静寂のなかで行なわれるリモートマッチ(無観客試合)のいいところは、プレーの音がリアルに届くことだろう。味の素スタジアムに響き渡ったのは、「バシッ、バシッ!」とリズミカルに刻まれる川崎フロンターレのパスワークの音だった。今季導入した3トップ…
静寂のなかで行なわれるリモートマッチ(無観客試合)のいいところは、プレーの音がリアルに届くことだろう。味の素スタジアムに響き渡ったのは、「バシッ、バシッ!」とリズミカルに刻まれる川崎フロンターレのパスワークの音だった。
今季導入した3トップの右ウイングを務める家長昭博
2連勝中のFC東京がホームに川崎を迎えた一戦。「多摩川クラシコ」と呼ばれるライバル対決は、よもやの大差がついた。
圧倒したのは、アウェーチームだ。17分の大島僚太のゴールを皮切りに、23分にはレアンドロ・ダミアンが追加点。その後も長谷川竜也が2点を加え、川崎が前半のうちに勝負を決めた。
「クラシコということで、気持ちの入ったゲームをしようと送り出した。前半から自分たちらしい、アグレッシブな戦いをしてくれたと思います」
試合後のリモート会見で、鬼木達監督は、選手たちのパフォーマンスを手放しで称賛した。
一方、敗れたFC東京の長谷川健太監督は「ベーシックな部分で負けてはいけないという話をしたが、球際のところでの軽さや、ゴール前の寄せの甘さもあった」と、敗因をインテンシティの欠如に求めた。
球際の攻防が試合展開を左右したひとつの要因だろう。とりわけ前半は、デュエルでも、切り替えの速さでも、川崎のほうが優っていたのは確かだった。
とはいえ、それ以上に際立ったのは、川崎の組織性の高さだ。
全員が的確なポジショニングを保ち、ダイレクトでパスをつなぎながら局面を動かしていく。その迷いなきプレー選択の連続が小気味よいサウンドを響き渡らせ、相手の守備陣を翻弄した。ボールホルダーが孤立しがちなFC東京とはあまりにも対極で、その差こそがスコアにそのまま表れた試合だった。
もっとも、川崎のパスワークの秀逸さは、なにも今季に限った話ではない。風間八宏監督が指揮した2012年からそのスタイルは育まれてきたのだ。
もちろん昨季も、その武器は備わっていた。しかし、ボールは支配できても得点になかなか結びつかず、勝ち切れない試合が目立った。昨季はリーグ最少の6敗ながら、リーグ2位の12引き分けが響き、3連覇の夢が絶たれることとなったのだ。
ところが、このFC東京戦ではボール支配がそのまま得点に直結した(昨季も3−0で勝利したが)。より効果的になった、と言えようか。それは、今季より導入された3トップの新システムと無関係ではないだろう。
新システムのカギを握るのは、右ウイングを務める家長昭博だ。タッチライン際で起点を作り、サイドバックの攻撃参加をうながす。あるいは、中央のスペースに味方を侵入させる。家長が作る”幅”こそが、川崎の攻撃にさらなる多様性をもたらしていた。
象徴的だったのは、3点目のシーンだ。
登里享平からのサイドチェンジを引き出すと、インサイドハーフの脇坂泰斗と連係しながら時間を作り、レアンドロ・ダミアンと長谷川がエリア内に侵入するのを見計らって、ふわりとしたクロスを供給。レアンドロ・ダミアンの落としを受けた長谷川が、右足でネットに蹴り込んだ。
ほかにも、2点目、4点目も右サイドから生まれている。直接的にゴールを演出したのは山根視来だったが、この新加入の右サイドバックが躊躇なく攻め上がれるのも、家長がボールを失わないという信頼があるからだろう。山根は常に家長にボールを預け、高い位置を取る動きを繰り返していた。
「真ん中を使いつつ、幅もサイドも自分たちの武器になってくれている。ポジションの広がりも含めて、強みをたくさん出せた試合だったかなと思います」
大島がそう振り返ったように、今季の川崎の攻撃にとって、この”幅”がキーワードとなりそうだ。
右の家長だけでなく、左の長谷川も持ち前の推進力だけでなく、ボールを失わない力強さを身につけた印象だ。もちろん2ゴールを奪ったことも進化の証明であり、得点力向上のキーマンであることは確かだろう。
幅が生まれただけでなく、3トップの効能はほかにもある。インサイドハーフに上がった大島の攻撃力をより生かせることだ。こちらも家長と同様に、ボールを失わない技術と判断力を備え、優れたアイデアも持ち合わせる。先制点となった強烈なミドルを発揮できる場面も増えるだろう。
もっとも本人は「ポジションが変わったから取れたかと言われると、そうでもないかな」と、そっけない。ただし、「ひとつ前の選手に絡んでいくイメージは多少できると思うので、プラスにはとらえています」と、より攻撃的なプレーを意識していることを感じさせている。
後半に入ると、家長、大島、長谷川も含めた5人の選手が入れ替わったことで、クオリティの低下は否めず、追加点も奪えなかった。それでもゴールに向かう方法論が大きく変わることはなく、全員に共通理解があることがうかがえた。大卒ルーキーの旗手怜央や、20歳の宮代大聖ら若手も活きのよさを見せており、戦力の底上げも望めるだろう。
中村憲剛、小林悠と、大黒柱ふたりを負傷で欠くなかでの快勝劇。王座奪還を狙う川崎が、最高のスタートを切っている。