> F1第3戦ハンガリーGP決勝のスターティンググリッドへと各車が向かうなかで、衝撃的な映像が飛び込んで来た。「ウォールにヒットした」グリッド上で交換作業を急ぐレッドブルのメカニックたち マックス・フェルスタッペンが濡れた路面に足をすく…

 F1第3戦ハンガリーGP決勝のスターティンググリッドへと各車が向かうなかで、衝撃的な映像が飛び込んで来た。

「ウォールにヒットした」



グリッド上で交換作業を急ぐレッドブルのメカニックたち

 マックス・フェルスタッペンが濡れた路面に足をすくわれ、止まりきれずにクラッシュ。フロントウイングを失い、左フロントサスペンションを壊しながら、なんとかグリッドへと辿り着いた。

「正直言ってあの瞬間、すべて終わったと思った。ロックアップしてしまって、ブレーキを離してまた踏んだらまたロックして、それでまっすぐコースオフしてしまったんだ。

 グリッド上で起きたことは、みんなも目にしたと思う。ただ、マシンを降りた瞬間は『終わった』って言ったけど、そこからのメカニックのみんなの仕事は本当にすばらしかった」

 グリッド上での作業終了時間まで、12分ほどしかなかった。もしサスペンション全体を交換するなら、通常は1時間半かかる。

 しかし、問題箇所はトラックロッド(ステアリングアーム)とプッシュロッドだけで、モノコックに直付けされた上下ウィッシュボーンは無事だった。そこでレッドブルは、本来の左フロント担当メカニック以外も総出で左サスペンションを取り囲むように交換作業にあたり、残り25秒の時点で作業完了に成功した。

 F1マシンはエリアごとに担当が細分化され、そのエリアを担当するメカニックはパーツを知り尽くしたスペシャリストだ。どんな作業にどれだけ時間がかかるかも、正確に把握している。

 だからこそ、この作業を制限時間内に終える難しさもわかったうえで、「全力を尽くせば自分たちならやれる」という自信と誇りもあったのだろう。

 ミリ単位どころではない正確さが要求される繊細な作業を、彼らは完璧にやり切った。同時に非破壊検査装置を持ち出して、残りのサスペンションアームの安全性を確認することも怠らなかった。

 コクピット内で作業完了の時を待っていたフェルスタッペンはクリスチャン・ホーナー代表と握手し、フォーメーションラップへと出ていった。

「みんな、信じられないほどすばらしい仕事をしてくれて、本当にありがとう」

 このメカニックたちの驚異的な仕事ぶりが、フェルスタッペンに火を点けたことは間違いなかった。

 ハンガロリンクでのRB16は、昨年ポールポジションを獲った場所とは思えないほど挙動が定まらず、金曜から苦戦し続けていた。

 予選ではQ3に新品タイヤが1セットしか残せないほど追い詰められ、去年の自分たちのタイムすら上回ることができず、フェルタッペンは7位に終わった。アレクサンダー・アルボンに至っては13位でQ2敗退という有様だった。

 コーナーの入口では、ステアリングを切ってもクルマが曲がっていかず、コーナーのエイペックスを過ぎたあたりから急にリアが乱れ、激しくステアリング修正をしながら立ち上がって行かなければならない。その結果、コーナーの出口でもトラクションがなく、加速が遅れることになる。

「コーナー中のマシンバランスがよくないんだ。アンダーステア、オーバーステア、グリップがなくてスナップする。トップスピードもあまりないし。すべてが合わさって、マシンパッケージとしてとにかく遅い。限界ギリギリで走ると挙動がトリッキーになって、リアを失ったり、アンダーステアが出たりするんだ」

 レッドブル・リンクでの2戦でもいくつかのコーナーで出ていたこの症状が、曲がりくねったハンガロリンクではほとんどのコーナーで出ていた。その結果、メルセデスAMGが昨年のタイムを1秒以上縮めたのに対し、レッドブルは昨年よりも遅いという信じられない事態になってしまった。

 今季3戦目にして、この問題の原因はセットアップではなく、空力パッケージそのものにあることがわかってきた。

 マシンの限界点で走る予選では極端にナーバスな挙動になるが、燃料が重い状態でタイヤを労って走るためにマシンの限界点を使うことが少ない決勝では安定した走りができる。実際、予選で大差をつけられたレーシングポイントに対し、決勝では50秒近い大差をつけた。

 RB16自体の素性は悪くない。だが、限界点での最大ダウンフォース量が安定しないことが問題なのだ。

 どれだけ最大ダウンフォース量が優れていても、コーナリング中に一瞬でもそれが大きく抜けるのであれば、ドライバーはマシンを信頼してコーナリングすることはできない。抜ける瞬間がいつ来るのかわかっていれば対処もできるが、それがわからないから、抜けた際には大きくタイムロスをする。

 それが嫌なら、マージンを残して走らざるを得ない。決勝では後者だから、安定したタイムを刻むことができる。

 ホーナー代表はRB16が抱える問題をこう語る。

「おそらく、空力的に何かが正しく機能していないと思う。まずはそれを理解し、修正しなければならない。ある状況下では想定どおりの挙動を示してくれるし、マシンの基礎的な部分はしっかりしている。すばらしいマシンであることはわかっているんだ。

 ただ問題は、我々のシミュレーションツールが予測したとおりの挙動を(実走状態で)マシンが見せてくれないことだ。その原因を究明しなければならない」

 空力パッケージそのものの問題であるということは、原因の究明に次いで対策パーツの設計製造も必要になる。つまり、一朝一夕に改善することは難しい、ということでもあるのだ。

 これを少しでも補うために、ホンダはハンガリーGP決勝でこれまで以上に攻めた使い方をした。

 ハンガロリンクは全開率が低く、パワーセンシティビティ(出力がラップタイムに与える影響)が低いが、パワーがないよりはあったほうがラップタイムが速くなることは間違いないからだ。

 ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはこう語る。

「今日は相対的な戦闘力を上げるためにも、レース状況を見ながらプッシュ気味にパワーユニットを使いました。『パッケージとして対他競争力が弱いよね』という声に対し、ホンダとして何ができるのかを考えてやりました」




フェルスタッペンの2位表彰台はチーム全員で勝ち取った

 これは、ホンダが開幕2戦で出力を抑えてコンサバティブに使っていたという意味ではない。

 開幕時点では8戦目までしかカレンダーが確定しておらず、パワーユニットマニュファクチャラーには当初、FIAから「14戦以下で年間2基を前提にシーズンを戦うよう」通達がなされていた。

 しかし、ムジェロ(第9戦トスカーナGP)とソチ(第10戦ロシアGP)の開催が正式に決まり、その後のシーズンの見通しが立ったことで、主要コンポーネントが3基使用可能になる年間15戦を超える可能性が高くなってきた。

 1基で7戦走らなければならなかったものが、5戦程度で済むかもしれない。

 その判断もリスクではあるが、車体で大きく劣っている現状を少しでも補うために、パワーユニット側がリスクを取って攻めていこうということだ。

「これまで抑えていたのではなくて、(1基あたり使えるトータルの)貯金額は決まっているので、この貯金をいつまでに使いきればいいんだ、という考え方を少し変えてみました。(シーズンが15戦以下となった場合)2基でどうやって戦っていこうかと考えたとき、1基あたり7レースと考えているものをどう割り振るかを考えたうえで、とくにレッドブルは劣勢だったのでプッシュすることにしました」

 ハンガリーGPの週末は予想以上の苦戦を強いられたことで、フェルスタッペンのドライビングにもやや集中力に欠ける点が見え隠れしていた。

 しかし、スタート前のメカニックたちの懸命の努力、そしてホンダのプッシュ。車体の空力問題を補うため、全員がプッシュしあったことで、フェルスタッペンの心にも火が点いた。

 決勝ではウエットコンディションのスタートで一気に3位まで浮上。インターミディエイトタイヤでの走行を1周長く引っ張ったことで、ランス・ストロールをパスして2位に上がった。そしてバルテリ・ボッタスの猛追にも動じることなく、自分たちのベストを出し切って2位表彰台を獲得して見せた。

 もし何事もなく7番グリッドからスタートしていたら、集中力を欠いたフェルスタッペンがここまでの走りを見せていたかどうかはわからない。

 まさしく、チーム全体で勝ち取った2位表彰台だった。

 だが、根本的な問題がまだ解決していないことも忘れてはならない。2週間後のシルバーストンでは、また厳しい戦いが待っているはずだ。タイトル争いの望みは、どんどん厳しくなっていく。

「すでに大きなポイント差をつけられてしまっているけど、僕はあきらめない。間違いなく楽な戦いにはならないだろうけど、今の時点で望みを捨てる必要もない」(フェルスタッペン)

 そのためにも、一刻も早く対策を見つけ出さなければならない。