フィギュアスケートファンなら誰もがあるお気に入りのプログラム。ときにはそれが人生を変えることも--そんな素敵なプログラムを、「この人」が教えてくれた。私が愛したプログラム(7) 連載一覧>>西山真瑚『イル・ポスティーノ』チャ・ジュンファン …

フィギュアスケートファンなら誰もがあるお気に入りのプログラム。ときにはそれが人生を変えることも--そんな素敵なプログラムを、「この人」が教えてくれた。

私が愛したプログラム(7) 連載一覧>>
西山真瑚
『イル・ポスティーノ』チャ・ジュンファン

 シングル種目でいま、僕が一番推したいプログラムは、カナダ・トロントの同じクリケットクラブで練習しているチャ・ジュンファン(以下、ジュン)選手(韓国)の2016-2017シーズンと、2018年平昌五輪でもやったフリー『イル・ポスティーノ』(振付/デイビッド・ウィルソン)です。みんなに見てもらいたいプログラムのひとつです。

 アイスダンス種目では、テッサ・バーチュー&スコット・モイヤー組(カナダ)が平昌五輪で金メダルを獲得したフリーダンスの『ムーランルージュ』。カナダでのアイスショーで生テッサ&スコットを見て、会場を飲み込む迫力に衝撃を受けました。

 ジュンの『イル・ポスティーノ』になぜ惹かれたのかというと、彼の動きや呼吸が、曲調や音にすごく合っているからです。ジュン自身が合わせているのではなくて、自然にふたつがマッチしている感じを受けました。羽生結弦選手の『SEIMEI』みたいな感じです。それを当時14歳の年齢であれほどのレベルの演技ができている、滑り込めていることがすごいと思ったのです。



平昌五輪フリーで『イル・ポスティーノ』を演じるチャ・ジュンファン

 振り付けの部分では、平昌五輪で滑ったコレオシークエンスのスケーティングは見応えがありました。実は、クリケットクラブで五輪に向けた練習に取り組んでいた現場で、たまたまコレオの振り付けをしているところを見ることができたのです。その時から「これはすごいことになるぞ」と思っていたのですけども、平昌では期待どおりの演技になっていました。

 ジュンはこのプログラムで大躍進したのですが、練習の時から気合いがこもり「このプログラムで上に行くぞ」という思いが同じリンクで練習していた自分には伝わってきました。

 ジュンとはいつも一緒に滑っています。僕がクリケットクラブに移籍して初めて練習に行ったときに、一緒に滑ったのが同じ年のジュンだったのです。クリケットクラブは上手な選手がたくさんいますが、そんな選手たちと比べても見劣りしない滑りを見せていて、自分のスケートをアピールできる技術や度胸もあり、自分の憧れのスケーターのひとりです。

 練習で彼がプログラムを披露するときは、コーチや僕も一ファンとしてジュンの演技を見入ってしまうほど。リンクにいるみんなの目線を釘付けにして、その場の空気を支配する力があります。

 でも、氷から降りたオフアイスでは、明るくてみんなとワイワイしている。オンとオフの切り替えがうまいのかなと思います。

 振付師のウィルソンさんには、自分も2つのプログラムを作っていただきました。2017-2018シーズンのフリー『パガニーニの主題による狂詩曲』と、2019-2020シーズンのフリー『エデンの東』です。

 ウィルソンさんは、一見「この人があの世界的に有名な振付師さん?」と思ってしまうようなかなりラフな服装でリンクにやってくるんです。あまり氷の上で振り付けることはなく、陸の上でウィルソンさんが踊って振り付けたものを、自分が氷の上でやってみせるということが多かったです。そして、最後のブラッシュアップのときになって、ウィルソンさん自身が氷の上に乗って振り付けてくれます。

 日本人の振付師さんでそのような方法で振り付けをする先生がいなかったので、最初は戸惑いましたが、そこがウィルソンさんのすごいところです。陸の上で大ざっぱに振り付けたのに、いざ、音に合わせてやってみると、全部の振りと音が合うのです。やはり、「デービッド、天才なんだ」と毎回、驚嘆させられます。

 振り付け中はジョークとかを言って面白いです。日本語で話しかけてきたり、笑いを取り入れたりして、リラックスできる話しやすい雰囲気にしてくれます。

 ウィルソンさんが作るプログラムは、綺麗な美しい曲やゆったりしたスローな曲のときに真骨頂が発揮されると自分は思っています。音が伸びているときに振り付けがぴたりとはまり、それがすばらしくマッチしている。その部分が見られるのが、ジュンの『イル・ポスティーノ』のコレオステップシークエンスのところです。

 シングルとアイスダンスの二刀流に取り組んだ2019-2020シーズンは、すべての大会や経験が新鮮でした。あっという間に1年が過ぎて、充実した1年が過ごせて、結果を残すことができてよかったと思います。将来の自分には自信になり、大きな糧になったと思います。

 いずれはひとつの種目に絞らないといけないと思っていますが、いまは2つの種目ができることに感謝して、楽しんで試合や練習に取り組んできたいです。アイスダンスで僕たちカップルが目指しているのは、見ている人たちが楽しくなってくれたり、感動したり、幸せになってくれたりすることです。

 髙橋大輔選手が来季アイスダンスに転向してくることについても、うれしく思っています。

 髙橋選手は男子シングルをここまで人気スポーツにした第一人者ですし、その方がまだマイナー種目のアイスダンスに転向してくれたことで、これからはアイスダンスにも注目してもらえたらと望んでいます。アイスダンスは表現力が重要視される種目なので、とび抜けた表現力で何をやっても魅了する演技ができる髙橋選手のアイスダンスは、自分にとっていいお手本になると考え、楽しみにしています。

西山真瑚(にしやま・しんご)
2002年1月24日生まれ。アイスダンス、男子シングルのフィギュアスケート選手。2017年から練習拠点をトロントのクリケットクラブに。2019年には吉田唄菜とカップルを組んだアイスダンスで全日本ジュニア選手権で優勝。