サッカー名将列伝第7回 マルセロ・ビエルサ世界の美女サッカー選手たちはこちら>>革新的な戦術や魅力的なサッカー、無類の勝負強さで、見る者を熱くさせてきた、サッカー界の名将の仕事を紹介する。今回は、イングランド古豪リーズをプレミアリーグに昇格…

サッカー名将列伝
第7回 マルセロ・ビエルサ

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革新的な戦術や魅力的なサッカー、無類の勝負強さで、見る者を熱くさせてきた、サッカー界の名将の仕事を紹介する。今回は、イングランド古豪リーズをプレミアリーグに昇格させ話題となっているマルセロ・ビエルサ監督。弱者を率いて強者を倒す。関わるクラブと街を幸せにするサッカーの真髄に迫る。

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<幸福請負人の監督>

 リーズ・ユナイテッドのプレミアリーグへの昇格が決まった。降格から17年、リーズの街はさぞ盛り上がっていることだろう。



リーズを指揮するビエルサ監督(写真右)。テクニカルエリアでしゃがむお馴染みのスタイルは健在

 リーズは、プレミアリーグへ移行する以前は強豪クラブの1つだった。3回のリーグ優勝歴があり、1970年代にはビリー・ブレムナー、ピーター・ロリマー、アラン・クラークなどの名選手が活躍している。かつて栄華を誇っただけに、下部リーグからなかなか這い上がれないと焦燥感も強くなる。リーズのファンは情熱的なことでも知られている。

 消化不良の情熱がとぐろを巻き、どこよりも勝利を渇望している街は、まさにマルセロ・ビエルサにうってつけだった。

 1998年から2004年までアルゼンチン代表を率いた後のビエルサは、チリ代表監督を経て、アスレティック・ビルバオ(スペイン)、マルセイユ(フランス)、ラツィオ(イタリア/2日で辞任)、リール(フランス/シーズンが始まり間もない11月に解任)とクラブチームの監督を歴任している。

 ラツィオとリールはカウントしなくていいかもしれないが、ビルバオとマルセイユ、そして18年から指揮を執っているリーズは、環境がよく似ている。いずれもサッカー熱の非常に高い街で、かつて栄光を築いた名門。そして現状は燻(くすぶ)っている。

 だからこそ、ビエルサはそこへ行くのだと思う。

 金で動くタイプではない。タイトルを獲れそうなチームでもない。そもそも、ビエルサはいわゆる「優勝請負人」ではない。言ってみれば「幸福請負人」だ。勝利を渇望する人々に夢と希望を与え、クラブと街を活性化させる。枯れ木に花を咲かせてみせる。この分野では現在、並ぶ者のない監督だろう。

 ビエルサ監督の率いるチームの特徴として、自分たちより強いチームに強いということがある。強い相手に怯まず、真っ向から勝負して、時にねじ伏せてみせる。もともと戦力的に劣っているはずなのに、とてもそうは思えないプレーぶりなので、まるで魔法をかけたみたいだ。

 ビルバオ時代は全盛期のバルセロナに引かずに戦って引き分け、相手の監督だったジョゼップ・グアルディオラを感動させた。マルセイユでは序盤に首位を突っ走った。

 ただ勝つのではなく、ファンが誇りに思えるような勝ち方をするのだ。

<魔法の戦術>

 ビエルサのマジックには理由がある。どのチームを率いても、そのメソッドはほぼ同じだ。まず、守備は基本的にマンツーマンである。

 マンツーマンは相手をつかえまえきった時点で、パスの出先にすべて強い圧力がかかる。もちろん1対1で外された時には一気に攻め込まれる危険もあるが、強い相手ほど自陣からパスをつなごうとするので、マンツーマンがハマれば相手陣でボールを奪い返すことができる。

 格上との実力差を詰める、またはなくしてしまうという点で、マンツーマンが効果的であることは、これまでビエルサが率いたチームで証明されている。

 もう1つは、攻撃面でのオートマティズム。パターンとは少し違っていて、さまざまな状況でどうプレーすべきか、どういう選択肢があるかをトレーニングで仕込んでいる。試合中の判断は選手に任せられているが、判断の質を一定水準まで引き上げていくのがビエルサ方式だ。

 マンマークでの厳しい守備、いっせいに数人が動き出すような攻撃。攻守の切り替えも速く、好調時には相手を巻き込んで分解してしまうような破壊力がある。中位ぐらいのチームを、一気にジャンプアップさせるのに向いているスタイルだろう。

<細分化されたトレーニング>

 ビエルサのトレーニングは有名だ。ビルバオを率いていた時に見に行ったことがある。地元ファンだけでなく、各国メディアやコーチも来ていて、社会学習で見学に来ていた地元の小学生たちの姿もあった。たぶん100人以上いたと思う。

 すでに練習グラウンドには、コーンやパイロンが並べられ、人型の金具があちこちに突き立てられ、サンドバッグみたいな人形もあり、白いテープもところどころ貼られている。上から見る光景は、まるでナスカの地上絵のようだった。

 選手が登場してトレーニングが始まる。グループごとに各所に分かれ、それぞれのメニューに取り組む。基本的に相手はつけない。つまり、あらかじめ正解の決まっている練習だ。全体で200ぐらいのメニューがあるようだが、1つにかける時間はせいぜい10分ぐらい。流れ作業のように次々にこなしていく。

 たとえば、クロスボールをシュートするメニューでは、クロスを蹴る位置に合わせてゴール前に配置する敵味方に見立てた人形の位置が変化する。クロスを蹴るまでの過程もそれぞれ。どの位置からのクロスなら、相手DFの配置がどうなり、従ってどこを狙うべきかが状況によって決まっているわけだ。

 テープでレーンを区切り、空いているレーンを狙っていくスルーパスの練習、縦パスをコントロールして前を向くのも数パターンあった。なかには何のためにやっているのかわからないメニューもあったが、とてもよく考えられていて、見ていて「なるほど」と思うものが多かった。

 ビエルサは試合で起こる状況を細分化していて、その1つ1つをメニューに落とし込んでいるのだ。紅白戦なら1回あるかないかのプレーを、短い時間に3~5回ほど練習する。たぶんそんな感じだと思う。それぞれはバラバラに見えるが、ひと通り終えるとつながりが見えてくる。そして、何周かすると飛躍的にチームが進化する。

 ただ、プレー強度の高さからリーグ終盤に息切れすることも多々あり、ビエルサの率いるクラブチームがシーズンタイトルを獲ったのは監督を始めたニューウェルス(アルゼンチン)だけだ。グアルディオラをはじめ、多くの指導者から尊敬されているビエルサだが、決して常勝監督ではないのだ。

 ワーカホリックなほど仕事に打ち込む姿は常軌を逸しているところもあるが、その誠実な姿勢でどの街へ行ってもファンから愛されてきた。ファンと街の人々に誇りと希望を取り戻させ、サッカーで人々を幸せにする。

 だからこの先、ビエルサが1つもタイトルが獲れなくても、尊敬される監督でありつづけるだろう。

マルセロ・ビエルサ
Marcelo Bielsa/1955年7月21日生まれ。アルゼンチン・ロサリオ出身。25歳で現役を引退し、コーチの道へ。アルゼンチンやメキシコのクラブを率いたのち、アルゼンチン代表、チリ代表を指揮し、独特の戦術で評価を得る。その後、ヨーロッパのクラブの監督を歴任。18年からイングランドのリーズの監督に就任すると、今シーズンプレミアリーグ昇格を果たした