「かけっこの練習付き合って!」わが子からそんな相談を受けたとき、あなたはちゃんと速く走る方法を教えられますか? 時代を問わず運動会の主要種目である「かけっこ」は、子どもたちを運動嫌いにするかどうかの最初の関門でもあります。この連載では、ご自…
「かけっこの練習付き合って!」わが子からそんな相談を受けたとき、あなたはちゃんと速く走る方法を教えられますか? 時代を問わず運動会の主要種目である「かけっこ」は、子どもたちを運動嫌いにするかどうかの最初の関門でもあります。この連載では、ご自身が必ずしも運動が得意ではなかった、または感覚ではなく理詰めで速く走る方法を教えてほしいという「理系」のお父さん、お母さんのための「かけっこ講座」です。
教えてくれるのは『マラソンは上半身が9割』の著者で、かけっこ教室も行っている理論派ランニングコーチ・細野史晃さん。「速く走るためのメカニズム」「理に適ったトレーニング」をわかりやすく伝えます。
(構成=大塚一樹、写真=Sun Light History)
走ることをシンプルにすると「重心移動」と「片足交互ジャンプ」になる
連載の始めに、「走る」ということをできるだけシンプルに説明してみましょう。
・自分の重心を前に移動させる運動(体重移動)
・両足が地面から離れる瞬間のある運動(片足交互ジャンプの連続)
「走る」という動作は、基本的にこの2つの要素で成り立っています。
片足を交互にジャンプさせる。これでいわゆる「足踏み」の状態ができます。走るという運動は軽やかなジャンプの連続なのですが、重心が高ければ高いほどジャンプの際のエネルギーは高まり、より高く飛び上がることができます。
片脚ジャンプを交互に続けているだけでは当然前には進みません。大きなエネルギーを生み出しても、それは「真上に高く飛び上がる」という運動にしかなりません。
「走る」ためには、体の重心を前に移動する必要があります。
自分の子ども時代を思い返して、「足の速さは遺伝だ」と肩を落とし、わが子に申し訳ない気持ちになっている方もいるかもしれませんが、このメカニズムを大前提に、効率よく、そして速く前に進めるようになれば、子どもの足は必ず速くなります。
いきなりクライマックスのようですが、走りのメカニズムに即した力学的な“コツ“を3つ挙げましょう。
①重心を前に移動させる感覚の獲得と強化(重心移動)
②身体を支え跳ね返す軽やかなバネの獲得と強化(バネ)
③全身の動作を合わせるタイミングの獲得と強化(タイミング)
重心移動がスムーズであればパワーロスなく前に移動でき、バネが強ければより強いエネルギーを生むことができます。そして、バネのタイミングに合わせて力を伝達できれば、より効率的な運動が可能になります。
「物理」や「力学」とまではいかなくても、誰もが理解できる理屈ではないでしょうか。
日本人9秒台は「考えて走ること」から生まれた
かけっこの練習と聞いて、あなたはどんな光景を思い浮かべるでしょう?
近くの公園で走る。学校の校庭まで行って走る。ひたすら走る以外の方法を思いつく人は少ないかもしれません。日本では「量が正義」みたいな“努力神話”がありますが、正しく動くためには、正しい動き方を知る必要があります。
子どもたちに「がんばれ!」とか「もっと腕を振って!」「足を速く動かして!」と猛練習を課すのではなく、こうすれば速く走れるという方法を教えてあげるためには大人の方も「考える」ことが必要です。
桐生祥秀選手(自己記録=9秒98)
サニブラウン・アブデル・ハキーム選手(自己記録=9秒99)
山縣亮太選手(自己記録=10秒00)
少し話は変わりますが、日本人として初めて9秒台に突入した桐生選手、つい先日、「当たり前のように」10秒を切ってきたサニブラウン選手をはじめ、日本人選手の100mの記録が急激に速くなっています。2016年に行われたリオデジャネイロオリンピックの4×100mリレーでは、予選であのジャマイカを抑え37秒68という圧倒的なアジア記録で一位通過。決勝ではジャマイカと競り、アメリカを破っての見事な銀メダルに輝いています。リレーでの活躍は「バトンさばきの巧みさ」が強調されますが、日本チームがたたき出したタイムはバトンだけで縮められるものではありません。
日本人選手はなぜこうタイムが出せるようになったのか?
その理由のひとつに、この連載とも大いに関係する「科学的トレーニング」があります。
これまで、「日本人には無理」「アジア人には無理」と言われてきた10秒の壁を桐生選手、サニブラウン選手が突破し、それに続く選手たちが控えているのは、人種や身体的特性を言い訳にせず、「速く走るためにはどうしたらいいのか?」を世界基準で考える選手が増え、またそのために必要なトレーニング方法や情報が簡単に入手できるようになったからだと言えます。
もちろん、子どもたちは10秒の壁に挑戦するわけではありませんが、走るという運動の優劣は親の遺伝でも、才能の差でも、センスという曖昧な言葉でもなく、「いかに正しく動けるか」「運動力学の理に適った動きができるか」にかかっているのです。
腕を振って地面を蹴っても速くは走れない
「腕を強く振って地面を強く蹴る」
長い間まことしやかに語られてきた「速く走るコツ」は、科学的に走りのメカニズムが解析されるようになってから、実は的外れであることがわかってきました。
腕をどんなに強く振っても、体重が後ろに残っていては前への推進力になってくれません。走るのには何よりも足が大切だと思っている人も多いと思いますが、人間の体は上半身の方が大きく重いので、足の力で前に進む力を大きくすることは難しいのです。
「地面を強く蹴る」はどうでしょう? とても理に適ったコツのように思えますが、実はこれも、それだけでは走りをよくすることはできません。走っている最中は、絶えず体の重心が前方向に移動しています。地面を蹴った瞬間に体はもう前に進んでしまっているわけですから、蹴り足の力は推進力になるどころか、後ろ方向に足を残す方向に働いてしまうのです。
一生懸命地面を蹴ったのに、足がもつれて体が前につんのめってしまう。「運動会でのお父さんあるある」は、こういうメカニズムで起きているのです。
ではどうしたらいいのか? 腕を振るより、足で地面を蹴るよりも大切なのが、上半身の力を利用することです。引っ張ったり倒れたりする力をうまく利用し、前に進む。こちらの方が少ない力を効率的エネルギーに変え、速く走ることができるのです。
今回は、トレーニングに入るための考え方と、走りのメカニズムを構成する2つの要素、そして速く走る3つのコツをお伝えしました。次回からは、この3つのコツに沿って、速く走る方法を論理的に説明しつつ、ご家庭でもできる科学的なトレーニング方法もご紹介できればと思います。
<了>
PROFILE
細野史晃(ほその・ふみあき)
Sun Light History代表、脳梗塞リハビリセンター顧問。解剖学、心理学、コーチングを学び、それらを元に 「楽RUNメソッド」を開発。『マラソンは上半身が9割』をはじめ著書多数。子ども向けのかけっこ教室も展開。科学的側面からランニングフォームの分析を行うランニングコーチとして定評がある。