コロナ禍のスーパーGTドライバー 後編 国内最高峰のスーパーGTが7月18、19の両日に富士スピードウェイでいよいよ開幕する。3月中旬に岡山で行なわれた公式テストの後、新型コロナウイルスの感染拡大により、すべてのテストとレースは延期・中…

コロナ禍のスーパーGTドライバー 後編

 国内最高峰のスーパーGTが7月18、19の両日に富士スピードウェイでいよいよ開幕する。3月中旬に岡山で行なわれた公式テストの後、新型コロナウイルスの感染拡大により、すべてのテストとレースは延期・中止となっていた。
 自粛期間中、F1やスーパーGTなどトップカテゴリーに参戦する多くのドライバーたちは自宅でシミュレーターを使った練習に取り組んだり、バーチャルのレースに出場したりしていた。
 スーパーGTに参戦する塚越広大選手(ケーヒン・リアル・レーシング)もその一人。国内トップドライバーにシミュレーターの効果や、ついに再開されるスーパーGTへの意気込みを聞いた。



シミュレーターで練習する塚越広大選手。フェルスタッペンらF1ドライバーの記録に挑戦

-ーF1ドライバーのマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)やランド・ノリス(マクラーレン・ルノー)はシミュレーターのドライブで、イギリスのドニントン・パークを1分18秒台のタイムで走行しています。塚越選手が挑戦した結果、走り始めは1分28秒台でしたが、5周目には24秒台までタイムを縮めてきましたね。

塚越 それでもフェルスタッペンたちとの差は6秒もあります。僕はドニントンを走ったのは今回初めてで、マシンに燃料を多く積んでいました。燃料の搭載量を減らして、もっと攻めていけば21秒台ぐらいはいけそうなイメージがあります。セットアップも詰めていけば20秒を切れるかもしれませんが、そこから18秒台までどうやってタイムを詰めていけばいいのか……。

 シミュレーターでは走行後に自分の走りをリプレー映像でチェックできますし、車速やエンジン回転数などを記録したデータロガーを見ることも可能です。それらを確認しながら自分の走りを分析・改善していく作業は、リアルの世界と一緒です。練習になるし、おもしろい。

-ーシミュレーターのマシンは、セットアップに関してどのようなことができるのですか?

塚越 実車同様に細かくセッティングできます。車種によっていじれる範囲が決まっていますが、F3の場合はほぼ無限にあります。ダウンフォースの量、サスペンションのスプリングの硬さ、ダンパーの調整、ブレーキバランス、ギヤレシオ、タイヤの空気圧……。一発のタイムを出すための予選用のセットアップや、長いレースを見据えた決勝用のセットアップ、やろうと思えば何でもできます。完璧にマシンをセットアップしようと思ったら、僕一人ではとても無理です。本番のレースのようにエンジニアが必要ですね。

-ーF3マシンを鈴鹿サーキットで走行するシミュレーター体験をさせてもらいましたが、初心者は1周をまともに走ることもできませんでした……(涙)。

塚越 家庭用ゲームソフトの場合は初心者でも1周目からそれなりに走ることができますが、シミュレーターではそうはいきません。練習が必要ですし、集中力も求められます。ゲームのように多少ぶつかったり、コースアウトしたりしてもいいや、という軽い気持ちでハンドルを握っていると、冗談ではなくケガをする可能性もあります。シミュレーターはハンドルに大きな力がかかっていますので、クラッシュした時にハンドルから手を離さないと指をもっていかれて骨折する危険性すらあります。



塚越選手が導入したシミュレーターのハンドルは実車さながらの重さ

-ー確かにハンドルも重いですし、1周走っただけですごく疲れました。塚越選手は「じんわり汗をかく」(前編)と言っていましたが、かなり汗をかいてヘロヘロです……。

塚越 ハンドルを持つ手や腕には確かに負荷がかかりますが、僕の場合、一番疲れるのは頭ですね。実車でレースをする時は身体全部でマシンや路面からの情報を感じ取りながらドライビングしていますが、シミュレーターは視界とハンドルだけでしか感じることができません。情報が足りない状況で速く走るためにいろいろと考えるので、脳が疲れるのかなと感じています。

-ー6月末には富士スピードウェイでスーパーGTの公式テストが行なわれ、3カ月半ぶりの実車の走行となりました。問題なくマシンをドライブできましたか?

塚越 意外とすんなり入ることができましたね。開幕前のテストが中止になっていたので、さまざまなプログラムをこなさなければならなかったのですが、順調に消化できました。タイムも悪くありませんでした。今シーズンは富士スピードウェイで4戦もイベントがありますが、そのサーキットで予選一発のタイムが良かっただけでなく、ロングランも調子がよかったので、手ごたえを感じています。



6月下旬に富士スピードウェイで行なわれた公式テストでNSX−GTをドライブする塚越選手(GTA=写真提供)

-ーシミュレーターの効果を感じることがありましたか?

塚越 レースに対する気持ちを切らさないという意味で効果があったと思いましたね。コロナ禍で自宅待機を余儀なくされ、長い間、マシンから離れることになりましたが、本番がいつ再開してもいいように準備はしていたつもりです。でも、再開の目途がまったく見えない中で準備をしていくのは正直、大変でした。ドライバーはシーズンオフやイベントの合間も休むことはもちろんありますが、そういう時でも意外と気を張っていたのだなと、あらためて感じました。

 しかし今回のコロナ禍で先行きがみえず、スイッチが完全に切れてしまった人も多いかと思います。そこから気持ちを再度切り替えるのは結構、難しいはず。でも、その部分をシミュレーターはサポートしてくれていたのではないかと感じています。

-ードライビングのスキルだけではなく、むしろ気持ちの面で効果があった、と。

塚越 そうですね。自宅にあるシミュレーターはアップデートしたとはいえ、F1チームやスーパーGTに参戦する自動車メーカーが所有するものに比べると、まだまだリアルではありません。それでも、バーチャルの世界でマシンを速く走らせようと頭を使って考え、トライを繰り返していくことは、実際のレースでのアプローチと何ら変わらない。レースに対する気持ちを研ぎ澄まし、「速く走ろう」というモチベーションを保ち続けられたことが、シミュレーターの一番のメリットだったと考えています。

-ーいよいよ開幕戦ですが、勝敗を分けるポイントは何になりそうですか?

塚越 ドライバーもチームのスタッフも長い間、実戦から離れていたので、思いがけないトラブルに見舞われて、開幕戦は荒れる可能性があります。コロナ対策でサーキットに同行するスタッフの数は通常に比べて減りますので、いかにしてオペレーションをこれまでどおりに行っていくのかも大事になっていくと思います。

 やはりドライバーとチームのスタッフが、しっかりとレースの準備をして、開幕戦に向けての気持ちをうまく高めていくことが一番のポイントになるでしょう。

ーー今シーズンは開幕戦の富士スピードウェイから9月に開催される第4戦のツインリンクもてぎまで無観客試合になります。ドライバーとしてはどんな気持ちですか?

塚越 レースウィークにお客さんから声をかけてもらったり、チームの旗を振ってくれたりしている姿を見ると、やはり「頑張ろう」って気持ちになります。それがなくなるのは寂しいですし、ファンのありがたさを感じると思います。逆にファンの方には、僕たちドライバーがいいレースを見せて、「早く生で観戦したい」と思ってもらえるように頑張らなければならないと思っています。そうすれば、コロナの収束後、またサーキットに足を運んでくれるはずですから。

 今回、シミュレーターの件でいろいろと話しましたが、やはり、リアルがあってのバーチャルだと思います、バーチャルはどんどん進化していますが、リアルの世界がある以上、僕はそっちを大事にしたい。コロナ禍で、なかなか人と会えず、コミュニケーションを満足に取れない経験をし、リアルの大切さがあらためてわかりました。早くファンのみなさんが会場に来て、レースを楽しめるようになってほしいと強く願っています。

ーー最後に、2020年シーズンのスーパーGTへの意気込みをお願いします。

塚越 本当にたくさんの人の尽力のおかげで、シーズン開幕を迎えることができます。主催者、スーパーGTの関係者、ファンのみなさんに心から感謝しています。そして、医療従事者の方々が頑張っているからこそレースができることを忘れてはいけないと思っています。

 僕自身、レースができる幸せをあらためて感じています。ドライバーとして、とにかく魅力ある走りをして結果を出すことでレースファンや関係者への恩返ししたいです。コロナ禍に苦しむ人に少しでも勇気を与える走りができるように全力で戦いますので、ぜひスーパーGTの開幕戦に注目してほしいです。

【profile】塚越広大 つかこし・こうだい

1986年、栃木県生まれ。父親の勧めで6歳からレーシングカートに乗り始め、2004年に鈴鹿レーシングスクール・フォーミュラ(SRS-F)に入校、首席で卒業。同スクールのスカラシップ制度によりフォーミュラドリーム(FD)に参戦し、05年にはシリーズチャンピオンに輝く。06年から全日本F3選手権にステップアップし、07年のF3マカオGPでは2位表彰台を獲得。08年に渡英し、F3ユーロシリーズにフル参戦。09年からは活動の場を再び日本に移して、国内トップカテゴリーであるスーパーフォーミュラとスーパーGTで活躍。20年、スーパーGTではケーヒン・リアル・レーシングに所属し、ホンダNSX-GTをドライブする。