コロナ禍のスーパーGTドライバー 前編 国内最高峰のスーパーGTが7月18、19の両日に富士スピードウェイでいよいよ開幕する。3月中旬に岡山で行なわれた公式テストの後、新型コロナウイルスの感染拡大により、すべてのテストとレースは延期・中…

コロナ禍のスーパーGTドライバー 前編

 国内最高峰のスーパーGTが7月18、19の両日に富士スピードウェイでいよいよ開幕する。3月中旬に岡山で行なわれた公式テストの後、新型コロナウイルスの感染拡大により、すべてのテストとレースは延期・中止となっていた。
 自粛期間中、F1やスーパーGTなどトップカテゴリーに参戦する多くのドライバーたちは自宅でシミュレーターを使った練習に取り組んだり、バーチャルのレースに出場したりしていた。
 スーパーGTに参戦する塚越広大選手(ケーヒン・リアル・レーシング)もその一人。国内トップドライバーにシミュレーターの効果や、ついに再開されるスーパーGTへの意気込みを聞いた。



自宅内に設置したシミュレーターを使って練習する塚越広大選手

-ースーパーGTは、3月14、15日に行なわれた岡山の公式テスト後、テストやレースイベントが延期・中止になっていました。6月28、29日に富士スピードウェイで公式テストが再開されましたが、その間の約3カ月半はどのように過ごしていましたか?

塚越 僕のドライバー人生でもこれほど長い間、休んだことはないですね。ここ数年、スーパーGTは11月に最終戦が行なわれ、翌年1月にはもうマレーシアのセパン・サーキットでテストが始まっていました。それから4月上旬の開幕戦までは毎月テストがありましたので、ここ数年はマシンに乗らない時期は長くても1カ月半ぐらいでしたから。

 自粛期間中は、とにかく感染しないことに気をつけていました。自分が感染すれば家族やチームだけでなく、結果的に他のチームやレースの主催者にも迷惑をかけてしまうので、なるべく外出しないことを心掛けていました。だけど、身体を鈍らせないために、トレーニングはしなければなりません。自宅で自重を使って体幹を鍛えるトレーニングやストレッチをしたり、近所の公園をジョギングしていましたね。

-ー今回のコロナ禍をきっかけにF1やスーパーGTなどに参戦する世界中のドライバーたちがシミュレーターを始めています。塚越選手も導入したとのことですが、その理由は?

塚越 F1やスーパーGTなどでは、シミュレーターを活用したマシン開発は当たり前に行なわれています。僕もF1のマクラーレンのシミュレーターを経験したことがありますが、個人用のシミュレーターにも興味があり、7〜8年前に初めて試しました。その後、国内でもシミュレーターを体験できるショップや施設が増えてきました。

 自分でも5年ほど前にシミュレーターのセットを購入しました。ただ、正直言って、これまであまり使う機会がなく、自宅以外の場所で埃をかぶっているような状態でした。コロナ禍の前はシーズンオフでも頻繁にテストがあり、実車に乗る機会は多かったからです。それに僕自身、自転車やレーシングカートに乗ったり、ジムでトレーニングをしたり、身体を動かすことに主眼を置いているというのもあります。

 でも、今回のコロナ禍で外出もままならない状況になり、レーシングカーをドライブできない時間がすごく長くなった。そこでレースの感覚を鈍らせないために、前から持っていたシミュレーターを3月末に自宅に導入しましたが、この5年の間にソフトもハードもシミュレーターは大きく進化しています。そこで、全てアップグレードすることにしました。

-ーシミュレーターに必要な機材や機器はどのようなものがありますか?

塚越 まずインターネット環境とパソコンが必要になります。ソフトウェアはドライバーによって好みがありますが、iRacing(アイレーシング)かrFactor(アールファクター)を使っているドライバーが多いと思います。僕は、クルマの動きが一番リアルに感じたiRacingを使用しています。

 ハードに関しては、ゲームをするための性能を備えた「ゲーミングPC」が必要です。それ以外は、モニター、VRヘッドセット、フレーム、シート、ハンドル、ペダル、そしてモーターが必要です。モーターは値段が張りますし、シミュレーターのキモかもしれません。モーターによってハンドルの重さやマシンの動きを再現するのですが、このフィーリングによってリアルさが大きく変わってくると思います。

-ーシミュレーターを完成させるまでに、どれぐらいの費用がかかりましたか?

塚越 100万円ぐらいですね。モニターはもっとワイドなものがあったのですが、シュミュレーターを自作している際にアクシデントで壊してしまいました(苦笑)。そんな苦労もありましたが、自分でパーツをそろえてアップグレードしていると、作ること自体が楽しくなってきました(笑)。

-ーそれぐらいの費用をかけないと満足できるレベルにならないのですか?

塚越 普通に楽しむ程度であれば、そこまで必要ないと思います。ソフトウェアは2年契約で約1万5000円。マシンやコースなどを追加する場合も、一つにつき1000〜1500円です。ハードは、モニター1つとゲーミングPCで十分。PCのメモリーやグラフィックカードを追加する必要もないと思います。僕はほとんどのパーツをアマゾンで買いましたが、ネット通販やオークションサイトを探せばハンドルやペダルも手ごろな値段のものがありますので、20〜30万円で基本的なセットはそろえられると思います。

 もっと安く抑えたい場合は、ハンドルやペダルも不要です。コントローラーやマウスでも操作できます。でも、ハンドルやモーターは同じメーカーのものを使って、シートはレカロ製にして、ペダルを油圧式にして……と、こだわり始めると本当にキリがないですし、出費がかさんでいきます(笑)。

-ーどれくらいの頻度・時間で練習をしていたのですか?

塚越 自粛期間中、暇さえあれば乗っていましたね。ヘルメットやスーツは着用しませんが、レーシングシューズとグローブは必ずつけます。ただVRの場合はすごく疲れますので、連続して乗るのは最長でも1時間ぐらい。走っていると、じんわりと汗をかきます。

 本来であればスーパーGTで実際にドライブしているNSX−GTで練習したいところですが、残念ながらシミュレーターにはそのマシンがなかったので、F3のマシンを使用しています。F3は上位カテゴリーの基礎となるレースです。F3のマシンできちんと走ることができれば、F1でもGT500でも乗りこなせると思っています。



VR機器を装着して練習する塚越選手

-ーシミュレーターを導入して、どんな効果がありましたか?

塚越 レーシングカーの重いハンドルを切るというトレーニングは、なかなかジムの機器でも再現できるものではありません。ハンドルを切る・支えるという意味ではすごくいいトレーニングになっています。何よりも楽しみながらできることがメリットですね。ジムでトレーニングマシンに向かってやるより単純におもしろいです。

 また、シミュレーターでは鈴鹿や富士といった実際のレースで走る国内のサーキットのほか、海外のいろいろなサーキットを走ることができます。すると自分の走り方とかライン取りが、他の速いドライバーたちと全然違うことがあります。国内のサーキットしか走っていないと、なかなかそういうことには気がつきませんので、興味深かったです。自分の走りの参考にしたいと思いながら、トライしています。

-ーF1ドライバーのマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)やランド・ノリス(マクラーレン・ルノー)、F1直下のFIA-F2やスーパーGTに参戦するドライバーともオンライン上で対戦できるようですね?

塚越 そうなんです。iRacingは基本的に実名でしか登録できません。だからF1やスーパーGTなどのトップカテゴリーで活躍するドライバーたちがどのサーキットで、どんなタイムで走っているのか記録を見ればわかるんです。場合によっては一緒にレースをすることも可能です。それもシミュレーターの大きなメリットであり、おもしろさですね。

 僕はまだまだ経験不足ですが、リアルで速い人はバーチャルでもやっぱり速いです。ということは、ドライビングの技術とセットアップの能力がシンクロしているんじゃないかと感じています。速いタイムで走るドライバーをターゲットにして試行錯誤するのは、リアルの世界と一緒ですね。

-ーバーチャルレースの戦績はいかがですか?

塚越 何回かレースに出たことはありますが、勝ったり、負けたりですね。iRacingにはライセンスがあって、クラスを上げていかないとレベルの高いレースには出場できません。ルーキー・クラスから始まって、D→C→B→A→プロとステップアップしていきます。僕は現在Aクラスのライセンスを持っていますが、レースの結果はもちろん、ドライビングスキルによって昇格したり、場合によっては降格したりします。例えば、コースアウトや他の選手と接触などがすべてカウントされて評価につながります。すごくシビアです。

-ー逆にリアルの世界とは異なる部分はどこですか?

塚越 僕は普段トレーニングの一貫としてレーシングカートに乗っていますが、それは「横G」や「減速G」を感じながらドライブできるからです。シミュレーターは、コクピットの風景は基本的に現実と一緒で、ハンドルやブレーキの操作に対するクルマの動きも似ていますが、例えばコーナーで横に引っ張られていくという感覚は再現できません。その辺が一番の違いかもしれませんね。細かいことを言えば、ステアリングを通して路面から感じるフィーリングも違います。

 それでも、繰り返しになりますが、フェルスタッペンやノリスもシミュレーターをやっていて、彼らは実際に速いです。バーチャルとリアルで通じるものがあり、バーチャルの中には速く走るためのヒントがあると思って練習しています。

-ーせっかくですから、F1ドライバーのタイムに挑戦してもらえますか?

塚越 YouTubeでフェルスタッペンの動画がアップされていますが、超速いです。使っているハードはそんなに変わらないと思いますが、とても追いつけないという印象です(苦笑)。彼らが速いのは、シミュレーターへの慣れもあるでしょうし、セットアップが細かく調整されているということもあるでしょう。僕はまだセットアップを詳細に調整するレベルに達していませんし、まだ攻めきれていないのかなと感じています。

 イギリスのドニントン・パークで、ノリスとフェルスタッペンは1分18秒台で走っていますので、どこまで迫ることができるのか、チャレンジしてみましょう!(後編につづく)

【profile】塚越広大 つかこし・こうだい

1986年、栃木県生まれ。父親の勧めで6歳からレーシングカートに乗り始め、2004年に鈴鹿レーシングスクール・フォーミュラ(SRS-F)に入校、首席で卒業。同スクールのスカラシップ制度によりフォーミュラドリーム(FD)に参戦し、05年にはシリーズチャンピオンに輝く。06年から全日本F3選手権にステップアップし、07年のF3マカオGPでは2位表彰台を獲得。08年に渡英し、F3ユーロシリーズにフル参戦。09年からは活動の場を再び日本に移して、国内トップカテゴリーであるスーパーフォーミュラとスーパーGTで活躍。20年、スーパーGTではケーヒン・リアル・レーシングに所属し、ホンダNSX-GTをドライブする。