ふと思い出したのは、9年前の試合である。 2010-2011シーズンのリーガ・エスパニョーラ第31節、マジョルカvsセビージャ。この試合に左利きの日本人選手が出場していたのだが、もちろん、まだ「TAKE」(久保建英)ではない。 3トッ…
ふと思い出したのは、9年前の試合である。
2010-2011シーズンのリーガ・エスパニョーラ第31節、マジョルカvsセビージャ。この試合に左利きの日本人選手が出場していたのだが、もちろん、まだ「TAKE」(久保建英)ではない。
3トップの右FWで先発出場していたのは、「AKI」こと、家長昭博。この試合で家長は、左サイドからのクロスに頭で合わせ、先制点を決めている。それは、彼にとってのリーガ初ゴールでもあった。
足技に長けた家長の、ヘディングでのゴールは珍しい。だが、その日見た彼のヘディングシュートは、かなりフリーな状況だったとはいえ、自分のもとにやってくるボールに対して、しっかりと体の正面を向け、確実に前頭部でボールをとらえる正確性の高いものだったと記憶している。
いつもはクールな背番号14が、ゴールと同時に右コーナーフラッグ方向へ走り出し、大きくジャンプ。体全体で喜びを表していたことも印象深い。
「(クロスがよかったので)決めるだけのゴール。(クロスを上げたチームメイトの)カストロに感謝です。でも、プレッシャーが激しいときには、あんまりボールをもらえなかったし、もうちょっとボールに触わらないと。チームの組み立てのときに、もっと顔を出すという部分では向上しないといけないし、ディフェンスの面でも周りに助けてもらってることが多いので、課題はいっぱいある」
試合後、そう話す家長はもうすっかり冷めた口調になってはいたが、「こっち(スペイン)に来て、相手チームも含めていい選手が多いのは楽しいし、それが僕にとって、毎日の刺激になっている」と充実感もうかがわせていた。
さて、話を現在に移そう。
J1第4節、川崎フロンターレが柏レイソルに3-1で勝利した。川崎は、これでリーグ戦再開初戦の第2節から3連勝。再開直後からいきなり中3日、中2日で試合が続くタイトな日程ながらも、3試合合計で9ゴールを叩き出す盤石の勝ちっぷりである。
キャプテンを務めるDF谷口彰悟は、「内容には詰めるところや修正するところがある」としながらも、「3連勝できたのは、チームとして非常に大きい」と手ごたえを口にする。
2ゴールを決めてチームの勝利に貢献した家長昭博
快勝の口火を切ったのは、家長だった。
前半40分、右CKがニアサイドの競り合いで相手DFに触れ、ボールはほとんど方向を変えずに後方へ流れると、ファーサイドでフリーになっていた家長の頭上へ。ボールに正対するように正確に頭でとらえたヘディングシュートが、9年前と重なった。多少のこじつけも加えて言えば、今季から川崎が4-3-3を採用し、家長が3トップの右に入っていることも当時と共通する。
9年前とは違っていたのは、川崎がマジョルカとは異なり、(リーグのレベルの違いこそあれ)1部残留を目標とするのではなく、優勝を狙うチームであること。マジョルカが家長のゴールを含めた2度のリードを守れずに2-2で引き分けてしまった一方で、川崎は後半にも1点を加えて勝利したことだ。
前半の柏のシュート数はゼロ。川崎が完全に試合を支配し、ほぼ柏陣内でゲームを進めていたことを考えると、40分の先制点はいかにも遅かった。しかし、裏を返せば、(家長自身は「ラッキーだった」とそっけなかったが)それだけ貴重なゴールだったということでもある。
そのわずか2分後、今度は家長の右足から追加点が生まれ、「前半に2点取れたので、比較的戦いやすかった」とは本人の弁。後半、ギアチェンジした柏に1点を返され、なおも押し込まれる時間はあったものの、点差を考えれば、ほぼ危なげない勝利だった。
「攻撃もそうだが、守備への切り替えが非常に速くやれて、(相手の)前線(の選手)に入る前にボールを取れた」
試合後、谷口がそう振り返ったように、今の川崎の強さを支えているのは、3試合合計9ゴールの攻撃力もさることながら、切り替えの速さをベースとした守備力でもある。
攻撃時にバランスよくポジションをとってボールを動かせているため、仮にボールを失っても、選手が置き去りにされてカウンターを受けるようなことがない。
しかも、出場する選手が入れ替わっても、チーム全体での連動性を高いレベルで保てるところが川崎の強みだ。
川崎は第2、3節こそまったく同じ先発メンバーで戦ったが、第3節から中2日で迎えた第4節柏戦では、先発を3人入れ替えた。この先も中3日は当たり前の過密日程が続く以上、当然の対応策であるとはいえ、それによってチームのパフォーマンスが著しく低下するようでは、J1制覇はおぼつかない。
しかし、川崎はさすがの選手層の厚さを見せつけた。メンバーが入れ替わってもなお、試合を圧倒的に支配し続けた。
谷口は「新しく出たメンバーも自分の特徴を出していた」と言い、こう語る。
「トレーニングから、いろんなメンバーと組んでやっているので、全員が共通理解を持っている。みんなが慌てず、自分がやるべきことをやるなかで、自分のよさを出すことを整理してやっている結果だと思う」
チームを率いる鬼木達監督も、「(入れ替えの理由として)コンディションのところもそうだが、ポジションを争っている選手たちが、なかなか出番がなくても好調をキープしていたので思い切って使う決断ができる」と、選手に対する信頼を口にする。
川崎の強さは、単に”今、強い”というだけではない。過密日程が続き、総力戦が求められる特別なシーズンである今季、”この先も強そうだ”と思わせるだけの勝ち方を見せている。
こじつけついでにつけ加えさせてもらうなら、9年前に家長が口にしていた言葉が、くしくも今の川崎に通じるようで興味深い。
「先発で出てる選手も、途中から出てる選手も、そんなに力量は変わらない。ホントに(マジョルカは)いいチームだと思うし、(自分が)先発で出るに越したことはないけど、途中から出ても、ピッチに立ったときに自分のプレーをすればいいだけやし、そこは監督が決めることやし、(途中出場が多くても)全然焦ってない」
一方的に攻め続けながら、なかなか点が入らないじれったい試合展開。そんなモヤモヤを、久しぶりに見る「AKI」のヘディングシュートが吹き飛ばした。
2年ぶりの王座奪還へ、視界良好の船出である。