなく、感染予防対策をきちんとして、日々過ごしていきたいと思います。




7月場所で注目される新大関の朝乃山

 さて、肝心の大相撲ですが、7月場所の話題の中心となるのは、新大関・朝乃山でしょう。初日は、このところ力をつけてきている隆の勝と対戦しましたが、左上手を取って送り出し。完勝に近い相撲で、「強い!」のひと言でした。

 私は経験がないからわかりませんが、新大関の場所というのは「緊張する」と言われています。しかし、朝乃山はのびのびと相撲が取れているように思います。春場所後に大関昇進が決まった朝乃山。もしかすると、そこから4カ月もの時間が開いたので、”新大関”という感覚が薄れたのかもしれませんね。実際、その取り口からは、変なプレッシャーが感じられず、今場所でも快進撃が見られそうです。

 一方、場所を引っ張ってもらいたい白鵬と鶴竜の両横綱は、初日の相撲を見て、ややもたついている印象を受けました。

 とりわけ鶴竜は、遠藤にすそ払いをしようとして、逆に腰砕けで黒星。器用な力士だからこそ、墓穴を掘ってしまったのですが、結果、2日目から休場とは残念です。実戦稽古が足りなかったのもあるのでしょうが、それは皆、同じ条件ですからね。

 白鵬は、もともとスロースターター。場所が進んでいけば、調子を上げていくと見ています。

 個人的に楽しみにしているのは、前頭筆頭まで番付を上げてきた豊山です。前回のこのコラムでは、同じ時津風部屋の正代を期待の力士として名前を挙げましたが、彼は西関脇だった春場所で期待どおり勝ち越し。今場所は東関脇の地位につきました。その実力者と毎日稽古ができる、という点が何より大きいです。

 加えて、身長185cm、体重175kgと体にも恵まれています。初日から上位との対戦が続く今場所は勝ち星が上がらないかもしれませんが、そこでの経験を存分に生かしてほしいと思っています。もちろん、体もあって、突っ張りの威力も増しているので、番狂わせを起こす可能性も大いにあります。

 もうひとり、序二段まで落ちながら、奇跡の復活を遂げて再入幕を果たした元大関・照ノ富士にも注目しています。ヒザの大ケガと付き合いながらも、どっしりと相撲を取っています。よくがんばっているな、と思います。

 ところで、春場所後の4カ月の間に、豊ノ島、蒼国来、栃煌山といった個性派力士が引退しました。そして、私の部屋からも元幕内・青狼が7月13日付けで引退しました。

 青狼は、私がモンゴルにスカウトに出向いて、2005年に錣山部屋に入門。8年かけて十両に上がった苦労人です。稽古場では、準備運動や稽古をいつも黙々とこなしていました。私から、彼に教えることはあっても、叱ることは一切ありませんでした。長い間、部屋の若い力士たちのいい手本になってくれていたと思います。

 昨秋、髄膜炎という大病を患ったこともあって、このたび引退を決めました。今後はモンゴルに帰って、不動産業に就く予定だそうです。

 がんばった弟子の未来に幸あれ--そう祈っています。



photo by Kai Keijiro

錣山(しころやま)親方
元関脇・寺尾。1963年2月2日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は得意の突っ張りなどで活躍。相撲界屈指の甘いマスクと引き締まった筋肉質の体つきで、女性ファンからの人気も高かった。2002年9月場所限りで引退。引退後は年寄・錣山を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方を経て、2004年1月に錣山部屋を創設した。現在は後進の育成に日々力を注いでいる。